能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜
EP.112 エルフはキレる
多勢に無勢と言う言葉がある。敵の大軍に対して少人数の事を言う。現在、2対目算6万、いやもっと居るだろう。一般の軍師ならば約6万が勝つと直ぐに断言するだろう。だが例えばクルシュならばどうか。明確だ、彼女達を知る彼ならば当然2が勝つと言う。
フィオーネ、ミナ、彼女達の猛攻が続く。クルシュ達のような強さを持ち合わせない彼女達ではあるが、今使用している魔法は並の人間とは桁違いに強い。それは彼女達を突き動かすものに比例するだろう。
すなわち恋情。先刻受け取った言葉による特定の者への強き想い。彼女たちを突き動かすにはそれで十分だった。いや、それ以上の活力は無かった。故に彼女達が1つ魔法を放つ度に大爆発とともに魔獣の大群に穴が穿たれる。直ぐにそれは塞がっていくが、魔獣達は確実に、それも常軌を喫した速度でその数を減らしている。上階で戦う彼女達に迫ろうとする下階の魔獣達のさらに下には彼女達に屠られた魔獣共の屍山血河。死屍累々を築いていた。
先程、多勢に無勢と述べた。しかし、それは実力が拮抗していればの話である。例えば今、魔獣と彼女たちの実力が拮抗しているかと問われれば、断じて否だ。このままならば、彼女達の勝利は堅いだろう。このままならば。
「残り半数を切りましたっ!!」
『透視の光眼』を用いて相手の状況を確認したミナがそう叫んだ。
「一気に巻いていきますわよ!」
「はい!!」
フィオーネが鞭を無造作に振るい、跳ねた部分に魔法陣が設置されると、その中から巨大な蔓が無数と出現して魔獣の大群へ襲いかかった。もちろんこれはフィオーネの花魔法『不毛なる絶枯草』の草花である。
だがフィオーネの魔法は設置型ではなく直接発動するものである。
――では何故か?
答えは簡単だ。別に魔道具をクルシュだけが作れるわけじゃない。彼女が今握っている鞭はジークが作成したものである。
フィオーネ専用魔力式伸縮鞭、ティアベル。鞭の中には彼女の花魔法が内蔵されており、鞭が打ち付けられた衝撃で魔法が起動する仕組みを埋め込んでいるため意のままどこに設置するかを選べる。さらに鞭の大元の素材には魔族領に生える化けゴム樹木の樹液から採取したゴムを使用しており、魔力を流すだけで最大8メートルもの長さにまで伸びるためそれなりに遠距離まで届く。
発動するのは内蔵された花魔法であるため本人の花魔法も発動すれば同時に二種類の花、もしくは単一の花を二倍に増やすことが出来る優れ物だ。文字通り鬼に金棒な彼女の敵はこの場にはいないだろう。
「光刃裂乱!!」
ミナの手に出現したそれは上位魔法の類。彼女は王族であり金色の刻印だ、上位魔法を無詠唱で発動することなど訳ない。果てには回復魔法ならば超位魔法でさえも今ならば無詠唱で唱えられる。当然これはクルシュの"おかげ"というべきか、"せい"と言うべきか。
ミナの放った光の刃が次々に大群へと降り注ぐ。命中した的は一匹残らず肉塊と成り果てるが、やはりまだまだ数は残っている。
「っ!ちょ、お待ちなさいな!」
「な、何してるんですかあれ!!」
二人揃って驚きの声を上げる。無理もない、何故ならばどこから湧いたのか、スライムが他の敵をどんどんと吸収しているのだから。断末魔をあげることなく吸い込まれていく魔獣、魔族、果てにはその死体まで。
わずか数分にしてその大きさは下階の中心を埋め尽くすまでになり、体表には赤黒い線の様なものがいくつもドクンドクンと鳴動しているかと思えば、今度は収まって黒い斑点が浮き上がってきたり、様々だ。はっきり言って気持ち悪い構図だった。
「うえ..........なんですのあれ」
「魔族や魔獣などを吸収したため変化したんでしょうか」
「まともに見たくないですわよアレ.............」
