観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

メモリー5

 瞬間、私の恐怖が一気に増大した。身体の奥から、体中に恐怖の念が津波のように押し寄せる。無理、耐えられない。

 私は発狂しそうな頭を抱え、強く目をつぶった、なんとか耐えようと。

 けれど。

 ――私は、駄目。私はこれに、耐えられない。

「いやああああああ!」

 叫んだ。恐怖のままに。アスファルトの地面に座り込み、溺れているように体を動かす。パニック状態だった。腕を振り回し地面に叩き付ける。取り乱し自制が利かない。考えが出来ない。ただ暴れる。

「ちっ、犯されたか」

 景色も音も分からない。ただ怖い。怖い。助けて。もう嫌だ、本当に怖い、駄目なの。

「おい、しっかりしろ!」

 思考が出来ない。私は足掻く。藁にもすがる思いで、どこかに手を伸ばす。何か。何か。何か。
「暴れるな、奴のメタテレパシーを受けただけだ!」

 誰かが声を掛けている気がする。とても近くで。私のすぐ近くで。でも分からない。何も。何も。いつしか私は何かを噛んでいた。必死に噛み付く。これを引き千切らないと駄目なんだと、何故か思えて、私は歯に力を入れていく。

「アリス!」

「あ」

 その時、私のすぐ近くで名前を呼ばれた。知らないはずの私の名前。私は動きを止める。混乱した意識が回復していく。

 私は噛んでいたものを放すと、それは自分の腕だった。肌に痛々しい歯形が残っている。同時に、誰かが私を抱き締めているのだと気が付いた。暴れるのを止めさせるように。

 私はゆっくりと、抱き締めている人を見上げる。そこにはホワイトが、真剣な目つきで私を見つめていた。

 あれほど冷たかった目が、優しく感じられる。温かくて、力強い彼の腕。彼の背後では大きな火柱と、怪物の悲鳴が上がっていた。光と音はなくなり、勝負が終わったのだと分かった。

「大丈夫だ、終わった」

「おわ、った……」

 端的に、彼は要点しか話さない。けれどそれだけで良かった。私はホッとしてしまって、意識が緩む。段々と意識が遠のいていく。彼の腕に抱かれたまま視界がぼやけ、そして、

 この悪夢の中で、私の意識は眠るように落ちていった。

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