全財産百兆円の男

星河☆

不動産事業

 亨が結婚してから一か月が経った。
 月は既に八月。
 夏真っ盛りだ。




 亨は会社で仕事をしていた。
 「次はこちらにサインをお願い致します」
 西田が書類を亨に手渡した。


「あいよ。そうだ、入院する前に言った不動産業なんだけどよ、そろそろ本気で本腰入れようかなと思ってるんだけどどう思う?」
「宜しいのでは?」
「それだけかよ。ケチ」
「・・・」
 西田は黙って俯いた。
 これは西田の癖で隠れて笑う時に行われる癖だ。
 「お前笑ってるだろ」
 亨が癖を見抜いてそう言うと西田はすぐに顔を上げて首を横に振った。


「まぁ良いや。とにかく今日不動産屋に行くからな」
「かしこまりました」
 亨は残りの仕事を片付けにかかった。










 仕事が終わった亨は西田に荷物を持たせて駐車場に行く途中、会社のロビーで白石が社員と話していた。


「白石さん、お疲れ様です」
「会長、お疲れ様です。もうお帰りですか?」
「はい。これから不動産屋に向かうところです」
「お、いよいよ不動産業にも手を出すつもりで?」
「へへ、そうなんですよ」
 亨は笑いながらそう言うと白石も笑って応えた。


「私不動産をいくつか持っているので一つ売りましょうか?」
「本当ですか? どこの物件で?」
「物件ではないんですよ。土地だけなんですけどね、八王子にあるんですよ。京王八王子駅から徒歩三分で二十坪。通常なら四千万位なのですが三千万円で良いですよ。中々買い手がいなくて。コネクションもないですし」
「良い土地ですね。ありがとうございます。考えさせて下さい」
「勿論ですよ。良い返事お待ちしてますね」
「はい。では失礼します」
「お連れ様でした」
 亨は挨拶をして会社を出た。










 「なぁ、京王八王子ってそんなに地価高いのか?」
 車を発進させた西田に亨が聞いた。


「ですから私は不動産業は分かりかねます」
「はいはい。そうでした」
 亨はふてくされてタバコに火を付けた。






 暫く走ると目的の不動産屋に着いた。
 亨一人の時の送迎は普通のベンツだ。




 「いらっしゃいませ」
 店員が頭を下げて亨と西田を出迎えた。


「予約していた甲斐ですけど」
「あ、甲斐様ですね。こちらへどうぞ」
 店員に言われた席に亨が座ると店員が名刺を渡してきた。


「私坂上希と申します。よろしくお願い致します」
「ありがとうございます。改めまして甲斐亨です」
 亨も名刺を出して挨拶した。


「お電話でお聞きしたところ不動産を持ちたいという事でしたよね?」
「はい。いくつか不動産を持って運営していきたいなと思いまして」
「分かりました。私共が所有している土地をご紹介しますね」
「よろしくお願いします」
 亨は坂上の案内の土地をパソコンで次々と見ていた。




「私共が所有している土地はここら辺で言うと皇居外苑や九段下、一ツ橋等がございます」
「幾つ位あるんですか?」
「千代田区ですと十六あります」
「九段下は相場はどの位なんですか?」
「一坪約九百万円ですね」
「中々ですね」
「九段下は中々高いですね」
 その後話を進めていき、三つの土地を買う事になった。
 九段下の土地二つと一ツ橋の土地一つだ。


「九段下の九段南の土地が三十坪で二億七千万円になり、九段北が二十五坪で二億三千二百五十万円で、一ツ橋の土地が二十坪で六億六千六百万円になります。合計で十一億六千八百五十万円になります。その他にかかる料金が七万九千八百円ですね。ローンは何年になさいますか?」
「勿論一括で」
「え? あ、そうですか――。では後日甲斐様のお宅にお伺いして必要な書類等を持っていきますのでよろしくお願いします」
「分かりました。よろしくお願いします。では失礼します」
「ありがとうございました」
 亨と西田は駐車場へ戻り、西田がドアを開けて亨が乗り込んだ。


「自宅で宜しいですか?」
「あぁ」
「かしこまりました」
 西田は車を発進させた。












 四十分程で家に着いた。
 西田が後部座席のドアを開け、亨が出てきた。




 亨がドアを開けて家の中に入るとメイド、執事が頭を下げて出迎えた。


「おかえりなさい」
「ただいま。真奈美は帰ってるか?」
「いえ、まだお帰りにはなっておりません」
「分かった。飯は真奈美が帰ってきてから食うからよろしく」
「かしこまりました」
 亨が橋本に言うと橋本は頭を下げて答えた。






 亨は自室に行くとドアを開けた瞬間ロイが胸に飛び込んできた。
 「おーロイ、ただいま」
 するとロイは返事をするかのように鳴いた。
 「散歩行くか?」
 亨がそう聞くとロイは自分でリードを加えて持ってきた。
 「着替えるから待ってな」
 亨は部屋着に着替えてロイと部屋を出た。