当然その光景は女性にとって生理的に、美的センス的に無理だろう。現にフィオーネの長い耳は嫌悪感を表すようにピンと立っている。おそらくガサツなエリカがここにいたとしても同じような言葉を言っただろう。それほどまでに嗚咽を漏らしたくなる光景だった。
「何スライムなんでしょうかアレ。どういう配合の仕方であんなものに.........」
「解析してる場合じゃないですわよッ!」
顎に手を当て思案するミナにフィオーネのツッコミが響く。と、直後。
「きゃっ!?」
フィオーネのすぐ横を"何か"が通り過ぎた。いや、その何かは自明だ。先程のスライムである。当然大軍の中には鳥型の魔獣も含まれていた。そして彼女達はその魔獣を何度も迎撃している。当然スライムはそれをも吸収したわけで、現在そのスライムが背中とも取れるところから自らの体表で作り上げたと思われる翼を生やしていた。
「スライムが鳥の真似ですの!?いい加減にしなさいな!」
フィオーネ操る蔓がスライムに襲いかかる。捻るようにしなった蔓は鳥ではないのに高い飛行能力を見せるスライムに尽く避けられ、時折吐き出される液体によって溶かされた。
「そこはスライムらしく溶かすんですか..........」
「呑気に言ってる場合じゃないですよっ!!」
飛来する蔓を次々と避けながら術者であるフィオーネへ向かってスライムは溶解液を吐き出した。だがその前にミナがフィオーネの手を引いて下階に飛び降りたため攻撃は当たらなかったが、着液した階段が白煙巻きながら溶けた。
「当たったら一溜りもありませんわね」
「『紫電雷天鳴』!!」
バチバチと稲妻を走らせながら紫の雷がスライムを穿った。激しい電流に見舞われ電磁火力によって消滅するかに思われた、がしかし。
「っ..........魔法を............吸収ですか」
苦虫を噛み潰したようにミナが呟いた。スライムは無害な上にこうやって仲間を食べるようなことを目撃した事を彼女自身無い。いくら王女といえど、彼女に魔物と退治した時の戦闘法など知るわけがない。故にスライムが魔法を吸収するということも知らなかった。だが今知ったところでもう遅い。
上階のスライムは何を悟ったのか、うねうねと伸びる触手を何本も生やしミナを襲う。
「っうあ!」
一瞬だが硬直してしまったためにその触手に体を捉えられてしまい宙を舞った。当然酸の塊であるスライムの触手は捕らえたミナの両腕と腹部を溶かす。
「っ!!つぅあ!?」
「ミナ!........離しなさい!!」
瞬時に蔓で浮遊するミナとスライムとをつなぐ触手を叩き切ると、今度はミナが怪我を負った腕にもかかわらず剣を振るう。煌めく剣筋が二閃、それだけで彼女にまとわりついていた触手が弾け飛んだ。
早期に触手から逃れたためにミナの表皮は軽度の炎症だけに収まっていた。そして直ぐに発動させた回復魔法によってその炎症は元通りになる。
「乙女の柔肌を傷つけるとは..........なんて害悪なスライムですかっ!!」
再度フィオーネの蔓は飛空するスライムに向かって飛来する。だが今度は溶解液が付着した蔓が溶け始めるとその溶解スピードを上回る速度で蔓が再生し、ついにスライムの体に巻きついた。当然大概に放出するよりも強力な酸がスライム本体には備わっているが、それをも蔓は上回った。
「ご存知?雑草って言うのは踏まれても踏まれても立ち上がってくるんですの。さらに根を張ったら根強くその地に生き残り続ける。まさに絶対に枯れない草ですわよね」
フィオーネがそう喋るうちにもその蔓は溶解と再生を繰り返しながらスライムの体を締めあげていく。弾け飛ぶかに思えたスライムだが、まだ中に消化しきれていないものがあるのか握った水風船のように締め付けられた蔓の間から膨張してはみ出している。
「くらいなさいな!!」
ドゴォォォォォン!!
