フェイト・マグナリア~乙ゲー世界に悪役転生しました。……男なのに~
白い少女との出会い
ヨーロッパに近い冷涼な気候の春夏秋冬が4度過ぎ、気がつけば四年の月日が経っていた。
いや、何か……明日から頑張る。明日から頑張る。とか言い続けて何もしなかったニートみたいな感じだが、本当に何一つイベントらしいイベントもなく。俺はもう九歳。お兄様は十歳になっていたのだ。
と言っても最近のお兄様は正騎士と戦って勝ったり、婚約者が決まったりと色々あるみたいだよ。
俺……?ははっ。ひたすら鍛えて、勉強、魔法の鍛練の繰り返しだよ。ぼっちに出来る事などそれくらいなのだ。それと将来に向けて厨房に出入りしてるくらいか……。
……ああ、この調子で俺は死ぬのを回避出来るのかな?監視とかあると思ったら無いし、いっそのこと逃げ出そうかしら?と何度も考えた。
だけどなぁ……。周りの目は冷たいけど、少なくとも衣食住には困らない暖い環境なんだよね。
十歳にもならない世間知らずの子供が一人で生きていくのは厳しいし、何よりエミリアさんに責任が行く可能性があるしなぁ。
普通……と言ったら語弊があるが、数少ない会話をしてくれる相手が牢屋とかに入るのはさすがに避けたい……どうしたもんかねぇ?
他……?ははっ!みんな嫌がるか、回りを気にしてキョドるよ。まぁ、厨房のコック達は最近多少は会話してくれるようになったけどね。
……将来的には見習いで見込みのありそうなの何人か引き抜きたいんだよなぁ。目指せ食王。外食産業の王に俺はなるっ!
まぁ、お父様から貰う小遣いを貯めて作った多少の軍資金はあっても、商人との伝手も、市場調査もしてないから、廃嫡されたあと外食産業で一儲け計画を実行できるかまだ分からんが……。
いつも通りこそこそ……と人の目に付かないように鍛練を終え、朝飯を食べ終えるとお兄様の訓練している姿を物陰に隠れて、観察しようと中庭に赴くと……お兄様はいなかった。
はて……?お兄様が日課の訓練をサボるなんて、何か用事がある時くらいのはずだが……何かあったけ?
それとも一度「鬱陶しい……」と言われたから、訓練場所を変えたのかしら?
「やぁ。カインじゃないか」
中庭に突っ立て、記憶を掘り返しているとやけに爽やかな声がかけられた。聞き覚えのあるその声に振り返るとアズマさんが微笑みながら立っていた。
「うへっ……アズマさん」
「ははっ!うへっ……ってその反応は酷いなぁ」
思わず口から出た心の声に、何が楽しいのか。ころころとアズマは笑う。……何か苦手なんだよなぁ。この人。俺を観察しているような節があるし、能力があって腹黒いとか厄介極まりないですやん。
能力あってもお兄様くらい単純だと色々楽なんだけどなぁ。……色々。
「もしかして、今日もアベルの訓練を見に来たのかい?」
「ええ……まぁ」
「それは残念。今日のアベルは婚約者との顔合わせがあってね。朝から強制的に婚約者を出迎える準備をしてるよ」
「そうですか……」
そういえばそんな話があったか。でも……やっぱりこの人は苦手だ。会話をしてると心の裏側まで読んでくるような感じがするのだ。
まぁ、だから端的にしか会話しないことにしてるんだが……。
「ふむ……。やっぱり君は面白いなぁ。アベルもアベルで面白いけど、まだまだ為政者として足りないものが多い。今の所……君の方が為政者には向いてるかもね?」
「ははっ!冗談でも過ぎた言葉ですよ?アズマ様」
……おいおい、本当になんなんだよ。この人。まだ十歳だよね?わざと俺が困る言葉で、反応を見てやがるんだよなぁ。
「ふふっ……。それはすまないね。うん。君は僕のことが苦手みたいだけど、僕は結構好きだよ?」
「それはどうも……でもごめんなさい。俺、生憎とそちらの趣味はないので勘弁してください」
「それは残念。まぁ、僕もそっちの趣味はないんだけどね。……おっと、話が長くなってね。それじゃまたね。カイン」
うん。アズマさんにそっちの趣味がなくて本当に良かった。後ろの処女は永遠に守る所存です。……精神的に疲れたから、とりあえず寝たいです。
心を癒すために軽く寝た俺は、エミリアが持ってきてくれた昼飯を食べると、腹ごなし兼眠気覚ましにちょっと散歩することにした。
と言っても王妃様が通らない道を行かねば、お互いに嫌な思いをするので中庭や、図書室辺りくらいだけどね……。
前すれ違った時、おっかない目で睨まれたからなぁ。王族なんだから、世継ぎを何人か残すのは責務なんだから仕方ないじゃん!
