ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~

上等兵

12話 「ラフ・アスラ」

 ――捕虜収容所。

 久我はペットのゼリーちゃんを撫でながらベットに寝転んでいる。そしてアオコは相変わらず鎖で繋がれて落ち込んでいた。

 ――どうしよう、早くここから逃げないと……人間共に拷問される。

 アオコはずっとそのことばかり考えていた。ここにもう一人いた人間――凌駕がいたが、別の人間達に連れて行かれた。なんでも尋問とやらをされに行った。今頃、情報を聞き出す為に拷問されているはずだ。

 アオコは須賀が別の人間達にボコボコに殴られているところを想像した。続いて自分がどうなるか想像した。

 ――きっと、私もボコボコに殴られて痛めつけられるんだ、どうしよう、情報ってなんだ? 私は何も知らないぞ? ……ん、まてよ? 私は殴られるよりもここの人間達に食べられるんじゃないか?

 かつて自分が山で須賀に捕まった時、側にいた蛇の仲間達が須賀と共にいた大勢の人間達に捕まり、頭を押さえつけられ牙を抜かれ、続いて皮を全て剥がされて食べられていたのを目撃した。

 ――恐ろしい! きっと自分はそうされて食い殺される。

 「ひいいいっ!」

 「アオコちゃん!? どうしたの?」

 「嫌だ! 私は食べられたくない!」

 「大丈夫、誰もアオコちゃんの事を食べたりしないから」

 そう言って久我はアオコ人間近づいて頭を撫でてアオコを落ち着かせようとした。ゼリーちゃんも触手を伸ばしてアオコの頭を撫でた。

 「小太郎、何でお前はそんなに落ち着いていられるんだ? 怖くないのか?」

 「んー、それは俺が何回も捕虜になった経験があるからだよ」

 「……はっ?」

 久我は毎回演習で戦闘に参加するが、部隊が運悪く壊滅の判定を受ける中、何故か必ず一人だけ生き残ってしまう。そうして敵役の対抗部隊に捕まってしまい捕虜になって状況が終了してしまうのだ。

 「――と言う訳で捕虜のことなら俺に任せてよ!」

 久我は胸を張って言うが、アオコはそれは誇る事じゃ無いんじゃないかと心の中で思った。

 「そ、そうか、その捕虜とやらになったらどうやって過ごせばいいんだ?」

 「いい質問だねアオコちゃん、教えてあげるよ……まずは怪しい行動をしない事だ、監視の人間は常に俺達の行動を見張っているからな」

 ――アオコ達はフェンスの囲いの中にいて、その周りには見張りの兵士が巡察している。

 「次に、何もせずにゴロゴロ寝る」

 「ふむふむ……はっ?」

 ――基本的に捕虜は捕まえた側が何かを指示しない限りやる事が無い。

 「だいたいこんな感じで状況が終わるまで過ごすけど、今はもう実戦だから、俺達は死ぬまでこの状態かもね」

 「はあああっ!?」

 ――繰り返す、これは実戦だ、繰り返す、これは実戦だ!

 「ど、どどど……どうするんだよ!? 私はずっと鎖に繋がれたままなのか!?」

 「いや、ずっとじゃない、部隊が助けに来てくれたら助かる」

 「本当か!?」

 「……けど、ここは異世界だから多分来ないだろうな」

 「……おい小太郎、お前は私の気持ちを上げたいのか下げたいのか、どっち何だ?」

 「まぁまぁ、そう怒らないで、須賀がうまく俺達の誤解を解いてくれたら解放される筈だから」

 久我はそう言ってアオコの手を片方の手で握った。

 「今はただ、須賀がうまくやってくれる事を二人で祈ろう」

 「……あぁ、分かった……でも……なんでお前は私の尻尾を撫でながら言うんだ、この変態!」

 ――バチン!