しなった蔓はスライムを捉えたそのままに塔の壁に叩きつけられた。壁に叩きつけられた衝撃で亀裂が幾数にも走る。そのまま圧殺せんと1箇所に蔓が集まり始める。だが流石のスライムもここで終わる気は無いらしい。再生さえも許さない強酸を吐いて蔓を魔法陣ごと溶解させてしまった。
「なっ!?」
当然驚きを隠せないフィオーネ。『不毛なる絶枯草』の蔓は1本だけでも100kgの重さがある。それを先程、15本、1500kgの重さで押し潰したにもかかわらず、それに抵抗する力がスライムにはあった。普通ならば肉塊に成り果ててもおかしくはない。だがそうならなかったのは、やはりスライムだからだろう。
そしてこのスライム、やはり知性がある。誰が1番危険なのかを理解しているかのようにフィオーネに触手を伸ばす。そして彼女のティアベルを掴みあげると、釣りでもするかの容量で真上へ浮き上がらせると、チャポンと擬音が出そうな勢いでスライムの中へ解けて行った。
ブチィ!
刹那、何かが切れたような音がそれはもう盛大に聞こえた。気になったミナがその音源はどこか、と辺りを見回し、最後にフィオーネに視線を移す。
「フィオーネさん、さっきなにか切れたような音が............っ!?」
聞きかけた言葉は、そこで止まった。何故なら分かってしまったからだ。先程の音が一体誰だったのか。
それは彼女、フィオーネのものだった。ミナが見たその表情は、今まで彼女が見せたことも無いような鬼の形相。こめかみの青筋が今にも新しく切れそうな勢いである。
「..............ルイからの初めての贈り物でしたのに」
小さく呟いて、眼前のスライムへゆらりと一歩踏み出す。当然、圧も何も感じないスライムは猛然とフィオーネに触手を飛来させるが、それを彼女が編んだ花魔法による蔓が悉くを叩き切った。今は黙って話を聞きやがれとでも言うように。
「................そりゃ初めは困惑しましたわよ?好きな殿方からの初めての贈り物がこれですもの。しかもなんて言ったと思います?「これで夜でも練習ができるな」ですわよ?さすがに特殊な性癖を持ってるのかと若干引きそうになりましたわ。マゾヒストな変態なのかと心配にもなりましたわ。それでも嬉しかったんですの。だって初めての贈り物ですわよ?初めての。ええ、初めての」
やたらと「初めて」を連呼するフィオーネ。それほど彼女にとっては大事なものだったということだろう。と、次の瞬間、彼女の目がキッとスライムを睨みつける。
「それをなんてことをしてくれました?溶かしましたわよね?わたくしから取り上げるだけじゃ飽き足らずに」
まるでゴゴゴゴゴゴと擬音が聞こえてきそうなほど彼女の殺気が膨れ上がった。間違いなく彼女はキレている。それはもうブチギレだ。魔力の奔流が彼女のライトグリーンの髪を揺らす。
「やってくれましたわね?ええ、よくも人の初めての贈り物を無へと返してくれましたわね?ええ、ええ。いいでしょう。受けて経ちますとも。そっちがその気ならこっちにだってやり方はあるんですのよ!!」
刹那、フィオーネより更に下階に魔法陣が展開される。それは彼女の花魔法。そこから出現したのは互いの花弁が重なりあわない離弁花類の花、睡蓮。
「『死葬睡蓮』!!」
尋常ではない速度で成長した睡蓮が簡単に飛行中のスライムを捕らえた。先ほどと同じく酸によって溶かしての脱出を試みるが、酸が睡蓮に触れた瞬間、蒸発した。更には睡蓮に縛られたスライムの体がゆっくりと徐々に腐食していく。
「ご存知かしら。睡蓮の花言葉は
『死になさいこのクソファ○○ンゴミスライム』。捕らえられた瞬間に死は確定しましたの」
