能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.93 プロローグ〜魔王の嫁〜

――2暦前


暗いその部屋に、月光が窓から差し込む。部屋と言うには広く、広間と言うには少しばかり小さい、魔王城、魔王の間。差し込んだ月光が一瞬だけ翳り、その場が輝いた。

再び月光に照らされたそこで、銀灰色の腰まで伸びた長い髪、それを際立たせるような銀色の無機質な瞳、150cmくらいの華奢な体を包むようにコートを羽織った少女がこちらを見ている。


「......誰だ?」
「私は思想神。思想神イルーナ」


とても澄んだ声が魔王の間に反響する。その名前にジークは目を細めた。


「神が俺に何の用だ?」
「あなたは世界の危険因子。ここで消えて」
「やれるものならやってみろ」


瞬間、漆黒の砲、『壊神滅陽砲グレア・マーズ』がイルーナに向かって放たれた。だがそれをイルーナは半身を引くだけでかすり傷ひとつなく避けてみせる。


「ほう?」
「神は刻印という概念を持たない。その代わり肩書きに相応しい権能が発現する。私の権能は『思読』と『完知』。あなたの思想が手に取るように分かる」
「だからなんだ?それで俺に勝てると?」
「私は『完知』によって1度見た魔術は根底まで全て理解できる。故に」


おもむろに片手を上げ、イルーナは魔術名を呟く。


「『壊神滅陽砲グレア・マーズ』」


漆黒の砲がジークへ向けて放たれる。同じくジークも『壊神滅陽砲グレア・マーズ』で迎え撃つが、互いにぶつかり合った瞬間に力の優劣は歴然であった。なんとイルーナの魔術がジークの魔術を上回っているのだ。だがジークは更に『壊神滅陽砲グレア・マーズ』を二門放ちやっと相殺した。


「刻印の色はその色が扱う魔術の威力を増加させると聞く。でも、私の権能はそれを凌駕する。あなたに勝ち目はない」
「それを聞いて俺が引くと思うか?」
「引かせない。そもとしてここで消す」


イルーナが床を蹴りこちらに向かってくる。それに対応するようにジークは『壊神滅陽砲グレア・マーズ』を乱れ打つ。しかしその悉くを流れるような動作で回避したイルーナはすぐ目の前まで迫った。そして片手に発動可能状態で留めていた『壊神滅陽砲グレア・マーズ』が近距離で射出される、はずだった。


「..........あっ」


直後、イルーナは玉座へ辿り着く階段で躓き、彼女が突き出した『壊神滅陽砲グレア・マーズ』はジークの顔の横すぐを通り過ぎて壁に着弾する。そしてそのまま体勢を崩して中に投げ出されていたイルーナはぽすんとジークの胸へ収まった。少しの間沈黙が辺りを支配する。だが、その沈黙をジークが破った。


「クハハハハ!まさか胸中に敵を収める日が来ようとはな!」 
「わ、笑うな!」


羞恥か、はたまた怒りか、顔が真っ赤になったイルーナが声を荒らげる。しかし、追い打ちをかけるように彼女の胃が鳴った。


「あ.........うぅ.............」
「なんだ、腹が減っているのか?」
「........減っていない」
「ふむ、では飯にするとするか。丁度いい、お前も食え」
「な、何を..........」


ジークの発言に驚いたようにイルーナは目を見開く。なにか裏があるのかと権能を発動させたが、これになんの悪意もないことが分かると更にジークの瞳を凝視した。


「私は敵なのに?」
「気にするな。そもそも腹が減っている状態で戦うなど話にならぬ。それに俺もちょうど小腹がすいた頃なのでな」
「食べている時に寝首を掻くかもしれない」
「その時は捻り潰すまでだ。だがこの状態でそう言っても説得力がないぞ?」
「うぅ..........」


直ぐにその場から離れ恨めしそうに睨んでくるが退避する気配は無い。どうやら本当に腹が減っているようだ。完食後、目を逸らしながら少し俯いた。


「........美味しかった。感謝」
「礼などよい。それより権能を使うのを忘れていないか?」
「敵とはいえども礼はする」


そう言って背を向け、しかし振り返り。


「.......明日こそ消す」
「では明日も歓迎するとしよう」


少し睨んだようにジークを見たイルーナはそのまま窓から差し込む月光へと消えていった。










これが2人の出会いだった。魔応と神、相容れぬ2つの種族の交流の始まりである。

その日からイルーナは幾度となくジークの元へ訪れた。最初のうちはずっと敵意を抱いているばかりだったが、撃退を繰り返す度にイルーナは丸くなっていった。敵意がだんだんと薄れ、襲い、撃退する、その関係を続けて2年の月日が経つ頃には観察と言う名目で訪れる様に。

