フェイト・マグナリア~乙ゲー世界に悪役転生しました。……男なのに~

神依政樹

最初の一手

ゼリア男爵や、アティナ等が話し掛けて来たような気がしたものの、考えを纏めたかった俺は、オリオンからすぐにリグ公爵の屋敷に戻った。


そこでのんびりとお茶を飲んでいたリグ公爵に軽い殺意を抱き、習い事しているディアナの可愛さで癒され、ソーマの作ったオヤツとエミリアさんが淹れたお茶をお共に、俺はあるものを荷物から取り出した。


それはあずえもんこと、アズマさんから渡された分厚い書類だ。


「何か困った事があれば参考にしてね」


と笑顔で渡された物だ。予想通りなら今の俺に必要な情報が載っているはずである。借りを作りそうなので出来れば見たくなかったが、背に腹は変えられないと中を見て……俺は顔をひきつらせた。


な・ん・で!有力者の情報がここまでこと細やかに載ってんだよ!!!


……本当になんなんだ?あの人、本当に見た目通りの年齢なのか……。


考えるだけ無駄と判断し、書類を読み進めるとゼリア男爵が言っていたアホな二人の情報が事細かに載っていた。


まずエルフと一触即発になっているのが、ベルセル伯爵。何でも元々北のファン公爵家の遠戚で、東への備えと、魔物の棲息圏と重なっている危険な領地を任す為にやって来た家の為、リグ公爵領一の武闘派だそうだ。


内政能力は平凡も良いところだが、用兵、練兵能力は非常に優秀でベルセル伯爵の配下は、ファン公爵の配下に匹敵するほど強く、練度が高いらしい。


性格は癖があるものの良くも悪くも単純とのこと。


次にエルフの住んでいた森を開拓したノーマン子爵は優れた土木建築技術で、リグ公爵領の五分の一もの領地を開拓した功績で子爵を叙位された一族らしい。


これまた内政能力は平凡。性格は豪快奔放な人物で家臣や、領民からは非常に頼りにされてるとか。


………………何で二人揃って才能を無駄に使うんだよ。他にもっと使いようが、いや……この二人使えるか?使えるな……。馬車馬がホワイトな程に働いて貰うか。


エルフと盗賊の問題は伯爵と子爵に解決して貰うか。やっぱり自分達で起こした問題は自分達で片付けて貰わないとダメだろう。


……さて、そこら辺を対処した所で畜産と農産物が主な産業であるリグ公爵領の問題を解決するには、食料品の相場下落をどうにかしないと根本的には解決しないんだよな。


「いい?人と言うのは価値のあるものにお金を出すんじゃない。価値があると思うものに出すのよ」


とは姉の言葉だ。単純な話、価値が下がったのなら、コアトルに出来ず、リグ公爵領でしか出来ない付加価値を付けて商品価値を上げれば良いんだが……。


エルフ……エルフね。森を愛し、自然と共に生きる一族……か。確かこの世界のエルフは植物に働きかける固有魔法を持っているってのを読んだな。研究していた地質変化と彼らの力を組み合わせば……イケるか?


問題は彼らが協力してくれるかだけど。絶対人間を恨んでるよね……。どうしたものか。まぁ、会ってから考えるか。


それとせめてものご機嫌取りに、ソーマに頼んで黄金色の菓子でも用意して貰おう。ハチミツや果実を好物らしいし。


それが上手くいけば、個人でやろうと思ってた飲食産業をリグ公爵領の力を使って広めるか。上手くいけば食に対する価値観を上げて、消費拡大にも繋がるだろう。


……何はともあれ、リグ公爵に色々許可を仰がないとな。俺個人で動かせる金や人なんて、知れてるしな。


しかし……そもそも冷静に考えてだ。リグ公爵や国王、鉄血宰相とまで呼ばれる人達が、この状況で何もしない事などあり得るか?


