観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

メモリー4

「螺旋に組み込まれた歯車よ、何故回る。それほどまでに生きたいか。生きる意味も知らぬのに」

 彼が呟く。黒い世界にホワイトの言葉が浮かぶ。彼が発しているのは言葉。ただそれだけなのに、私は感じる。何かがくる。何かが起こる。分からない。けれど、何かが起こると直感する。

「生にしがみ付く哀れな者よ、ならば与えてやろう。生きること。それは痛みを知ること。踊れ、お前は今生きている。歓喜しながら泣き叫べ」

 傲慢に。冷厳に。侮蔑すら含めて怪物へと告げる。人では敵わぬ怪物へ、彼は平然と言葉を発する。その度に、彼の周囲が歪む。彼を恐れるように。もしくは畏まるように。白い瘴気のようなものが彼の周りを走り始める。

 そして、ホワイトは片手を前へと突き出した。
 
「これが欲しかったんだろうッ!?」

 一際大きな声が暗闇を走る。暗い空間が揺れ動き、周囲が恐れおののくように震撼した。

「こい、熱傷の痛みを教えてやれ。クトゥグア!」

 彼は命令する。それが役目のように。それが意義のように。彼はここにはいない何者かへ命令する。

 直後だった。白い霧が弾け飛び、彼の周囲に焔の玉がいくつも浮かび上がった。なにもない空間が発火する。そのまま火の玉は炎上し大きくなっていく。

 互いの火の玉と結びつき、さらに大きなものへ。全ての火の玉が繋がり一つとなって像を成し、そこにいたのは、巨大な炎の狼だった。

「ガアアアアオウ!」

 炎狼が雄叫びを上げる。火の粉を体から撒き散らし、大きさはトラックほどもある。闇夜に似た世界を一瞬で照らし出し、顕現した炎の狼はメモリーと対峙する。

 狼の方が大きく、何よりその威圧感。狼が持つ威厳と炎が持つ原始的な神秘が、一体となって表れている。

 狼がメモリーに襲い掛かる。身体に噛み付くと前足を使ってしがみ付き、狼は、メモリーの体を食べ始めた。狼の炎熱が黒い体表を焦がしていき、炎でできた牙がメモリーに突き刺さる。

 無論メモリーも腕を使って振り払おうとするのだが、狼の体をすり抜けるだけで意味がない。炎が、くっ付いて離れないのだ。

 灰にしながら捕食していく。みるみるとメモリーの体積が減っていく。

「ギャアアオウ!」

 メモリーが叫ぶ。言葉でなくとも分かる、苦痛の意思。怪物が、断末魔を振り撒き食べられていく。

「これは、なに……?」

 目の前の光景が、耳に入ってくる音が、私のなにかを超えていた。怪物が悲鳴を上げて、なのに躊躇いもなく滅ぼしていく別の怪物。

 必死に逃げようとするメモリーを、炎の狼は逃がさず腕を、足を、もぎ取り腹に収めていく。メモリーは体を食べられていく。燃やされていく。生きながら。生きていながら、燃やされ食べられていくのだ。

「ギャアアアオウ!」

 その際に出す声が、とても、あまりにも……。

「嫌、嫌……、もう止めて……」

 いつしか、私は泣きそうな声で呟いていた。私を襲ってきたあの怪物が、今では辛かった。見ていて辛いと感じてしまうのだ。

 この非現実的な黒い世界はなにもかも、私の理性も感情も超えていて、壊していく。怖い。私は怖い。この世界の全てが。この今が。堪らなく怖い。

 すると、倒れているメモリーと目が合った。足がないメモリーは立っていることも出来ず、胴体を狼に踏みつけられ今も体を燃やされていく。

 その最中、赤い目が、まるで母親に助けを求める子供のように、私を見ているのだ。とても悲しそうな目で。

「あ」

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