観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

メモリー1

 こんな状況で、怪物に襲われたら怖いけど、でもこの恐怖はなに? 『遭遇しただけなのに、正気を保つのも難しい』。

 精神が壊れそうな恐怖は自ら死にたくなるほどで。分からないほどに、私はこれが怖い。今にも暴れ出しそう。

 助けて。助けて。誰か、助けて。

 私は祈るように、縋るように心で呟く。孤独な世界で。一人っきりの場所で。けれど、黒い世界に取り残された私の声は、誰に届くことなく消えていく。

「ギャアアオウ!」

 怪物が叫び、また一歩近づいた。あと一歩も進めば、襲われる。
 
「メモリー。忘れ去られた記憶」

 誰?

 そこで声が聞こえた。男の人の声。厳かで、冷たく、けれどよく澄んだ声。

 私は周囲を見渡す。声の主を探して。孤独だと思った世界で聞こえてきた第三の声。私は必死に探そうと顔を動かすが、私の焦りに反してその人はすぐに見つかった。

 何故ならば、その人、彼は、この黒い世界で全身が白の服装をしていたのだ。左の壁の上に立ち、怪物を冷厳な瞳で見下ろしている。

「忌み子よ、ああ、思い出にもなれなかった哀れな忌み子よ、何故踊る。母親に捨てられたと知って憤っているのか?」

 黒い世界で一際目立つ真白の外衣が風に揺れている。銀色の髪を躍らせて、青い眼光が闇に浮かぶ。まるでおとぎ話から出てきたような高貴な雰囲気。

 一目でハンドメイドだと分かる高級な服。白衣の貴公子が、そこにいた。

「笑止」

 声音は冷たい。まるで侮蔑すら滲ませて、彼は言う。

「鏡でも見て出直して来い。貴様みたいな化け物を、傍になどおいていられるか」

 怪物を前にして、彼は怯えどころか傲慢な態度のまま見下ろしている。

「ワンダーランドへと帰れ、メモリー」

 彼は端的に、要点しか話さない。頼むわけでもなく、願うわけでもなく、ただ帰れと、命令する。

「ギャアアオウ!」

 彼の言葉に怪物が振り向き、叫び声で応じる。言葉でなくても分かる、拒絶の意思。

「そうか」

 断られた事実に一言、彼は無感情に頷いた。

「ならば死ね」

 彼は言い放つ。すると彼の両手には、いつしか黒い拳銃が握られていた。まるで手品のように。しかも二つ。しかも大きい。彼は二つの銃口を怪物に向けると、躊躇いもなく引き金を引いた。

 発砲音が周囲に広がり暗闇に火花が煌めく。銃弾は眼下の怪物に命中する。怪物はよろけ、姿が欠ける。

「え?」

 しかし、当たった場所は霧状に四散すると、すぐに元の形に戻っていった。まるで立体映像のようにブレただけ。今では復元されて、傷もなにもない。

「そんな」

「ギャアアオウ!」

 怪物が身をよじらせ、怒りのような叫び声を上げる。攻撃がまるで利いていない。これじゃ、倒せない。

 怪物は男を見上げていたが、思い出したかのように私に振り向いた。目的はあくまで私だというように。顔に浮かぶ赤い目が、執拗に、熱気を伴って私を見ている。

 怪物が近づく。荒々しい熱気を体中に纏い、私に迫る――

 そこで、目の前に白衣が入り込んだ。彼の背中が私の前に立っている。

 彼が私と怪物の間に降り立つと、すぐに怪物に向かって発砲する。何度も何度も、いくつもの銃弾が怪物に集められる。

 体表を吹き飛ばし、腕がもげ、足が取れて転倒する。さらに男は両腕を広げ拳銃を消すと、片手で外套を広げた。その内側から、巨大な銃身が現れる。

 もう、何度目になる不思議な光景なんだろう。あの外套の裏は四次元にでも繋がっているのか。そこから出てきたのは巨大な銃器だった。

 ギターよりも大きい。コントラバスのような銃。

 それを彼は軽々と持ち上げ、支えもなしに、発砲した。何度も何度も。空気で殴られるような音と反動が私にも届く。私は両手で耳を押さえうずくまった。

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