いや、あり得ない。絶対に。


それなのに何もせず、実績も能力も未知数の俺に任せるってことは……つまり俺が失敗・・することを前提としてるって事か?


国が何らかの理由で介入出来ない。と考えれば、世間の評価がこれ以上落ちようがない王族が失敗したのなら……尻拭いに国が介入するには好都合だよなぁ。


そもそも関税があるのに、それを使わないってことは必ず理由があるはずだ。例えば商人達からの圧力か。はたまた……まぁ、良いさ。種明かしは今回の一件が終わってからして貰うとしよう。






見かけた侍女に怯えられながら場所を聞き、リグ公爵を訪ねた。これからやることに関して許可を得ようしたが……必要なかった。


俺に預けた領地はオリオンとその周辺ではなく、リグ公爵が所有するての権利だそうだ。


なに考えてるの?バカなの?死ぬの?


リグ公爵全権代理とかいうふざけた役職と、リグ公爵家を象徴する紋様が彫られた家印まで預けられた。


「前に休めと言われましたからなぁ。カイン様に預けてる間はゆっくりさせて貰います。……期待していますぞ」


といい笑顔で言いやがった。あら嫌だ。ぶん殴ってもいいですわよね?


チッ!こうなれば権力を思う存分、全力で使ってくれるわ!


うん。中身はともかく、この世界では十歳になったばかりの俺に任せる奴等が全力で悪い。


失敗したときは失敗した時だ。その時は宰相様達に頑張って貰おう。


さて、手始めに……人形作って、お手紙書いたらエルフとの交渉、それに治安維持の為にも盗賊退治と、ついでに労働力確保と行きますか。






▽▲▽▲▽▲


「……お久し振りですな。ソーマ様」


「……カンベェ殿、ご無沙汰しております。しかし、なぜ貴方がこの国に……」


盗賊退治の為の仕掛・・けをするために何人かの衛兵を借りれないか、屋敷を警護する衛兵達がいる門に向かっていると……。知り合いなのか。ソーマとオリオンまで護衛してくれたおっちゃんが、何事か話していた。


どうにも立ち入りづらい空気である。と言ってもこのまま息を潜めて、盗み聞きするのも気が引けたので、わざと大きな足音を響かせると二人がこちらに振り向いた。


「カイン様?」「これはカイン様」


二人はそう言うと顔を見合わせる。


「……えっと?二人は知り合い?」


三人の間に妙な沈黙が流れた。さて、どうやってこの沈黙破ったものか。と考えていると、ソーマが口火を切った。


「カイン様。この方……カンベェ殿は自分に、礼儀作法、学術、護身術などを教えてくれたお師匠様なんスッよ。カンベェ殿、この方はマグナリア王国第二王子のカイン様。今、自分は料理人としてカイン様にお仕えしてます」


世間は狭いと言うが、ソーマとおっさん改め、カンベェ殿は知り合いらしい。大変分かりやすい説明である。


「王族ともあろう方に名を名乗るのは大変凝縮ですが、お耳汚しをお許しください。私はソーマ様の教育を任されていた者で、カンベェと申します。今はこちらのリグ公爵様の所でお世話になっている一兵卒。……そうですな。ソーマ様に師とまで言われると少々むず痒いですが、そのようなものです。何卒これからもソーマ様の事を宜しくお願いします」


ソーマに続いて、姿勢正したカンベェ殿はそう言うと頭を下げた。


「えっと……カンベェ殿。どうか顔を上げてください。そのように畏まられると、凝縮してしまいます。楽にしてください」


二人して丁寧に接しられると、どうにも慣れず、むず痒い。


「はっ、それではお言葉に甘えさせて貰います」


「ええ、そうしてください。それと先程は護衛を勤めてくれてありがとうございました。あと日頃からソーマが居てくれるお陰で助けられてますから、俺の方こそ見限られないように気を付けるつもりです」


