勇者は鉄の剣しか使っていませんでした

顔面ヒロシ

☆4







 私が11歳ほどの見た目になった頃、ケントリッドは10歳になりました。その頃になると読み書き計算だけではなく、魔術や剣の練習が始まります。


 魔術が得意な私に武術の才能がない分、ケントリッドは適性が武術に大幅に偏っていました。早々に私は剣や弓を諦めましたが、ケントリッドは大人たちによってたかってしごかれました。


「まあ、フランカ。すごいわ、こんなに綺麗に結界が張れるなんて!」
 母様に褒められた私は有頂天になりました。結界は、レース編みをするのによく似ています。術師はみんなオリジナルの編み方を持っているのですが、私の細かい結界は華のように広がります。ケントリッドの薔薇の花のような手の甲の痣が羨ましくて、それを意識していたら自然とこうなりました。


「えへへ、母様、ありがとう」
「こんなに丈夫な結界ができるなんて……もう一人前の魔術師じゃない! 人間たちが見たらきっと驚くわ!」
 母様の称賛に私が頬を緩めると、玄関からケントリッドがやって来ました。
 黒髪に鳶色の瞳をした10歳の少年です。


「母さん、傷に効く軟膏ない? またリッタからしごかれちゃってさー」
「……あら、リッタグレイに稽古をつけてもらっていたの?」


「そう。最近、魔王が力を増しているせいか容赦ないんだ」
 ケントリッドが顔を曇らせたせいか、私も不安になります。最近、長老からお触れがあったのですが、魔族領で魔王が代替わりしたらしいのです。何故か大人たちはそれを機会にケントリッドを鍛えることにしたようで、そのせいで毎日彼の身体には生傷が絶えませんでした。


「……あれ、フランカは出かけるの?」
「うん。村の結界を張ってくる」
 治療中のケントリッドの質問に、フードを被り杖を持った私は頷きました。それに彼はふーん、と返事をします。


「じゃあ、俺もいく」
「そう。なら、早く準備して」


 部屋靴からブーツに履き替えた私は、後ろも見ないままに家を出ました。野原は花々が咲き乱れ、木々は風にざわめきます。そんな村の中を駆け足で進むと、木立の側にある結界石クリスタルの様子を見に行きました。


 青い結界石クリスタルは、今日も湖のような色をして建っています。その身長よりも大きな水晶に触れると、私の防衛結界を登録しました。
魔力を練り上げて、結界を気を付けて編んでいきます。なるべく大きく……ワイルドウルフが来ても追い返せるぐらいに。
 やがて作業を終え、ほっと息をつくと後ろで待っていたケントリッドが言いました。


「なんか、フランカの結界って華みたいだな」
「……そう?」
 少しドキリとします。
ケントリッドはこちらの気も知らずにはにかみました。


「なんだか、俺の痣みたいでちょっと嬉しい」
「似てなんかない!」
 悔しくなった私は、地団駄を踏みます。


「私の結界の方が、ケントリッドの痣よりも綺麗!」
「そうだね」
 ケントリッドは否定することもなく肯定してくれました。


「俺の痣よりもフランカの方が可愛いや」
 そう。私の結界の方が可愛い……あれ? 可愛い?
何か妙なことを言われたような気がしましたが、私は気付かなかったことにしました。空を仰ぐと、まだ私の展開した結界の跡が残っています。
 青色の空に輝く魔力痕を見て少しだけ誇らしく思っていると、私たちを見つけた父が笑顔で声をかけてくれました。


「綺麗な結界だね、さすが私の娘だ。フランカ」
「お父さん!」
 感情のままに抱き付くと、父が抱き上げてくれます。そして、仏頂面をしているケントリッドに気が付いた父は苦笑しました。


「おや、お前も抱っこして欲しいかい? ケントリッド」
「……して欲しくない」
 ケントリッドはふるふると首を振ります。
 父は、くっくと喉の奥で笑いました。







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