能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.116 魔術師は原因を探る

――遡ること数分前。

2人の視線の先には、たしかに彼女がいた。ダークブラウンの髪に、きめ細やかな白い肌。エメラルドグリーンのその瞳は、見間違うはずもない。


「アリス!!」
「リア、待............」


クルシュの制止を振り切ってリアはアリスの元へと駆けた。距離は開いていないため直ぐにそこへとたどり着く。


「アリス、よかった。無事ね!?」


肩を掴んではアリスの無事にリアは安堵を漏らす。


「.........ねぇ、リア」
「ん?何かしら」


思えばここで気づいておけば良かったのかもしれない。

少し俯き加減だったアリスが、リアに視線を合わせる。とても綺麗な瞳がリアを見据えた。


「クルシュ君のこと、好き?」
「っ!!..............な、なな何言い出すのよこんな時に!?」
「好き?」
「え、えっと...........」


こんな戦場の中だと言うのに、頬を紅潮させては少し恥ずかしそうに答えを返す。


「す、好きだけど..............」
「..........そう」


まるで予想でもしていたかのように、アリスのその言葉は酷くつまらなさそうだった。そしてそのままニコリと微笑む。


「ごめんね」
「さっきから何を...............っ!?」


直後、リアの背中に剣が生えた。


「ごめんね、リア。私もクルシュ君が好き。...........だから、死んで?」


酷く冷淡にアリスはリアへ向けてそう言った。その仕打ちは同じ仲間であり、互いに認め合っていた友達にするような行為ではない。リアの身体が浮き上がっては、アリスの回し蹴りが腹部を捉えてリアは壁に激突する。その威力は壁にいくつもの亀裂を入れるほど。リアを蹴り飛ばしたアリスは、壁に座り込んでピクリとも動かないリアを一瞥しては、その視線をクルシュに合わせると、その表情が一気に明るくなった。


「お待たせ!クルシュ君!!」


仲間の心臓を刺してさらには蹴り飛ばした後の言葉とは思えない。まさにそれは狂気と言っても加減ではなかった。今眼前にいる彼女は、自分達が知っているようなアリス・ベルフレートでは無いと、そう理解する。故に依然としてクルシュの視線は鋭いまま。


「..........どういうつもりだ?」
「?、何が?」
「なぜリアを刺した?」
「だって、邪魔じゃない?クルシュ君を取られちゃうかもしれないもの」


つまりは、邪魔だから殺したと。遠回りながらもアリスはそう言った。その言葉に僅かながら目を細めた。


「正気か?」
「私はいつも正常だけど。................ねぇ、そんな事より、クルシュ君は私の事、好き?」
「悪いが、敵に好意を抱くほどお人好しでも間抜けでもない」
「..........なんで?ねぇなんで?」
「それは自分の胸に手を当てて聞いて欲しいところだが」
「なんで?なんで!?邪魔なやつは切ったよ?クルシュ君を愛せるのは私だけなんだよ?ねぇなんで!?」
「逆に、仲間を恋路の為に排除するような猟奇的な女を誰が好きになるんだ?」


クルシュのその言葉に、ストンと感情が抜け落ちたような表情となる。その顔を見つめて、さらにクルシュが続けた。


「今お前はリアに剣を向け、挙句の果てに傷つけた。俺は今お前を仲間のアリスだとは1ミリたりとも思っていない。俺の目に映るのは、ただの敵だ」


ハッキリとそう告げた。敵である故に愛することなど絶対にないと。


「..........そう。私の物になってくれないのね」
「誰かのものになる気は無いな。この先一生」
「.............私の物にならないなら、殺してあげる」


次の瞬間、アリスの背に漆黒の翼が生え、彼女全体を包む。数秒後、激しく羽を撒き散らしながら、姿を現す。

容姿は変わらないものの、いつの間にか少し露出の高い黒きドレスに身を包んでいる。やはり見張るべきはその背中の黒き翼。元々の容姿も相まって、どこか神々しくも見える。しかし、翼を有する時点で、もうそれは人間ではない。


