勇者は鉄の剣しか使っていませんでした

顔面ヒロシ

☆5



 その時がやって来るまで、私たちの安らかな日々は続いていくと思っていました。けれど、ある月の見えない晩に……奴等はやって来たのです。
ベッドで布団を被って眠っていた私は、そっと父に起こされました。


「……フランカ、起きなさい」
「う?」
 瞼をこすった私に、父は厳しい表情をしています。その隣には、何故かケントリッドがいました。


「――フランカ、どうやらこの村が奴等にばれたようだ。お前の結界はまだ無事かい?」
 奴等とは誰のことでしょう?
訝しく思いながらも、父の言う通りに結界を確認した私は、喉が締め上げられるような苦痛を味わいました。


「……結界は――――ひゅうっ、がは!!」
 私はぐっと呼吸困難に陥り、咳き込みます。これは何なのでしょう……、物凄く頭が痛くて堪りません。


「フランカ! しっかりしろ! ち、やはり魔族が結界を破ろうとしているのか!」
 父は私を抱き上げて床に下ろすと、急いでベッドを動かしました。そしてカーペットをめくると、私も知らない床下収納を開きます。
中の暗がりはちょうど子供二人が入れる大きさで、父はそこに私とケントリッドを隠しました。


「はぁ、はぁ、お父さん……?」
「ケントリッド、フランカを頼む!」


 剣を持って戦おうとしていたケントリッドは、私の姿を見て迷いました。ですが、まだ苦しんでいる私から離れることはできないと考えたのでしょう……辛い決断だったに違いありませんが、彼は父の言葉に頷きました。
私たちの入った床下収納は閉められました。力を入れてみましたが、床板はびくともしません。


「ケントリッド……、何が起きているの?」
「フランカ、喋っちゃダメだ」
 ケントリッドは、私の口を塞ぎます。
じっとしている時間は永遠のように感じました。外からは、悲鳴が度々聞こえます。けたたましい高笑いがして、ぶるりと震えました。
 悪夢はこうして、訳の分からないままに通り過ぎていきました。








 飲まず食わずで衰弱していた私たちを助けたのは、人間の国の兵士でした。どうやらあの晩に壊れた結界の破片が遠方で観測されたせいで、偵察部隊が派遣されたのでした。
 もしも人の気配にケントリッドが勇気を奮って大声を出さなければ、もしも彼らが床下収納を見つけてくれなかったら、私はそのまま衰弱死していたかもしれません。
助け出された時、ひどい惨殺死体を何個も見ました。父と母様のものも見つけてしまいました。魔王の手下の魔族に殺されたそうで、私は泣き乱れました。
 偵察部隊の兵士は、ケントリッドの手の甲を見て驚きました。


『これは思わぬ収穫だ……、エルフたちは人間の勇者を隠れて育ててたのか』


 ……勇者?
それってお伽噺の単語ではないのでしょうか?
そう言われたケントリッドの顔が盛大に強張りました。
『ついてこい』と言われたケントリッドは、『フランカと一緒じゃなくちゃ嫌だ!』と叫びました。彼らはその言葉に舌打ちをしましたが、私に結界術が使えると分かった途端に態度を変えました。


 どうやら人間たちは結界術師に不足しているようで、私の利用法を思いついたようです。私、フランカはまだすすり泣いている状態のままケントリッドと一緒に人間の国――エリュンダルクへ連れていかれました。この里はエリュンダルクの国境にありますが、やはり抵抗感はありました。……ですが、ケントリッドは人間の子どもです。もしかしたら、彼にとってはこの方が自然な展開だったのかもしれません。
 人間の国の異物は私の方で、そのことに不安ばかりが胸を埋め尽くしました。


「ごめん……、ごめん。フランカ。多分、村が襲われたのは俺のせいだ」
 兵士たちの会話に聞き耳を立てていたケントリッドが、震えながら私に謝りました。


「なんで?」
 私の手も震えています。そっとケントリッドに触れると、彼はようやく涙を零しました。


「あいつら、俺が勇者だって言ってただろ……。
きっと、村の大人はみんなそのことを知ってて俺を隠してたんだ。俺は本当なら魔王と戦わなくちゃいけないのに、気付かないように隠し通すつもりだったんだ」
「違う、きっと何かの間違いよ。ケントリッド」


 そうだと言って。お願い。


「……魔族は勇者を殺すつもりだったのに、みんなで俺を庇ったんだ。だから、俺とフランカ以外あの村の全員が亡くなって……っ」
 ケントリッドの目から雫が落ちました。


「俺、自分と魔族が憎い……っ」
 私は悲しくなりました。だって、たった二人しか生き残らなかったんです。私たちはこれから二人だけで生きていかなければならないのに、ケントリッドを憎んで何になりましょう。
 たとえ彼が原因だったにせよ、私はケントリッドを愛していました。


「ケントリッド……約束して」
 彼は黙ったままです。私はそのおでこに自分のおでこを合わせました。


「絶対にこれから、私のところに帰ってくるって。どんな戦場に連れていかれても、そうするって」
 私は不器用に笑います。
これを聞いたケントリッドはすすり泣きました。
『約束する、絶対にフランカのとこに帰るよ』と、一日の終わりに彼はくしゃくしゃの顔で呟いてくれました。







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