 アオコは尻尾で久我の顔を引っ叩いた。

 「――痛ってー! アオコちゃんごめん、ごめん! 死ぬかもしれないから最後に女の子と触れ合いたかったんだよ!」

 「うるさい! 何が最後だからだ、死ね死ね死ね! 私に触るな!」

 二人でそんなやり取りを続けていると、突然遠くから銃声が響いた。その瞬間、二人はビクッとして黙った。

 「…………残念だけど須賀は死んだみたいだ、多分次は俺達だな」

 そうして久我は合掌すると悲しそうにうなだれてベットにゼリーちゃんと一緒に横になった。それを見たアオコは急に悲しくなって泣き叫んだ。

 「――Shut up!」

 アオコは巡察の兵士に怒鳴られるまで泣き叫んだ――。

 『――ったく、うるせー捕虜だぜ』

 巡察の兵士の一人であるジョンはそう言って愚痴った。先程、捕虜が大声で泣き叫び出したので怒鳴って注意したところだ。そうして怒鳴り終えたジョンは捕虜達を観察して思った。

 ――クレイジーな捕虜達だ。

 捕虜の二人の内、一名は自分達と同じ人間だが、顔が自分達と比べて顔の堀が浅いのと肌が黄色い。そして何より耳が丸い。自分達エルフではない。しかし服装や装備は似ている。もしかして同じ軍の仲間か? いや、でもそれだったら捕まえたりしないし……それに本国にこんな人種がいたか?

 そしてもう一人……いや、もう一匹? こっちはもっとクレイジーだ。突然泣き叫び出すし、なにより人間と蛇が合体している。こんな奴は見た事無い。見たところ綺麗な緑の髪の毛と美人な顔立ちの少女だが身体が不気味だ。

 『――ジョン軍曹、何を見てるんですか?』

 『メッセか……いやなに、捕虜の奴らがクレイジーだから観察してたんだ』

 同じ巡察の兵士の一人、メッセ二等兵が話しかけてきた。最近ここに配属してきた新兵だ。

 ジョン軍曹はメッセがお盆に乗った食事を持って来たのに来づくと嫌らしい笑みを浮かべて言った。

 『捕虜に晩飯を持って来たのか……だったら気をつけろよ、あの蛇の嬢ちゃんアオコは危険だ、飯をやる時に襲われないようにな、クククッ』

 ジョン軍曹の言葉でメッセは顔を青ざめさせて震えだした。あまり新兵を怖がらせるのも良くないと思ったジョン軍曹は冗談だと言った――本当は、冗談では無いのに。

 『――冗談ですか!? もぉ、脅かさないでくださいよぉ』

 『はははっ、悪い……けど、何があっても俺がこいつで仕留めてやるから安心しろ』

 そう言ってジョン軍曹は手に持ったライフルを構えて見せた。するとメッセは安心して震えが止まった。

 ――マジで気をつけねぇとな、多分蛇の嬢ちゃんは『ラフ・アスラ』かもしれない。

 ラフ・アスラ――隣国、カタラ国で古くから言い伝えられている伝説の化物の呼称だ。その言い伝えによると、ラフ・アスラとは普通のどこにでもいる生物が、あるきっかけで進化の欠片とかいう石を手に入れ、その石の効果で強靭な身体と、人と同じ知性を持った化物になったものというらしい。

 ――グランパ祖父の昔話もたまには役に立つな。

 ジョン軍曹の祖父は、かつてカタラ国と戦った時に、たまたま捕虜になったカタラ兵にその話を聞き、しかも実際に戦場でそのラフ・アスラと出くわしたという。それを孫のジョン軍曹もといジョン少年に話してラフ・アスラの危険性をずっと訴えていた。

 その為、ジョン軍曹はずっとアオコの事を警戒して銃の安全装置を外していつでもアオコを撃ち殺せるように準備していた。

 ――メッセが襲われた時に、撃ち殺す大義名分ができる、もし蛇の嬢ちゃんが伝説のラフ・アスラだったら今の内に始末しとかないと、後々に俺に……いや、軍全体に被害が出るかもしれない、みんなグランパの話しをウソだと言ってたけど俺は信じるぜ。

 そんなジョン軍曹の思惑など知る由もないメッセは収容所のフェンスのドアを開けて中に入りアオコ達に食事を届けた。その様子をジョン軍曹は後ろから静かに見ていた。

 『お、おーい食事だ、取りに来てくれ』

 「――ん、飯か! ちょうど腹が減ってたんだよ」

 メッセが食事を呼びかけると。真っ先に男の方が近寄った。何やら腕に透明の柔らかそうなボール? ――を持っている。こいつは放っておこう。

 肝心なアオコの方は鎖に繋がれたままじっとメッセを見つめていた。

 ――ん、警戒しているのか? ――って、おいおい、今度は俺の方を見始めたぞ、もしかして蛇の嬢ちゃん、俺の殺気にでも気がついたのか?