本当に何で慕われてるのか分かんないし。馬車で尊敬してるとまで言われたが、そんな大層な人間じゃねぇもん。俺。


「有り難いお言葉……。ソーマ様。良き主に巡り会えましたな」


「ええ、もちろんっすよ。俺が一番尊敬する人っすからね」


しかし、様で呼ばれると言うことはソーマはそれなりに良いところ出だったのか。ま、考えれば当たり前か。毒殺の危険もあるのに、王族等の料理を作る人間が不確かな身分な訳がない。


「ところでカイン様。こんなところでどうなさったので?戻ったばかりなのにお出かけですかな?」


「そうっすよ。どうしたんですか?」


「ああ……最近は盗賊が頻繁に出没するって話を聞いてたら、その対策を思い付いたんで、それを商人達にやって貰おうと思ってね。と言っても一人では回りきれないし、衛兵さん達の手を借りれないかと、門の方に向かってたんだよ」


そう言うと二人は感心したように頷く。


「ほぅ、盗賊対策ですか。素晴らしい。これでもそれなりに腕には自信がありましてな。是非協力させてください」


「ありがとうございます。カンベェ殿。期待させて貰います」


物腰からして強そうだし、名前がカンベェだからなぁ。七人で巨大戦艦とか壊すくらい強いだろう。たぶん。まぁ、予想通りならカンベェ殿の手を借りるほどの相手じゃ無いだろうけど。


「さすがはカイン様っす!……でも、荒事なら自分じゃお役に立てねぇっすね……」


「いや、ソーマには別でかなり大事な仕事を任せたい。ちょっとドライフルーツとハチミツを使った焼き菓子を作って欲しい」


エルフの心証を少しでも良くするために超大事な仕事だ。……そもそも受け取って貰えない可能性があるけどね。


「分かりましたっす!任せてください!ところで……どうやって盗賊達の居場所を見つけるんです?」


「ふむ、盗賊達の居場所を憲兵達も探しているらしいですが、なかなか発見出来ないとの話でしたが……」


「ああ……荷物を運ぶ商人達にはこの幸運の人形をおいて貰おうと思ってね」


「「…………はっ?」」


懐から取り出した人形を見せると、二人は何言ってるんだ?という顔で呆けた。






▽▲▽▲▽▲






深い森の中で息を忍ばせながらも、喜色満面で荷物を物色する十数人の集団がいた。


その一人が何を見つけたのか。満面の笑みから首を傾げると、荷物の底に有った人形を取り出して、集団中で唯一、木の根を椅子代わりに座っていた人物に近づいていった。


「頭ぁ!この人形ですがどうします?」


「……はんっ!確か、バカ王子が盗賊避けの幸運のお守りと言って、荷物に忍ばせて人形か……」


男が話し掛けたのはこの集団……最近リグ公爵領にて、エルフに成り済まし、盗みを働く盗賊の頭だった。


頭はこの盗賊達の中でも異質だった。この集団の殆どが、どこの村にも居そうな純朴そうな容姿と雰囲気を持つ中で、唯一荒事に慣れている物騒な雰囲気を纏っていた。


そして、一番の違いはその背の低さとまだ幼さを残したままの顔付きだろう。見た目は十二歳になるか、ならないかの少年だ。


「それにはわざわざ貴石が使われてるって話だったな……。とりあえず、取っとけよ」


「分かりました」


頭である少年が指示を出すと男は頷いて、荷物を検分してる者達の方へ戻って行った。


その様子を見ながら、頭と呼ばれる少年は考えていた。そろそろ潮時か……と。


元々、少年……シキは名も知れぬ盗賊団の中で物心ついた時から育てられた。


盗賊達の間で生まれたのか。それとも拐われたのかも分からない。


それでも雑ながらも育てられたシキは、成長すればそのまま盗賊となった筈だったが……シキがいた盗賊団は手を出してはいけない類いの輩に手を出し、結果。シキ一人を残して皆殺しとなり、壊滅した。


