全財産百兆円の男

星河☆

病室でコラム

 亨が入院して二週間が経った。
 今まで数多くの社長や会長、役員等がお見舞いに来た。
 一通り落ち着いた亨は三か月前から佐藤に頼まれて始めた週刊文秋の連載コラムを書いていた。




 コンコン――。
 「はい」
 亨が返事をすると佐藤が入ってきた。


「お疲れ様。調子はどう?」
「おう。良い感じだよ。今コラム書いてたところ」
「そっか。じゃあ邪魔しないように私もここで仕事するね。こっちのテーブル使わせてもらうね」
「分かった」
 この個室は大きく、ベッドの他にソファやテーブル、テレビ等がある。


 佐藤はソファに座り、そこで仕事の残りを行っている。




 少し経った頃亨が声を発した。


「ちょっと屋上でタバコ吸ってくるね」
「うん。いってらっしゃい」
 亨は車椅子に乗り、病室を出た。
 「どこへ?」
 外にいた西田が声をかけてきた。


「屋上でタバコ吸ってくる」
「お供します」
「じゃあ押してくれ」
「かしこまりました」
 西田は亨の車椅子を押してエレベーターに乗った。






 屋上に着くともう夕方だがまだ明るい空が出迎えた。


 「おぉい」
 亨は声がした方を向くと、いつも喫煙所にいるお爺さん、田辺新太郎がいた。


「おぉ、ヌシ、やっぱりいたかー」
「まぁな。ここはワシの住処だからのぅ」
「はは。まぁ俺もここで一服する為に来たんだけどな」
「ゆっくりしていけ」
 ヌシとは田辺の事だ。
 いつも喫煙所にいる事から亨がヌシと命名した。








 亨は田辺とおしゃべりしながらタバコを吸っていたが、吸い終わったので挨拶をして病室に帰ろうとしていた。


「じゃあまた」
「おう。またのぅ」
「西田、行くぞ」
「かしこまりました」
 西田が車椅子を押し、病室に戻った。






 病室に戻った亨はコラムの続きを書こうとしている。
 すると佐藤が話しかけてきた。


「ねぇ亨」
「どうしたの?」
「結婚したら犬飼わない?」
「俺も思ってた! 先生に運動しなさいって言われてたから犬の散歩とか良いかなと思っててね」
「良かったー。反対されたらどうしようかと思った」
「真奈美の部屋はペットダメなの?」
「うん。禁止なの」
「そっか。後さ、話変わるんだけど、もう俺の家に住んじゃえば?」
 亨の唐突な言葉に佐藤は言葉を失っていた。


「だっていきなり退院したら結婚で引っ越しって面倒でしょ? だったら今から引っ越し済ませちゃえば良いんじゃない? って思ってさ。それに仕事の時は斉藤が送り迎えするしさ」
「良いの?」
「勿論良いよ。俺の部屋広い割に物少ないしさ」
「ありがとう。じゃあそうさせてもらうね」
「よし、そうと決まれば――。西田!」
 亨は西田を呼んだ。


「お呼びでしょうか」
「真奈美が俺の家に引っ越す事になったから準備よろしく」
「いつお引越しでしょうか?」
「真奈美明日休みでしょ?」
「うん。明日なら時間作れるよ」
「って事で明日引っ越しだからよろしく。それと結婚の話はもうしたと思うけどこれからは真奈美の言う事も聞くように」
「かしこまりました。明日トラックを借りて引っ越しを行います」
「それと仕事の送迎は斉藤にさせてね。車が足りなかったら買えば良いから」
「いやいや、そこまでしなくて良いよ。私は電車で通勤出来るから」
「そうはいかない。俺のメンツも立ててくれ。分かったな西田」
「今の車の台数では対応できないのでもう一台買います。会長が退院されるまでは今の台数でカバー出来ますが退院されたらカバー出来なくなるので明日パンフレットをお持ち致しますので選んで下さい」
「分かった。それで良いね真奈美」
「何か悪い気もするけど亨がそれで良いなら良いよ」
「よし。それで話を進めてくれ」
「かしこまりました。既にご婚約されているので奥様と呼ばせて頂きます。奥様、明日の打ち合わせをしたいので少々宜しいでしょうか?」
「あ、はい」
 西田と佐藤は病室の奥のソファに座り、打ち合わせを始めた。