「さぁ、始めましょう?」
「.........やれやれ」


目の前にいるのはアリスであってアリスではない。そもとして魔力の反応が全く違う。これは1度だけ感じたことがある。天使の魔力反応。確かカルヴァンが天使の生まれ変わりだ、と言って攫ったんだったか。


「ひとつ聞きたい。お前は誰だ?」
「誰って..........アリスだって言って..............」
「そうじゃない。お前の名前だ、天使」
「私はアリス。他の誰でもない」
「.........聞くだけ無駄か」


仕方ないとクルシュも臨戦態勢をとる。直後、踏み出した右足から氷が伸び、一瞬にしてアリスを囲む。


「凍れ」


――凍結魔術『零監獄ゼロ・プリズン

囲む範囲全域に氷がせり上がり拘束せんと迫る。しかしアリスは黒翼をはためかせ空中に逃げ、そのままの勢いでクルシュへと飛来する。そして彼女の武器、斬細剣フレスロアが振るわれる。


「っ!」


しかしその速度もまた異常。明らかに以前のアリスの剣の腕とは比較にならないほど。1ヶ月前が高速ならば、現在の彼女は閃光。本気を出したエリルとてこれに勝てるか否かというレベル。豹変した剣速に僅かながらクルシュは目を見開くが、それでも冷静に回避していく。

――凍結魔術『絶対零度アブソリュート

展開された魔法陣から氷がせり上がりそのまま突き出た角がアリスに迫る。だがそれをフレスロアを振り下ろしただけで魔術ごと両断する。これはクルシュが付与した『魔壊』の効果。クルシュが所持する魔道具と同じく、魔法を撃ち破る。


「私に魔法が効かないのなんてわかってるわよね?」
「さぁ、どうだろうな?」


含みを持たせるが、実際はアリスの言う通り。全てがフレスロアによって切り伏せられてしまう。『逆証魔術』の手でフレスロアに触れようとも、先に『魔壊』の効果が働き、相殺されてしまう。


(やれやれ、まさか自分で自分を追い込むハメになるとはな)


迫る剣撃を前に、内心小さく舌打ちをする。クルシュは武闘派では無い、しかし魔術で戦えば尽くが無へと帰す。しかも問題はアリスを倒す訳では無い。正気に戻させることだ。既に手はある、しかし実行する手段がない。

そんなことを梅雨知らず一方のエリル達、視線の先で殺し合う2人に言葉を失っていた。


「アリス..........ですわよね?」
「はい............でも、様子がおかしいです」
「...........やっぱりか」


エリルだけが、アリスの姿を見て苦虫を噛み潰したような表情になる。それはカルヴァンが告げた事が本当だからだ。背中の二律黒翼、黒に染まろうともそれは天使であった証。ならばそれは堕天した天使の誰かの生まれ変わりなのだ。


「リアさん......?」


そしてミナがいう。視線の先で、眠ったように座るリアが居た。その瞳は閉じたまま動かない。直ぐにミナは駆け寄る。容態を確認して、安堵を漏らした。


「よかった........気を失っているだけのようです」
「........っ、うう.....」


ふと、リアが目を覚ました。


「痛っ..........アリス、本気で蹴ったわね」
「目が覚めたかい、リアさん」
「エリル?それにミナとフィオーネも。.......そう、こっちに来たのね」
「あれはどうなってるんですの?なんでアリスがクルシュと...........」
「分からないわ。でも、今のアリスがアリスじゃないことだけは確かよ」
「........今はクルシュに任せよう。多分、今アリスさんを助け出せるのはクルシュしかいないからね」


その4人の視線が、現在進行形で死合を繰り広げる2人に向けられる。


「来なさい『殲滅天使エインヘリアル』!」


アリスの神位召喚魔法『殲滅天使エインヘリアル』。手を振り上げたアリスの頭上に空間を覆い尽くす魔法陣が出現し、その中から黒の翼に同じく黒い甲冑を着た天空騎士が舞い降りてくる。その数、既に100は超えた。