シキが生かされたのは、盗賊団を壊滅させた組織が、たまたま子供で使える駒が欲しかったから生かされたに過ぎなかった。


そこで暗殺者として効率的な人の殺し方や、必要な技能を教え込まれたシキは……逃げ出した。


シキは正義感が強く、人を殺したくなかった……等では別になく、何となく組織に使われるのが嫌だったので脱走した。


と言っても、シキは生まれてから真っ当な仕事をしたことなど一度もなく、これからどうしようと、情報収集している時に思いついたのがエルフに成り済ました盗賊だった。


まず情報を定期的に入手するために、己が商会や衛兵の下っぱ仕事をしていることに不満を持ってそうな若者を言葉巧みに誘い。その後、ちょっと粋がってるチンピラを実力で叩きのめして己の部下にした。


そして、シキの予想以上にエルフに成り済ましての盗賊は上手く行った。


もちろん、情報収集を怠らず、アジトを何ヵ所に分けた事も大きいだろう。中でもシキが気を付けたのは実際に手出しさせないことだった。


中には商人や、たまたま乗っていた年若い娘に暴行しようとしたバカが居たが、絶対に手出しはさせなかった。


何故なら衛兵や商人達を本気にさせてしまうからだ。人傷沙汰が起こればエルフとの問題など関係なく、シキ達を潰すために衛兵ではなく軍が動くであろうし、商人達も身内が殺されれば財産の全てを使ってでも報復しようする可能性もある。


それを避けるためにシキは手を出さないことを徹底した。


だが、さすがにそろそろ領主などが動くだろうし、上手い話に乗ろうと同じような事をしようとする輩が出てくるだろう。


「まぁ、だいぶ稼がせて貰ったし、充分だろう……」


そう考え、退き時だと感じたシキは部下達に解散を告げようと、木の根から腰を上げた。


とその時……シキの背中にぞわりとした寒気が走った。


(なんだっ……!っておいおい……何なんだよ。この数は……)


嫌な予感を感じたシキが周囲の気配を探る。すると、いつの間にかシキ達は包囲されていた。数も倍。しかも、動きからするに練度も高い集団だ。


「っ……!てめぇらぁバラけて逃げろっ!!!」


シキが一か八かと声を張り上げたが……時すでに遅く、乱れ1つ無い良く訓練された動きで完全に囲まれた。


そして、盗賊達はシキの声に反応したものの、自らを囲む屈強そうな兵士達の姿を見て、動きを止めていた。


しかも、現れた兵士達はシキが考える中でも最悪の相手。リグ公爵領随一の精鋭と呼ばれるベルセル伯爵貴下の兵士達だったからだ。


これが単なる街の衛兵や憲兵ならば、撹乱させ、その隙に何人かの部下達を逃がす事も出来ただろう。しかし、訓練された精鋭相手にそんなことをしては命が一つではとても足りたい。


「死にたくなければ頭に両手を置き、地面に這いつくばれっ!」


先頭に立つ一際存在感のある男が殺意と共に、怒声を上げる。それで盗賊達は言われた通りの地面に這いつくばった。


「チッ……!」


シキは舌打ち共に素早くその男に突進しながら、ナイフを投げる。


「貴様っ!」


男は瞬時に剣でナイフを打ち払う。シキはその一瞬の隙を突くように、懐に飛び込む……ように見せかけて男をすり抜けた。


「はんっ!誰があんたみたいのと正面からやるかよ。じゃあな!」


「叩き潰せっ!」


男の命令で兵士達が動くが、それらもすり抜け、シキは捨て台詞を置き土産に、その身軽な身のこなしで木々の隠れ蓑にしながら、素早くその場を離れ行った。


(……あいつらには悪いが俺は逃げさせてもらうぜ。しかし、なぜバレた……?ふん、納得出来ねぇ。尾行には細心の注意を払っていたし、アジトも複数に分けていたんだぞ。……他に逃げる前にちょっと調べるか)





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