観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

決着5

「螺旋に組み込まれた歯車よ、何故回る。それほどまでに生きたいか。生きる意味も知らぬのに」

 彼の言葉が、世界を曲げる。表層世界を歪ませて、別の世界が顔を出す。ねじれ曲がった空間から白い光が現れる。彼を包み、黒い世界に光が灯る。

「生にしがみ付く哀れな者よ、ならば与えてやろう。生きること。それは痛みを知ること。踊れ、お前は今生きている。歓喜しながら泣き叫べ」

 恐怖しかないこの世界でも、その光だけは温かく、まるで守ってくれる安心感すら覚えるほどで。私はその優しい光を食い入るように見つめていた。光の中で、なおも彼は謳い続ける。

 そして、ホワイトは片手を突き出した。
 
「これが欲しかったんだろうッ!?」

 光が集い像を成していく。それは人の形を作っていき、ホワイトの背後に浮かぶようにして、この世界に現れた。

「こい、凍傷の痛みを教えてやれ。ムー・トゥーラン!」

 発声の後、光が弾ける。それによって全容が明るみになる。

 それは、氷像の女性だった。全身が透き通った薄い青色をしている。長い髪の一つ一つが氷の輝きを発し、両腕には振袖のような袂の長い布が巻かれている。

 ダイヤモンドダストを纏った全身は煌びやかに輝き、袖が長髪とともに優雅に揺れている。

 ホワイトの背後、宙に浮かぶムー・トゥーランと呼ばれた彼女が両腕を広げる。ゆっくりと大きく。けれど死刑執行のような、恐怖が、広がる。

「アアアアアァ!」

 彼女の甲高い声が黒い世界に響き渡る。直後、メモリーたちの足元が氷で覆われていた。彼女の発声が続く度、氷は成長するかのようにメモリーの全身を覆っていく。

「グオオオオ!」

 それは大型のメモリー、ナムガラーも例外ではない。地面にとぐろを巻く蛇の胴体が氷漬けにされ、地面と接着されている。

 彼女の声がメモリーを凍結させていく。身動きを封じ、無力化して、数の優劣を覆す。メモリーたちは叫び声を上げる内に、とうとう全身が氷に包まれてしまった。

 ホワイトは彼らが凍り付けにされたのを確認してから拳銃を取り出した。目の前に立ち塞がるナムガラーの氷像に銃口を当てる。

 そして、トドメを刺す凶弾がナムガラーを撃ち抜いた。

 凍結された体はガラス細工のように粉々となって地面に散らばる。再生することもなく。ナムガラーは破片となって粉砕された。

 ナムガラーの崩壊と連動し小型のメモリーも消滅していく。パリンという大きな音と共に内側から破裂していく様はちょっとした花火のようでもあった。

「終わった、の……?」

 終わった。こんなにも呆気なく。あんなにも恐い怪物が、誰にも殺せないメモリーを、彼は倒す。

 周囲から敵がいなくなる。するとナムガラーの体が風化して消えていくと、そこにはハートのエンブレムが残っていた。三十センチほどの銀盤にピンク色のハートが浮き上がっている。

「あれが」

「そうだ」

 唖然と呟く私にホワイトが応える。敵を殲滅した達成感も悲哀も見せることなく、ただ私に事実を告げる。

「お前の記憶だ」

 あれが、私が忘れてしまった記憶。メモリーに変身していた、私の記憶。そして、夢で聞こえてくる少女を助ける鍵。

「いいんだな?」

「ええ」

 私はゆっくりと歩き出した。ハートのエンブレムを目指して。エンブレムは宙に浮きながら緩やかな動きで旋回していた。

 私は辿り着くと膝を折り、エンブレムを拾い上げる。後はこれを額に当てれば、私は記憶を思い出す。

 ついに、記憶を思い出せるのだ。あの子を助け出すことが出来る。

 私は緊張しながらも強い決意を持って、瞳を瞑りエンブレムを額に当てた。ひんやりとした冷たさが伝わる。

 これで、本当に思い出せるのだろうか。一抹の不安が脳裏を過る。だが、すぐに私はハッとなった。まるで深海の底から宝石を取り出したような、広大な頭の中に光り輝く衝撃が走ったのだ。


「あ」
 そうだ、思い出した。ようやく思い出した。これが、私が忘れていた記憶。黒い怪物となって私を追いかけ、けれど逃げてきた記憶。

 今なら何故メモリーがあれほど怖かったのか分かる。何故、メモリーが悲しそうな目をしていたのか分かる。そして、ホワイト。

『いいんだな?』

 あなたが何故、あれほど私に思い出させたくなかったのか分かる。やはり、あなたは優しい人だった。そういう、ことだったのね。

 私は、かつての自分を思い出した。

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