――『結界魔術・練』

一方のクルシュは天空騎士達がこちらに集中するように結界魔術で外界を遮断する。既にエリル達がこの場にいるのを気づいての措置だ。


「これは耐えられる?」


無慈悲に響く号令。空中で待機した天空騎士が一斉にクルシュへと飛来する。突撃してくる天空騎士達を回避しては、現在進行形で召喚を続ける魔法陣へ向けて跳躍する。

だが当然翼を持つ騎士達にとって空中は彼らの領域。さらにはアリスもそこへ飛来する。だがその前に魔法陣へと接近したクルシュは『逆証魔術』で召喚魔法を壊した。だがそれも束の間、落下するクルシュに対してアリスの斬撃が全身を撫で、さらには天空騎士達の刺突が体を深く抉る。だがなおそれでも『空間収納』からハチトリ・DBデュアルブラストを40丁出しては天空騎士達に向けて弾幕をばらまいた。

激しく発砲音が空間に木霊し、あたり一帯の天空騎士を蜂の巣にした。だがその制御でロクに受身も取れないまま背中から床へ落下した。


「........また随分と面倒だ」
「素直に死ねば楽なのに。.........まだ私のものになってくれない?今ならまだ間に合うわ」
「言ったはずだ、敵だと」


周りには空中を埋め尽くす天空騎士、そして眼前にそれを従えるアリス。大してこちらは魔道具が少し。状況は絶望的だった。ハチトリでも瞬間的に殲滅できる訳ではなく、ほかの魔道具でも殲滅性に長けた魔道具はほとんどない。


「じゃあ、名残惜しいけど、終わりね」
「だといいがな?」
「.........どういうこと?」
「俺がなんの用意もせずにただ回避していたと思うか?」


その右手に輝く、魔法陣。それがなんなのか、アリスは瞬間的に察した。


「っ!しまっ..............」
「遅い」


誘導されたと、そう思った時には既に発動している。

――終焉凍結魔術『永久凍土ホワイトサファイア

それはかつて、リアとの戦闘でクルシュが放った最強の凍結魔術。当然『結界魔術』をエリル達の保護に使ったのはもちろんだが、この魔術で凍らせてしまう心配があった。しかし、遮断した限定的な空間でならば、その心配もいらないのだ。当然、範囲を一瞬にして凍らせる零度の魔術は、『魔壊』でも不可能。唯一リアの『崩星アルマゲドン』が侵食する銀世界を焼き付くせる。

対抗する手段がないアリスにとっては、致命的な一撃。有無も言わさず零度の魔術は辺り一面結界内全てを銀世界へと変貌させた。

荒れ狂う吹雪が止むと、一面に有無も言わさず全身を凍らされた凍結骸の天空騎士達。その中心で、唯一、全身凍結を間逃れた少女。当然これはクルシュがそうなるように威力を調節したからだ。しかし今の彼女は首から上以外は動かせない。首から下の全て、内蔵を除いて筋肉に至るまでを凍結させた。


「っ.........!!」
「やれやれ、全く、手間がかかる」


必死にもがくアリスに対して肩を竦めながらクルシュは近づいていく。その距離は既に眼前まで。


「大体予想はしていた。アリスの反応が少しおかしくなった時からな。まぁ案の定お前は俺に剣を向けた。少なくとも俺の知っているアリスは仲間に剣を向けるようなやつじゃない。ならそれはお前に何かが起こったからこそそうなった、そう考えるのが妥当だ。そして真っ先に思い当たったのは精神面だ。催眠か、記憶改竄か、なんにせよ、お前の精神に直接聞きに行けばいいだろうと思ってな」
「やめっ..........!!」


何かを恐れるように首を逸らすアリスだが、当然可動範囲はクルシュの方が大きい。彼女の頭にクルシュの右手が触れて、魔法陣を展開する。

――星宝魔術『思念伝心』

自身の精神を相手の精神環境へと投射する魔術。使いようによっては人格改変や当然ながら記憶改竄、催眠も可能。だがクルシュが記憶を消す手段また別にある。
静かに瞑目したクルシュは、集中して相手の精神へと自身を投射させた。




豹変した仲間を救うため、さらに奥へと。

「能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く