 亨がコラムを書いている前で打ち合わせが行われているが亨は全く気にしていない。






 一息ついたのか、亨はパソコンを閉じて深呼吸した。


 「終わった?」
 打ち合わせが終わったのか、佐藤が亨のベッドに近づいて話しかけてきた。


「今日の分はね。残り後ちょっとだから残りは明日やるよ」
「そっか。私もさっき打ち合わせ終わったところ」
 すると西田が頭を下げて病室を出ていった。


「西田さんって本当に良い人だね」
「まぁな。あいつは何でも出来るしね」
「トラックの免許も持ってるんでしょ?」
「あいつ色んな免許持ってるからなぁ」
「亨は免許取らないの?」
「一応持ってるけど使う事ないからなぁ」
「だね」
 佐藤は言い終えると笑った。








 二人が談笑していると既に午後八時を回っていた。


「もうこんな時間。今日は帰るね。明日引っ越し終わったらまた来るから」
「うん。分かった。西田に送らせるよ」
「ありがとう」
 すると亨は西田を呼んで佐藤を送るように言った。


「かしこまりました」
「よろしくお願いします」
「はい。では行きましょう」
「じゃあね亨」
「うん。ばいばい」
 亨は手を振って見送った。












 「会長、私は交代します。明日の引っ越しまでは戻らないのでよろしくお願い致します」
 西田が病室に入ってくると、そう言って頭を下げた。
 「おぉ、了解。お疲れ」
 亨は西田を見送って眠りについた。








 翌日、亨は看護師の声で目を覚ました。
 朝食だった。
 朝食を食べ始めた亨は不味いと言いながらもしっかり全部食べ終えた。


 そして車椅子に乗り、病室を出た。


「屋上ですか?」
「あぁ」
 斉藤が車椅子を押してエレベーターに乗った。








 「おっすヌシ。元気?」
 亨と斉藤が屋上へ行くと既にヌシがいた。


「当たり前じゃろ」
「そうでないと」
「じゃあ一服するかのぅ」
「おっす」
 亨はタバコに火を付けて吸い始めた。


「ワシは今日で最後じゃからのぅ」
「どういう事?」
「今日の午後退院じゃ」
「おぉー。おめでとう」
「ありがとさん」
 二人は談笑しながらタバコを吸っている。










 「じゃあなヌシ」
 亨はそう言うと斉藤に指示して車椅子を押させた。


「またいつかな」
「おっす」
 亨の目には少し光るものがあった。












 病室に着くと亨はパソコンを開いて昨日途中だったコラムを書き始めた。










 「昼食のお時間ですよー」
 亨がコラムに熱中していると既に正午を回っていた。


「もうそんな時間ですか」
「あまり無理しないで下さいね」
「ウイっす」
 亨は返事をするとパソコンを閉じて、しまった。




 「いただきます」
 いつも通りの病院食だ。










 「ごちそうさまでした」
 いつも通り不味い食事だったが難なく食べ終えた。






 食事を終えた亨は車椅子に乗り、病室を出た。


「屋上ですか?」
「あぁ」
「かしこまりました」
 斉藤が車椅子を押して屋上へ向かった。






 屋上へ着いた亨だったがやはりヌシはもういなかった。


「寂しいですか?」
「まぁちょっとな」
「またいつか会えますよ。きっと」
「あぁ」
 亨は笑顔で斉藤と話した。






 タバコを吸い終えた亨は病室に戻った。




 病室に着くと佐藤と西田がいた。


「お、引っ越し終わったの?」
「うん。西田さんに手伝ってもらって終わったよ」
「ありがとうな西田」
「いえ、当然の事です。こちらが車のパンフレットです」
「サンキュー」
 ベッドに座った亨はパンフレットを取り、中を見た。






 「西田、BMWって燃費悪いのか?」
 パンフレットのBMWの欄を見ていた亨が西田に聞いた。


「正直良いとは言えませんね」
「そっか――。やっぱホンダかなー」
「会長が以前おっしゃっていたリムジンなどはいかがですか?」
「リムジンか~それだとメーカーどこが良いんだ?」
「メルセデスベンツが良いかと」
「じゃあそれで調整してくれ。中は俺の好みに合わせてくれよ」
「かしこまりました」
 西田は頭を下げて部屋を出た。

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