能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.119 エピローグ〜喧騒の終幕〜

クルシュ達が転移した先に、彼がいた。


「ジーク」


クルシュがそう言うと、ジークはこちらに気づいて振り向く。体には激しい戦闘の跡が残る。


「ル、ルイさん大丈夫ですかっ!?」 
「ああ、かすり傷だ」
「クルシュと同じこと言ってますわこの人.........」


状態を見て真っ先に心配するミナと返事を聞いて呆れながら笑みをこぼすフィオーネ。対面のジークはクルシュの傷とリアに支えられて気絶しているアリスを見て穏やかに言う。


「取り返したか」
「ああ。そっちも目的を果たせたみたいだな」
「少し手間はかかったが、まぁ誤差だ。.........クルシュ、頼みたいことがある」
「何だ?」


聞き返すとジークが一歩後ろに下がり、その先に彼女がいた。銀灰色の髪、見た目150センチ程、現在目を瞑って仰向けになっている彼女は、間違いなくイルーナだと、クルシュ自身も思うほど。そして仰向けになっているのが2人。


「どういうことだ?」
「イルーナの魂、イルーナの体。2つが分離している」
「確か傀儡神は死者の魂を抜き取るんだったか」
「ああ、その結果がこれだ。...............頼めるか?」


クルシュはジークの横をすり抜けてイルーナの元へ向かう。そして膝を着いた状態で容態を確認した。


「........魂が眠り、体は死んでいる、か」


そう呟いては、イルーナの体と魂を覆うほどの魔方陣を足元に展開した。


「リア、俺の右肩に触れてくれ」
「いいけど.........なんでよ?」
「今の魔力残量じゃあと少し足りなくてな。何せ今から行うのは神をどうこうする作業だ、俺達のような人間に行う術とは訳が違う。お前は俺の肩に触れてくれるだけでいい、あとはこっちで魔力を少し貰う」
「わ、分かったわ」


少し遅れてアリスをミナに預けたリアがクルシュの肩に触れる。


「んぁっ..........」


同時にリアから抜き取られた魔力の感覚に彼女は少しだけ艶のある声を出してしまい、座り込んだ後に少し赤面する。だが当然、今ここにそれを気にする者がいるはずもなく。


「ジーク、お前はイルーナの体に触れてくれ。そして祈れ、成功の次第はお前の祈りの強さだ」
「ああ」


ジークも膝をつき、イルーナの肩に手を置いた。それにて準備が整う。直後、魔法陣が輝いた。

――転生魔術『思想愛祈念リ・ウェルネス・シア

発動した魔術は彼が夢見た時代へ向かうために使った『転生魔術』。今回はそれをさらに改造したものだ。名の通り、祈りの強さが影響する少し特殊な術式となっている。

――失った。

――愛する者を。

――大切なものを。

発動したクルシュに、思念が流れる。名の通り祈りが思想となって漏れ出ている。当然それはクルシュにしか届かない。

――守れぬ。

――死ぬのを見ることしか出来ぬ。

――俺は無力だ。

――肝心な物をこの手から零してしまう愚か者だ。

彼女と死に別れた時の感情だろうか。気丈に振舞おうとも、必ず内心には負の感情が溜まる。悲しみの感情が溜まる。誰だってそうだ、当然俺も。愛する者との別れなど、特にだ。

――だからこそ

――だからこそ俺は

――必ず見つける。

続いて流れ込んできた思念に、俺は確固たる思いを感じた。固く強い決意を感じた。

――その魂を。

――その精神を。

――どこにいようとも必ず。

――必ず見つけてみせる。

――それが俺の贖罪だ。

この決意だけで、彼女を探し続けた。愛する者を、無限に近い時間を賭して。

――だからこそ

――今度は必ず守り通す。

そこまで伝わってきた所で、俺は瞳を開けてイルーナを見た。


「ここまで想われ、道はつくった。いつかお前は俺に伝えたな、ジークの幸福が自分の願いだと。だがその幸福にはどうやらお前も必要らしい。想いを、願いを司るなら分かるはずだ。帰ってこい、イルーナ」


その声が伝わったのか、はたまたジークの想いが伝わったのか。体と魂、2つが光り輝き、空中へと上昇する。そしてそのまま光を放ちながらそのふたつが融合し、1つになった。