 「散歩ですか?」
 橋本が玄関前で亨に聞いた。


「あぁ。三十分位で戻る」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
「あぁ」
 亨は玄関を出てロイを連れて歩き始めた。






 散歩はいつものコースで荒川水系脇の道路を歩いていく。






 途中いつも一人で散歩しているお爺さんに出会った。


「お爺さんこんにちは。今日もお散歩ですか?」
「おぉ、若者よ。毎朝毎夕散歩は欠かせんぞ」
「そうですね。健康の為には散歩は大事ですからね」
「そうじゃそうじゃ。このトイプードルの名前何ていうのか聞いてなかったのぅ」
「ロイっていうんですよ」
「そうかそうか。ロイっていうのか。可愛いのぅ」
「ありがとうございます」
「今日は奥さんいないのか?」
「はい。今日はまだ仕事で」
「そうかそうか。じゃあまたな」
「はい。失礼します」
 お爺さんと別れた亨はロイと川沿いを歩いているとロイがウンチをした。
 「はいはい。健康で良い事」
 亨は独り言を言いながらウンチをゴミ袋にしまった。








 散歩を終え家に帰った亨は玄関でロイの足を拭き、部屋に戻った。


「あ、おかえりー」
「おぉ、真奈美、おかえり」
「ただいま」
 部屋に行くと真奈美が帰っていた。


「飯行こうか」
「うん」
 ロイを部屋の柵内に入れてリビングに下りた。


 「橋本、飯にしてくれ」
 亨が橋本にそう言うと橋本はかしこまりましたと言って頭を下げてリビングを出ていった。








「お待たせ致しました。本日の夕食です」
「サンキュー」
 今日の夕食はアジのムニエルとトマトのサラダ、コンソメスープだ。
 「いただきます」
 亨と真奈美は両手を合わせて食べ始めた。




「美味しいね」
「まぁ西岡は腕が良いからな」
「こんなのが毎日食べられるなんて幸せ」
「まぁ美味いからな」
「うん」
 食事をしながら話しているとあっという間に食事が終わった。


 「ごちそうさまでした」
 二人は両手を合わせ、亨は薬を飲んだ。


「じゃあ部屋に行こうか」
「うん」
 亨は真奈美と共に自室へ戻った。








「ねぇ真奈美、子供欲しい?」
「うん。欲しいな」
「じゃあヤっちゃおうか」
「フフフ、何よその言い方」
「ダメ?」
「別に良いけど――」
 こうして甲斐家の夜は更けていった。










 翌日――。
 「おはよう」
 目が覚めた亨は既に起きてロイと戯れていた真奈美に挨拶した。


「おはよう」
「一本吸ったら散歩行こうね」
「うん」
 亨はタバコを取り出し、火を付けて吸い始めた。




 五分程で吸い終わり、真奈美がロイにリードを付けて亨と共に部屋を出た。


「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
 橋本が二人に挨拶をして二人も挨拶を返した。
 「散歩行ってきます」
 真奈美が橋本にそう言うと橋本は頭を下げて行ってらっしゃいませと言った。






「いつものコースで良いよね?」
「うん」
 亨は毎日こうして真奈美にコースの確認をしている。
 何故かというと意外にも真奈美は気分屋でたまにコースが変わる事があるからだ。
 「じゃあレッツゴー」
 亨がロイに呼びかけるとロイは高い声で鳴いた。






 荒川水系の脇を歩いているといつものお爺さんに会った。


「おぅ若いの。いつも欠かさず偉いのぅ」
「お爺さんおはようございます」
「おはよう」
 挨拶は亨がし、真奈美は頭を下げるだけだ。


「そう言えばお爺さんお名前お聞きしても良いですか?」
「人に名前を尋ねる時はまずは自分からって習わなかったか?」
「すみません。甲斐亨です。こっちは妻の真奈美です」
「そうかそうか。わしは権藤修。七十八歳じゃ。妻は三年前に死んでしまった。お主は会社員か?」
「いえ、投資家と会社を経営しております」
「そうかそうか。若き経営者じゃのぅ。何の会社を経営しとるんじゃ?」
「株や円投資等の仲介役です」
「そうかー。実はわし土地をいくつか持っていて金もそこそこあるんじゃが使い道がなくてのぅ。天涯孤独じゃし――。そこでじゃ、お主に金の運用を任せたい。勿論報酬は支払うぞ」
「本当ですか!? では詳しい話を後日伺いたいのでご住所教えて頂いても宜しいですか?」
「はいはい。――じゃ」
「分かりました。これからはお客様として扱わせて頂きます。勿論パジャマじゃなくてスーツでお伺いします」
「お主中々ギャグセンスあるのぅ。じゃあ待ってるよ」
「はい。今日の所は失礼します」
「じゃあな」
 長い話が終わった。
 ロイもあくびをしてしまっている。
 しかし真奈美はさすがは会長婦人でしっかりと話を聞いていた。


「ごめんね真奈美。仕事の話になっちゃって」
「ううん。大丈夫よ。亨はいつでもビジネスチャンスを狙って良いから」
「はは――」
 真奈美が言うと本気か冗談か分からない時がある。

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