悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆319 覚醒



 ヘリコプターから回収をした野分を手にした私とアヤカシ達は、全力で現場に向かって駆けた。暴走している義兄にとったら急襲ともいえるだろう。

「いい!? 私の言った通りの作戦でいくのよ!?」と同行していた奈々子が叫ぶ。

 元は敵方にいた奈々子によると、あのアンドロイド型式神には、見えないながらも接合部分が存在しているらしい。
いくらカーボン製だとしても、その部分を狙って解体をしてしまえば、バラバラになった式神は二度と動けない。構造を知っている奈々子ならではの作戦だ。
私たちはまず、東雲先輩と義兄の下へたどり着く前に式神の数を減らさなくてはならない。そうしなければ、いくら頑張ったところで勝利の道はない。

 兵法の基本。
数、というのはそれだけで暴力だ。
個人個人の能力が優れていても、圧倒的に数で上まっている相手方の方に利があるのは当たり前だ。だから、その兵力を少しでも削らなければならない。
シンプルな話。

「いくぞ!」
 鳥羽が風刃を操り、松葉は水をウォーターカッターのように繰り出す。柳原先生は氷で足止めをし、そこを八手先輩が刀で人形を一斉に破壊した。

 福寿は傷ついた希未や小春と一緒に後方で待機している。戦闘に参加している私と奈々子も、真言を叫びながら衝撃波や銃弾でバーストする。
 攻撃の余波。砂煙のように視界が白くなる。
吹き荒れる異能の激しさに眩暈すらしそうになる。
地面には破壊された人形の欠片が散らばってまだカタカタと音を立てているけれど、流石に復活する様子はない。

 先へ進む度。息が詰まるほどに霊力の濃度が濃い。
辺りの空間が崩壊する寸前なのがすごくよく分かる。空間を構成している素子が揺らいでいる。

 苦渋の決断だけど、本当なら異能を使うこと自体がタイムリミットを短くしているようなもの。もしもこのまま暴走のままに弾け飛んでしまったら、私たちの身はどうなってしまうのだろう。奈々子の説明では、命を失ってしまう他に、もう一つの可能性も示唆されていた。

 これほどの大規模な戦闘は、因果そのものに影響を与えているという意見。
兄が占いで知って回避しようとした数多の出会い。その結果生まれた新たな未来の数々。その歪みの収束点がこの戦いであるという推測だった。
もしも因果に作用するような高出力の霊力に晒されて絶命した場合、その人物やアヤカシは時系列そのものから弾かれて抹消されてしまう可能性が高い。
願成神として消えた行灯さんと同じ未来を辿ってしまうということ。もしくは、それ以上の酷い末路を辿る。

 人々の記憶からも、半神である私の記憶からも存在自体が消滅してしまう。

そんな推測を耳にした瞬間に、心と共に私の神力までもが激しく荒ぶるのを自覚した。
……東雲先輩がそうなってしまったら、絶望なんてものではない。
助けにいかなくてはいけない。
これまで何度も彼には助けられてきたけれど、今度は私がツバキを助ける。
死ににいくようなものでも、そのことに対する迷いは恐ろしいほどになくて、意識はむしろ凛としていた。

 野分がいつになく手にしっくりとくる。
身体の一部のように馴染んで、驚くくらいに軽い。
まるで刀そのものが私の延長線上にあるようで、思うがままに真言を操れる。

「いけええええええ!」
 息を吸い込み、幾重もの人形を吹き飛ばした。
つばぜり合いになった式神のボディの隙間に刀を突きさし、襲ってきたもう一体を足で蹴飛ばす。その勢いで、圧力を加えていたアンドロイドがぐしゃりとばらけた。

 自分の姿をしていても、壊すことに抵抗はない。
 無我夢中で走る。
息を切らして、この先にいるあなたのところまで。
消えかけた未来を、掴む為に。
望みをつないで、大切な人を護る為に。

 ツバキ。
私はあなたの為になら、地獄にまで行く。
冥府の彼方にも、取り戻しに行く。

 好きだから。
あなたのことを、本当に愛しているから。
あなたにだけ地獄を味あわせて、それで平気でいられるほど私は強くなんかない。

私はこんなにも弱い。
弱いから、誰も失いたくない。
あなたを繋ぐ手を、離さない。
――――好き。
大好き。
ツバキ。

 あなたでなくては、私はダメだ。
もしかしたら、あなたは自分の代わりなんてどこにもいると思っているかもしれないけれど。それは勘違いだと。
教えなくちゃいけない。
私はまだ、あなたに何もしていない。

 お願い。神様。
欲張りな願いだというのは分かってる。
ツバキを、私の下へ返して。
まだ、連れて行かないで。
お願い――。

 視界が開けた。
金の火の粉が舞う。
そこには、ボロボロになった東雲先輩が、息を切らして立っていた。
服は乱れ、満身創痍だった。

本当に、生きているのが不思議なほどにボロボロになっていた。
……でも、まだ生きていた。

 呼吸をしている。
あなたは、まだここにいる。

「ツバキ!!」
「な…………っ」
 不意を突かれたツバキに襲い掛かった人形を、柳原先生の異能が氷漬けにして阻む。それに向かって、奈々子が異装していた銃で滅多打ちにした。
甲高い音が響く。
人形の足元が崩れる。

 我を取り戻した東雲先輩が、持っていた刀で薙ぎ払う。
ぐらりと態勢が崩れかけた彼を、私は伸ばした手で受け止めた。

「……っ どうしてここまで来た!?」
「あなたを一人で戦わせるはずがないじゃない!」
「これは僕の問題だ……八重、早くここから……」
 そこで、顔色が悪くなった先輩が膝をつく。その腕は一部が炭化しており、再生が追い付いていない。少なくない量の地面に滴った血液を目にして、私は頭が真っ白になった。

「なに、これ……」
 私を見た義兄が笑う。
勝ち誇った笑い声で叫ぶ。

「よく来た、八重さん! これでフィナーレだ!」
 義兄はこちらに向かって手を伸ばす。震えた指先で私を求める。
けれど、私は体温を失っている東雲先輩から目が離せない。まだ生きていることが信じられないぐらいに、怪我だらけだ。
私に襲い掛かろうとした人形達が、仲間の援護によって弾き飛ばされる。

「よくも……」
 ぶわ、と私を取り巻いていた空気が変質する。
人間と神。半分ずつで釣り合いをとっていた私の天秤が、逆さにひっくり返る。

 私の存在が変異していく。それは、激昂というに相応しいおどろおどろしい怒りの感情だった。
もしかしたら、この瞬間はいつ来てもおかしくなかったのかもしれない。
人間を愛して、人間に惹かれて、普通の人間として生きていたかった。

 その一心で、今まで選んで来なかった選択肢。
……全てを受け入れて神として、生きる。
愛する人を傷つけられた怒りから、私は生来神として完全な覚醒を果たした。

「……よくも、私の男にここまでの怪我を負わせたな?」

本質的な神と化した私は初めて、義兄に対しての殺意を覚えた。




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