能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.77 魔王は精霊を狩る

砂埃の中、ルイと、半身だけとはいえ姿を晒しているフィオーネを闇の結界が守る。時間と共にその砂埃は消え、しかしその場所には目を疑うような光景が広がっていた。

森の中心付近を覆い尽くすようにして、その巨体は存在する。天を貫かんとする正面の二つのアギト、甲羅のように堅牢な表皮、そして獰猛に狂気光る金色の瞳。豪咆轟かせ森全体を揺らす、その怪物の名は、地の精霊ベヒモスだった。


「なっ.........ベヒモス.........ですの!?」
「フィオーネ、右手を上げろ」
「えっ?ちょ.........ひゃっ!?」


呟いたルイに、次の瞬間には黒潰しから引き上げられていたフィオーネは彼の腕の中で目を白黒させる。そしてようやく認識が追いついた時、自分が抱きかかえられていることに気づいた。


「なっ........なな、あなた何を!」
「ここに居てはまずい。飛ぶぞ、捕まれ」


返す返事の間も与えずに『飛行魔術』を発動させたルイが空中を闊歩し少し離れた木の上で魔術をかけた状態のフィオーネを下ろす。


「なっ、なんであなたが失われた魔法のひとつを!?」
「その話はあとだ。まずは目の前のことが最優先だろう」


そう言いながら、ルイはクルシュへ向けて『思念伝達』を発動した。


『クルシュ、見ているな?』
『ああ、もちろんだ。........しかし、まさか忠告はこれだったのか』
『お前は他のメンバーを頼むぞ。こちらはフィオーネを保護している』
『分かった。.........聞くのは野暮だろうが、また一人でやるつもりか?』
『愚問だな。こんなもの運動にもならぬ』
『そうか。任せたぞ』


その言葉を最後にクルシュとの念話は途絶えた。ルイもそれを確認して再び状況を整理し始める。


「さて、フィオーネ」
「何ですの!?こんな時に!」
「今から見た事を、一切他言しないと誓うか?」
「な、何をする気ですの.......?」
「もちろんあれを倒すに決まっているだろう?」
「む、無茶ですわ!いくらなんでもそんなこと...........」
「フィオーネ」


止めようとするフィオーネを、しかしルイは名前を呼ぶことで制止する。


「言ったであろう?上には上がいると。信じろ。そしてどうなんだ?誓えるか?誓えないか?」
「そ、それは場合によります..........」
「ふむ、まぁそうなるか」


1人納得したようにルイはそれ以来聞くのを止める。そして次の瞬間には彼の頭上に直径5mほどの魔法陣が出現する。


「来い。ウロボロス、ハイドラ」


その声に呼応するように、魔法陣から2対の竜が飛び出す。そして空中を1度旋回するとルイの前に制止し頭を垂れる。直後、ウロボロスとハイドラの体が光に包まれたかと思うと、そこには純黒の柄に光に反射し輝く純白の刀身、毒々しい紫の柄に彼の常闇の刻印と同じ闇色の刀身を持つ2振りの剣が現れた。


「竜が剣に..........?」
「廻剣イノセント、死毒剣ユリウム。あまり手の内は見せたくないのだがな」


そう言いながら、廻剣イノセントと呼ばれた純白の刀身を持つ剣を空中へ突き刺した。比喩表現ではなく、本当に空中へと突き刺したのだ。例えるならばそう、ドアの鍵穴に鍵を差し込むのと同じように。そして差し込んだ剣をぐるりとゆっくり回すと、その剣を中心にして大量の魔脈や魔法陣が空中へと流れ出た。


「漆ノ太刀、『乖天』」


そう呟いた途端、空中に流れ出ていた大量の魔法陣が輝き、世界を純白の大地へと変貌させて行った。そこに先程までの自然は何一つなく、ただ白いだけの何も無い空間が広がって行く。


「なっ!?、え?、森が!」
「安心しろ、『隔絶空間』と同じように新たな空間を作っただけだ」
「なんであなたは剣の神髄まで使えるんですの!?」
「その話もあとだ。.........これで存分に暴れられる」