……と思っても色々複雑なのだろう。まぁ、さすがに俺に直接何かしない程度には分別がつくようだけど。
……しないよね?
それとも、お父様が守ってくれてるのか?
前に一度エミリアと一緒に深夜に俺の部屋を訪ねて来た時「そなたには辛い思いをさせている……」とか、軽く頭下げられたし……「何か……不自由はあるか?」と聞かれたから「やりたいことがあるので、お金が欲しいです。あと将来的に王族の名前を使わせて欲しいです」って言ったら、毎月結構な額の小遣いくれるしな。
まぁ、王族の名前を使うのは内容次第と言われたが、結構愛されてるらしい。
たぶん、有能で俺に敵意を持ってないエミリアを俺付きのメイドにしてくれたのも、お父様だろう。
前に「なんで、エミリアは立場的に損しかない俺の付きのメイドになったの?」と聞いたら……「命令で下手に逆らえなかったのもありますが……お金が良かったからです!」と良い笑顔で断言したからね。あの人。
普通は転生ものだと、都合の良い協力者が出来るのだけど、俺には居ません。どゆことー?
うーん、お兄様が正式に王位を継いだら、廃嫡して貰えないかな?……無理か。
庶子とは言え直系の王族を庶民にするのは問題ありすぎるか。可能性はかなり低いとは言え、俺が死んだ後に、俺の子供を使って王位を簒奪する事を企む馬鹿が出かねない。
いや、そのわりに護衛も監視もないだけどね?ほったらかしですよ。放任主義ですよ。
……そもそも結婚出来るかも分からんが、ま、どっちにしろ今考える事じゃないか……。
そんな事を考えながら中庭に差し掛かると、二人の人影を見かけた。
とりあえず王妃様だとヤバイので、立ち止まり様子を窺うと……一人は最近凛々しく成長なさっているお兄様。
もう一人は黒い日傘に帽子をした同じ人間なのかすら疑わしい。神秘的な美少女が、微妙な雰囲気で立っていた。
たぶん、噂の婚約者なのだろう美少女は何とか会話の糸口を得ようしてるのか、何かを言いかけては口を閉じ、開き、閉じと動かしている。
対してお兄様は……明らかに面倒くせぇ……!と言うオーラを全身から発していた。
もうちょっと楽しそうにするなり、せめて侍女に言ってお茶やお菓子を用意してやれよ。と思うが、関わりようがないのでそそくさとその場を離れるようとすると……
「んっ!?おい!我が敬愛なる弟カインではないか!!」
…………あれ?「ふん……弟だろうと、なんだろうと俺は俺の認めた奴にしか挨拶はせん」とか、言ってませんでした?それが敬愛って……喋った事もあまりないですよね?