遂に攻撃をすることは無くなり、逆に日常的な会話を繰り返したり、時々ジークの仕事に同行したり、2人で過ごしたり、とにかく長い時間を共にした。敵として互いを見ていた2人は、いつの日かその垣根を越えているようだった。そうして、ジークがイルーナが見ている中、書斎で仕事をしているときだ。


「ジーク」
「どうした?」
「最初に会った日、いつ?」
「10年ほど前か?」


少し悪戯げに微笑みながらイルーナに聞いたが、彼女は少しムッとした用に否定した。


「5年前」
「ああ、違ったか」
「それくらい覚えておいて欲しい」
「悪いが記憶力はあまりいいほうではなくてな。.........それにしても、だ」


書類を片付けたジークがイルーナに問うた。


「お前の当初の目的はどこに行った?」
「........さぁ?」


こてんと首をかしげ逆に聞き返してくるイルーナにフッと笑う。


「クハハハハ!目的を見失う程俺の対応が良かったか!」
「そうかも.........しれない」


少し頬を赤くして、目を細めて笑った。その行動にジークは少し意外そうな表情をする。


「最初はただ悪とあなたを決めつけて倒そうとしていた。でも、共に行動をするようになってから、それは間違いだと気づいた」
「ほう?」
「あなたはいつも種族のことを考え、自身の身を砕いてでも守る。そこに私が認知していた悪の概念はなかった。.........あなたは優しい、でも時々頑張りすぎるのが傷」
「この身を砕かねば救えぬものもある。俺に他を取り入れる余裕はない。すくい上げた掌に収まる者を必死に守ることしか出来ぬ。だから俺は魔族に敵意を抱く者は容赦なく排除する。そうすることしか出来ぬのでな」


少し悲しそうにジークは含み笑いを見せる。何かを察したのか、イルーナは椅子の後ろからジークを抱きしめた。


「.......なら、私の前だけでも気を抜けばいい。あなたは部下に弱さを見せれる人を作れと言った。でも肝心のあなたにはいない。なら、種族の違う私なら、その人になれるはず。頑張り過ぎなくていい、ゆっくりと、確実に進んでいけばいいと、私は思う」
「.........そうしよう」


ジークはゆっくりと背もたれに体を預けて、イルーナに抱き締められるがままとなった。この日から二人の関係は少しずつ進展していく。

その日からまた2年、以前にもまして時間を共にすることが多くなったジークとイルーナ。そこにもう昔の敵意あった時代の感情など無かった。
とある日、ジークは珍しくイルーナに呼び出された。一方的に訪問するだけの彼女が珍しくジークを呼びつけたのだ、警戒するに越したことはないと構えてジークは花畑が美しい丘へ辿り着いた。


「急に呼び出して、ごめんなさい」
「よい、俺もちょうど話があったからな」


そうして対峙するように2人は向かい合った。先手と言わんばかりにイルーナが口を開く。


「私はきっと、あなたに恋をしている。2年前からずっとあなたに権能を使うのを躊躇っていた。何故かあなたを見ると話辛くなる。体温が上昇する。心臓が高鳴る。私はこの感情を知らない。でも、きっとこれは恋なのだろう。私はあなたが好きなのだと思う」
「言いたいことは、それだけか?」
「.........えっ?」


まさかの返答にイルーナは言葉に詰まった。だがその直後、近づいたジークが彼女の顎を少し上へと上げ、舌を絡ませながら唇を奪った。いきなりの事に動揺して固まったイルーナが口を離したジークを呆然と見つめる。


「なんだ?キスを知らないか?」
「........知っている。愛する者同士が行う愛の証」
「2年前、お前が言っただろう。俺の弱さを見せれる人になると。あの日から幾分か気が楽になってな、周りを少しずつ見れるようになった。そうして拡大した視野でお前を見るうちに愛しくなった。だから俺はお前が欲しい。もうどこにも行かさぬ、俺だけのものになれ」


そうしてジークが手を広げた。その意図を察したイルーナの瞳から涙が流れる。


「.........はい」


花の咲いた様な笑顔で、彼女は笑った。そしてそのままジークの胸へ飛び込む。その日、恋人になると同時に初めてジークが見たイルーナの笑顔であった。




過ぎ去りし時の、ジークとイルーナの出会い。

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