ルイが楽しげに笑った直後、ベヒモスが咆哮を轟かせる。地を揺らす轟音は、しかし作り上げられた世界にはビクともしない。


「隔離しても倒す手段が..........」
「問題ない。まぁ見ていろ」


廻剣イノセントを『空間収納』へしまい込むと、残りの死毒剣ユリウムだけをゆるりと構えた。


「沈むがよい。伍ノ太刀、『黒死海』」


ベヒモスの手前へと投げられた死毒剣ユリウムはそのまま白き大地に突き刺さり、辺り一帯を瞬間的に毒の沼へと変えた。ベヒモスの面積に合わせるように展開されたそれに、足元からゆっくりと飲み込まれていくと同時に触れた瞬間から毒の強酸により足元が溶け出す。


「グガアァァァァァァァァァァァァ!!!!」


痛みによる咆哮か、轟かせるも為す術なくそれは沈んでゆく。だがしかし、これでは終わらなかった。


「まだ終わらぬぞ。『壊神滅陽砲グレア・マーズ』」


ベヒモスの頭上に展開された魔法の砲門が漆黒の砲を放つ。頭上からは漆黒の巨砲、足元には骨まで溶かす激毒。いくら精霊と言えど高威力の前には成す術もなく、数分と満たずに音もなく消え去った。


「べ、ベヒモスが簡単に...........」
「ふむ、この程度か。つまらぬな」


死毒剣ユリウムを回収し、『空間収納』へしまいながら呆れたようにそう呟いた。未だに唖然としているフィオーネを一瞥し、自壊して行く神髄の空間の中で『思念伝達』を起動する。


『終わったぞ』
『そうか。分かった』
『しかし、呆気ないものだな』
『精霊というのは所詮その程度ということだろう。まぁ、早く戻ってくるといい』
『ああ、もう少ししたら戻る』


伝え終わるとフィオーネの方を向いた。


「フィオーネ」
「な、なな、何ですのっ?」
「そう警戒するな。今見せたのは俺の力の3割にも満たない。このような雑魚に使う力など持ち合わせておらぬからな」
「あなたは一体...........何者ですの?」
「そう言えばまだ名前を言っていなかったな?」


ああ、そうだ。と思い出したようにそう言ったルイは、魔王であった頃の笑みで、フィオーネに視線を合わせた。


「ルイ・ディヴルジーク。それともこちらの方がいいか?魔王ジークと」
「っ!魔............王!?」


通常ならば信じない言葉も、圧倒的力を見せられた今の段階では信じることが出来た。そして、フィオーネは目の前にはるか昔に死んだとされる魔王が立っていることに驚きを隠せない。


「俺は人探しのために人間の学園に通っている。もう昔のようなことをする気などさらさらないのでな」
「...........それのどこを信じろと?」
「もし仮に、それが嘘だったとして、お前は今生きていると思うか?」
「っ!...............それは」
「やるならばもうとっくに殺しているぞ。それに黒潰しに沈んで行った他の9人もしっかりと生きている。安心しろ」


その言葉にどこか安堵したような、しかし警戒の視線は途切れない。元々信じてもらう気などさらさらなかったルイは、若干のため息をついた。


「何ですか!」
「足、震えているぞ?」
「そ、そんなわけっ...............あっ」


否定しようとして、ついには限界を迎えたようだ。フィオーネはその場にペたんと座り込んでしまった。もう一度ため息をついたルイは、フィオーネを抱きかかえて『飛行魔術』を発動させた。


「ちょ............またっ!」
「大人しくしていろ。さすがに俺も歩けなくなった女を森に置いて帰るような外道ではない」
「そ、そういう事ではなくてですねっ!?」


その後、色々と訴えたそうなフィオーネを黙らせ、闘技場の出口へ向かう直前にクルシュクランの勝利が確定した。その後安全確認や状況を事細かく尋問されたが特に問題はなく、その日は終わりを迎えるのだった。




魔王の力はまだまだ序の口なのです。

コメント

  • べりあすた

    さすが魔王…強い

    2
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