「言ってることと思ってることが逆ですよっ!?」
ミナのツッコミに平然と言ってのけるフィオーネの顔は笑っていた。まるで復讐を成す悪女のように。その笑みはどす黒いなにかであったと後にミナは語る。だが、まだスライムはその身をくねらせなんとか脱出を試みている。その様子に滑稽だ、と溜息をつきながら更に冷徹に見下した。
「もう一本御所望なんて、強欲なゴミですわね。まぁ死ぬ間際ですし要望くらいは聞いて差し上げます」
『死葬睡蓮』が生えている魔法陣の隣にもう1つ違った魔法陣が出現する。今度はその中から純黒から僅かに花弁に赤みのある複雑な構造をした花、薔薇が姿を現した。睡蓮同様に薔薇も異常な成長を果たしてスライムを締め付ける縄となった。腐食するスライムに巻きついた黒薔薇は、一旦花弁を閉じると蕾へと変化する。
「『清廉なりし美華』。この薔薇こそがわたくしの真骨頂ですの。操れる色は7色にまで及びますから」
彼女が述べる通り『清廉なりし美華』こそフィオーネの二つ名、『秀麗なる才女』の原点である。彼女が扱う花の中で最も多彩で、最も威力が強い。今彼女の眼前に顕現している黒薔薇はそんな薔薇類の中で最も危険な花である。血や皮膚片、髪の1本でも、この黒薔薇が取り込めば最後、文字通り枯れるまで生命力を吸い尽くす。そして全ての生命力を吸い尽くした時、その黒薔薇は開花するのだ。
「その黒薔薇の花言葉は『死ぬまで憎む』。まぁ知性があっても言葉が分かるとは思いませんが、死んだとしてもわたくしはあなたを許しませんわ。ええ、なぜこんなゴミを許さなければならないのでしょう。お戯れを」
優雅に笑った微笑みが、スライムに目があったならとても残虐性のあるものに見えただろう。やるのならば徹底的にやる。これが彼、ジークから教えてもらった言葉である。
そして現在、腐食しながら徐々に蕾が花開いてきていた。それはスライムの命があと僅かということを示す。
「死んでも死にきれないでしょう?花に殺されるというのは。でもあなたが悪いんですのよ?わたくしを怒らせたあなたが。ですが最後は美しい造形美の一部になって死んでいくのも、悪くは無いでしょう?...........と言っても、聞こえてなどいませんか」
ため息をついたフィオーネが肩を竦め、そして最後にこう言い放った。
「散りなさい。花は死を彩りますの」
その瞬間、スライムに巻きついていた薔薇の全てが咲き誇り、美しい情景を見させる。敵地の真ん中であると言うのに、それを感じさせないほど流麗に、おしとやかにその場を装飾した。
「綺麗...........」
その花々に、思わずミナも簡単の声が漏れた。
更にはプリズムが舞うその中心で1人佇むその少女の姿、それはどれだけ美しく見えていたことだろうか。一瞬だけだが、背後の花々も相まってその情景は神秘的な雰囲気を漂わせた。
そんな中、フゥと脱力したフィオーネはやっと終わったとばかりに背伸びする。
「やっと終わりましたわね」
「え、ええ、そうですね」
「?、なんで少しぎこちないんですの?」
「そ、そんなんわけないですよ?あははは.......」
笑顔が引き攣っているのは確かなのだが、その理由がわからないフィオーネは首を傾げた。
「まぁいいですわ。魔力の消費は多いですし、武器はあのゴミに取られましたし、踏んだり蹴ったりです。絶対帰ったらルイに甘えまくってやりますわ」
そんな苦言を零しながら溶けた階段のさらに上階へ飛び乗ったフィオーネのあとをミナも追った。そして、同時にフィオーネを怒らせてはならないと心に刻むのだった。
残酷に冷酷に、加虐的に。
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