一応、呼び止められたので嫌そうな雰囲気を出しながら、呼び止めた理由を聞く。
「えっと……なんでしょう兄上?」
「実はな。ここに居られる我が婚約者であるディアナ嬢と仲を深めるべく、ひととき過ごしていたんだが……どうしても第一王子として外せない用事があったのを思い出してな。名残惜しいのだが……、カイン。ディアナ嬢のお相手をお勤めしろ」
おい、嘘つけ。声は情感たっぷりだけど、口元の笑みは隠せてないぞ。色々言ってやろうと思ったが……不安そうにこちらの成り行きを見ているディアナ嬢を見て、断ったらさらに傷付きそうだから、やめた。
「……分かりました」
「そうか!あとは頼んだぞ!」
嬉しそうに声を弾ませた兄上は、軽い足取りでディアナ嬢に挨拶もしないで去っていた。どうせ演技するなら、最後までしろよ……。頭の良いアホ。
さて、どうしたものかと改めてディアナ嬢の方を見る。驚くほど美しい少女である。
浮世離れした透き通るような白い肌。腰まで伸ばした色素の薄い金髪は光の加減によって白銀にも見え。美しく整った鼻梁に、切れ長の瞳は紅玉のようでいて、紫水晶に見える不思議な色合いをしている。
姉と同等以上の美人を生まれて始めて見た。いや、一度死んでるけどね。しかし、ここまで色素が薄いって事はアルビノか?
そんな事を考えていると、可憐にして美しいディアナ嬢が睨んで来ました。あれー?俺、何か悪いことした?  
「ふんっ!アベル様に用があるのなら、仕方ありません。カイン様と言いましたか?あなたで我慢してあげますから私をエスコートしなさい!」
……か弱いのかと思ったら、高飛車系だったよ。しかも、いきなり呼びつけだし。やだぁ……俺も理由つけてエスケープするか?よし、そうしよう。
「……すいませんが、私も用を思い出したので失礼します」
「あっ……やっ…!いかな…で」
ディアナ嬢を背に向け、去ろうと歩む。途中で声がしてのでチラッと見てみると、ディアナ嬢は顔を歪め、泣きそうな目でこちらに手を伸ばしていた。
視線を戻して、更に一歩進んでからまた見ると、目尻に涙が浮かんでいた。また一歩進み見てみると、……ついには睨まれた。
「ばっ……馬鹿にしてますの~~~ッ!!?」
失礼な。可愛いからつい遊んだだけだ。とりあえずディアナ嬢の元に戻った。
「うぅ……!」
瞳を潤ませて睨んでくるが、チワワどころか、豆芝の迫力にも劣る可愛いさだった。うん。あれだな。この子はからかうと凄く楽しい子だ。
でも、さすがにこれ以上やると本気で泣きかねないので、近づいて片膝を地面付いた。
そして手のひらをディアナ嬢に差し出す。
「ディアナ様。私に兄上の代役をこなせるとは思いませんが、よろしければ私にエスコートさせていただけませんか?」
前世の俺なら憤死しかねないくらい気障だが、まぁ一応いまは王子だ。たまに気障に振る舞っても良いだろうさ。
………………中々手を取ってくれない。あれ?もしかしなくても大きく外しましたか?俺。
「あっ、その……私に触ったら、移るかもしれませんよ?」
嫌われたかと思ったら、今までの強気な態度はどこに行ったのか。俯いたディアナ嬢からそんな事を言われた。
「何がです?」
意味が分からなかったのでそう言うと、ディアナ嬢は俯いたまま、着ているドレスをギュと握りしめて言った。
「その……私、白いですから……きっと何かの病気だと……使用人達が話しているのを聞いたのですわ……。私を産んだからお母様も早死にしたと……」
俺は、無意識に、爪が食い込むほどに手を握り締めていた。
………………なんだ、それ。
ああ……いや、アルビノの知識なんてこの世界の住人にはないのか。アルビノは色素が薄いから日の光に弱いとか、周りには関係なく本人が苦労するもんなんだけどなぁ……。
「いや、そんなの関係ないですよ。と言うかディアナ様の場合は魅力的だと思いますよ」
「み、魅力……」
ディアナは白磁器のように白い肌を真っ赤に染めた。いや、ちょっとチョロ過ぎません?オジさんちょっと心配になっちゃうよ。
……まぁ、使用人達の反応を聞く限り、褒められ慣れてないのかもだけど。
「と、言うわけで……お手をよろしいですか?」
「うっ……し、仕方ないですわね……。将来の弟の頼みです!……よ、よろしくお願いいたしますわ」
強がりながら、躊躇いがちに差し出された手を優しく受け、俺はその小さく暖かい手を優しく握るのだった。
 
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