 やがてアオコはジョン軍曹の方を険しい顔つきをして睨み始めた。

 「あれ? アオコちゃんそんな顔してどうしたんだ、飯食わないの?」

 「……小太郎、餌を食べている場合じゃない、向こうから私達に向けて殺気が放たれている……多分もうすぐ来るぞ」

 「餌って言い方は無いよ……それに何がくるの?」

 久我は食事の手を止めた――。

 ――ほぉ、こりゃ完璧に俺の殺気に気がついてやがるな、それに比べて男の方はマヌケだな……それにしてもメッセを囮に使う予定だったが、まぁいい、直接蛇の嬢ちゃんが俺を襲うなら受けて立つぜ。

 ジョン軍曹は直接、ライフルの引き金に指をかけた。

 ――この殺るか殺られるかの瞬間はたまらねぇ、畜生、どうせだったらグランパから譲り受けた護身用のリボルバーを持って来とけばよかったぜ、そうすれば俺の早打ちで一瞬で仕留めれるのに。

 ジョン軍曹はライフルを下向き――所謂、ローレディという状態で構えていた。ライフルは重たいのでこの状態から構え得て撃つ時間は拳銃に比べて遅い。

 ちなみにジョン軍曹は子供の時から祖父にリボルバーでの早打ちを仕込まれていて今では名人の域に達していた。

 ――まぁ、ここは軍隊だ、支給された武器で仕事をやらなくちゃならねぇ、そうして何事もこなして行く、それがプロってもんだ。

 ジョン軍曹は少し自分に酔っていた。

 ――さぁ、来い、来い、来い……来い!

 ――来たっ!

 ジョン軍曹は来る気配を感じると今までで最高記録だと確信するぐらいスピーディーにライフルを構えてアオコに狙いを定めたが、アオコは全く動いておらずキョトンとした顔をしてジョン軍曹を眺めていた。

 ――動いていない、なら何が来た!?

 後ろに気配を感じたジョン軍曹は後ろに振り返った。この時、銃口を下に少し下げた。

 『グゥオオオ……』

 ジョン軍曹の後ろには、見た事の無い化物が立っていた。その化物の姿は蛙だった。しかし唯の蛙ではない。二足歩行でまるで人のように立ち、筋骨隆々で引き締まっている背中は猫背になって黒い鱗のようなもので覆われている。そして、お腹の肌は白く、腹筋が割れていた。

 ――強靭な身体。

 「グゥ……グフフ」
 
 蛙の化物は両腕の二の腕にヒモを巻き付けており、そして何かを呟くと同時に、何か祈りを捧げるような動作をして構えた。まるでその姿はジョン軍曹は知る由もないが、久我がいた世界の格闘技、『ムエタイ』の構えに似ていた。

 ――人間と同じ知性を持った化物! ラフ・アスラ!

 ジョン軍曹は蛙の化物の正体に気がついたが行動が遅かった。なぜなら突然現れた、しかも昔から祖父に話で聞いていた、半ば伝説のような化物、それが目の前にいる。

 ――グランパの話は嘘じゃなかった。

 ジョン軍曹は感激していた。その為折角直ぐにライフルを撃てるように準備していたのに行動に移せなかった。

 蛙の化物は強力な脚力を活かしジョン軍曹に強烈な回し蹴りをお見舞いした。するとジョン軍曹はライフルを持った片方の腕をへし折られると同時に身体をくの字にさせて横に吹っ飛んだ。

 『――ジョンぐんそおおおっ!!』

 メッセの叫び声と同時に今度は緑色の大きな蛙達が次々と駐屯地の柵を飛び越えて侵入してた。

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