「せ、成功したの........?」
「ああ、恐らくはな」


ゆっくりと下降してきたその体を、ジークが抱き抱えるようにして受け止めた。2人の空間にはクルシュもリアも見守ることが当然だと認識して黙った。直後、その瞳がゆっくりと開かれた。


「目が覚めたか」
「...........ここは夢なのだろうか?」
「そうだな、傷だらけの俺がお前を抱いている状態が夢であると言うならば、それはもう少しマシなものに替えねばならぬ」


イルーナの頬から、雫が落ちた。


「.......本当に、本当に.................夢じゃない!」
「先程から何度も言っている。夢ではない、現実だ」
「探して.........?本当に私を探して.........?」
「昔言ったな、いくら離れていようとも必ず見つけ出す、と。どうだ?有言実行された気分は」
「.........会いたかった。会いたかった!あなたに、ずっとあなたに!」
「俺もだ。............待たせたな、イルーナ」


大粒の涙が零れたイルーナはそのままジークの胸に埋もれた。その空間には嗚咽が響き、リアやミナ達も涙を流していた。


「............」
「こういう感動系には強いのかな?フィオーネさん?」
「っ..........いえ、そんなことは無いです」


ただ1人を除いて。


「うぅ..........な、泣けるわ!」
「そうか」
「そうかって..........あんた血も涙もないわけ?」
「いやまぁ..........もういいか」
「?、クルシュ?」
「すまないがあとは頼む」
「あとは頼むって..........ひゃっ!?」


その場の空気を壊すようなリアの驚愕の声が響く。なんとクルシュがリアの胸へと倒れて行ったのだ。なんとか受け止めたリアがだが、当の本人はピクリとも動かない。


「ちょ、ちょっと........!」
「クルシュさん........?」
「あー、気絶してるね、これ」


エリルが肩を竦めながらそう言った。


「き、気絶って................クルシュが!?」
「魔力全消耗での魔力欠乏症だね。それほどまでに膨大な術式だったんだよ」
「じゃあ帰りは..............」
「それならば心配はない」


ジーク達の方から、声がかかった。イルーナが涙を拭いて、こちらを見ている。


「問題ない、人の子。この身が蘇る時、彼が私にひこうせん?なる物の操作方法を編み込んでいた。故に私はそれを熟知している」
「だそうだ。心配せずともこうして言った時のイルーナは問題ない、帰るぞ」


そうしてその場からジークの転送にて全員が消えた。誰もいなくなった唯一の玉座の間で、そこにふらりと現れたのはローブを被った小人。


「やれやれ、隠れていれば出ていくタイミングを失ってしまいましたが、まぁもう無理ですね。いやはや、あの天使と魔術師をぶつけて相殺させ、そこで私が殺る予定だったのですが、残念でしたね...........」


するとくるりと回って歩き出した。


「まぁいいでしょう、他にもやり方はあるんですから。いつか見ていなさい、魔王、天使、そして魔術師。必ず次は殺して差し上げます」


そう言って小人、分魂神メギルストスはその場からいなくなった。







帰る後にイルーナが操作方法を間違えそうになったり地面につまづいて転けたりしたがそれはまた別のお話。

あの後、リンドハイム王国はアルキメデス帝国を制圧、占拠。地下牢には何百という奴隷が捕えられいたために一旦王国へと輸送。元帝国の民や貴族達は全員が全員ここが帝国であったなどの記憶がなく、誰もが口を揃えて"ニルヴァーナ皇国"の名を語った。そしてそれを聞いた兵士達も思い出したかのように帝国が元はニルヴァーナ皇国であったと認識し始め、話は拡散して行った。後に大きな出来事の発端になるが、当然そんなことになるのを知るわけもない彼らの翌朝。

