感じるのは快楽だけ

白鹿

惑わされる快楽



人がいた。






長身で180センチほどはあるように見える。細身で手足が長い。




それ以外は何も認識できなかった。






突然のことで息がつまる。




犯人であるだろう人がこちらに近ずいてくる。


恐怖で身がすくみ動くことができない。



座り込んでいる目の前まで来て、少し距離を開けて止まった。





手には紙袋が握られていた。




何が入っているのだろう。

胸が痛いほどの動悸がする。





紙袋がこちらに差し出される。



どういう意味なのか確かめるため初めて犯人の顔の方へ視線を向けた。








犯人の顔があると思っていた。

だがそこにはマスクで覆われていた。


ライオンをモチーフとしているアンティーク調のマスクだ。目元がくり抜かれている。




犯人と目が合う。


深く綺麗な緑の瞳。


思わず息を飲む。



だが犯人は何も言わない。




先ほどより紙袋を近ずけてくるだけ。




受け取ればいいのだろうか。



怖いが、受け取らないと何をされるかわからない。


犯人から紙袋を受け取り恐る恐る中を見る。





中にはペットボトルといくつか袋が入っている。


取り出して見るとミネラルウォーターとパンが入っていた。



唖然とした。



どういうつもりなのかわからない。


もう一度犯人の顔を見る。


こっちを見ながら何も言葉を発さない。



思い切って聞いてみる。




「こ、これ…た、たべろって、こと、です、か」



想像していたよりも声量がなく、声が震え少し枯れていた。




声を出したのはいつぶりだろう。





犯人は頷いた。


それを確認して手元に視線を移す。



どれほど食べていないのかわからないが食欲なんてこんな状態であるわけがない。



ペットボトルを手に持ち蓋を開けようとするがなぜか開かない。


こんなにも弱ってしまっているのか。


なんとか開けようと頑張っていると急に視界に手が映った。


驚き肩が揺れる。




犯人の手はペットボトルを奪い蓋をあける。



そしてこちらの方へ差し出してきた。




行動こそ優しいが、全てはまだ死なせたくないという思いからなのだろう。




「ありが、とう、ご、ざいます。」



ペットボトルを受け取り口をつける。




犯人はそれを見てドアの方に歩いて行った。




そして扉に手をかけこちらを振り返らず外へ出る。










鍵が閉まる音がした。










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