一人の少女の目が覚めた。瞳を開き、最初に感じた柔らかい感触と木目の板が見えるという視覚。上体を起こすと窓から差し込んだ眩しい光が彼女の若干の眠気を覚ました。


「おはよう、アリス」


その声の方に向くと、まさに真横、木イスに座ってアリスを見ているリアがいた。


「っ、あ.............」


いつもなら普通に話すだろうアリスも今日ばかりはそうはいかない。当然思い出されるのは塔での出来事。リアへ行った仕打ちを思い出して言葉を詰まらせる。


「何?どうしたの?」
「あ.............と...........えっと............その」


今更こんなことを言っても許されるのだろうか、そんな思いが脳裏を過って彼女に文句を言わせない。罪悪感が彼女の行動を抑制する。


「あ、手とか大丈夫?」
「え?」
「あんたクルシュと戦って結構な凍傷負ってたの。まぁ眠ってるのか気絶してるのかしてたから覚えなんてないんじゃないかしら」
「だ、大丈夫............」
「そ。じゃあ何か食べるもの持ってくるわね」
「あ................リ、リア!」


名前を呼ぶ声に、踵を返していたリアがピタリと止まった。そして振り返って何かと視線で問掛ける。


「そ、その.............怒って、ない?」
「ん?何をよ?」
「む、胸刺したの............」
「ん?あ、あれならクルシュの魔道具のおかげで助かったわ。自分の心臓への攻撃を敵意を持つ他の誰かの心臓へと移動させる魔道具のおかげでね。ていうか意識あったの?」
「..............」


ほんの数秒の沈黙の後、アリスはコクリと頷いた。その反応を見てリアは、はぁ、とため息をつき再び椅子に座る。


「当然怒ってるに決まってるでしょ。痛いもの、あれ」
「..............」
「だから、本当のことを話してよ。何があって、どういうわけでクルシュと戦ったのか」
「.......うん」


そこからアリスは身に起きたこと全てを話した。捕まった後、牢獄に入れられ飢餓という名の拷問を受けたこと、謎の天使の囁き、そして意識のあるまま体を操られていたこと。


「ふーん、天使、ね」
「よく分からないけど............」
「もうこの手の事には慣れたけど、まさか天使なんてねぇ...........」
「それで..............その」


少し言葉に詰まって、しかしながら何かを決心したように口を開く。


「多分、リアに言ったあの言葉は..............私の本音」
「..............」


その言葉に今度は逆にリアが押し黙った。そこへさらにアリスは続ける。


「どうしてか分からないけど、そう思ってしまった。.................最低だよね、私」


その言葉に少しだけ影が落ちる。


「確かに、嫉妬だけで人を殺せるなんて、正気の沙汰じゃない。それは確かよ」
「っ.............」
「でも今は?今はどう?」
「それはっ................わからない」


その返事に、リアはニコリと微笑んでアリスを抱きしめた。


「分からないってことは、少なくとも完全にそうじゃないってこと。なら今はそれでいい。それに多少傷つけられたって私はアリスを嫌ったりなんかしないわ。もし間違っていたならそれを正してあげる、外れた道を行くなら引き戻してあげる、最後まで信じてあげる、それが友達ってもんでしょ?」
「リア.............」


唖然と見つめたアリスの瞳から雫がこぼれる。そしてそのままリアを抱きしめる力は強くなった。


「リアっ!................私!私ぃ............!」
「辛かったのよね、苦しかったのよね。うん、大丈夫よ、大丈夫」
「ごめんなさいっ..................ごめんなさいぃぃ...............!!」
「うん、大丈夫だから。................お帰りなさい、アリス」


少しの間、その場には少女の嗚咽が響いていた。




最愛との再開、そして親友との和解。


はい、遅れてしまってすいませんお待たせしました。筆が乗らない時って、あるんですよー(言い訳)
途中の事後経過の事については言葉足らずな文なので少し補足を。
帝国が完全占拠されたことによって今まで何故か忘れていたニルヴァーナ皇国という名前が帝国民や貴族の記憶に浮上、また王国の方も急にその単語が浮上して話題になる、と言った感じです。

今後の予定としましてはとりあえず当面は5章の執筆ですが、その5章は最初だけシリアスが名物のこの小説に甘いラブコメ展開が..........?と言った感じです。
こう言いますのも、少し迷っている部分があるからです。ええ、色々と。なので予定は未定と。プロローグはちゃんとしたものですよ?ええ、はい。まぁきっと、ついに叶うのかもしれませんね、恋が。
そこら辺もお楽しみということで、次章でまたお会いしましょう

コメント

  • リムル様と尚文様は神!!サイタマも!!

    あざす

    1
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