悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆298 行方不明になった幼なじみ







 私たちが実習の途中で柳原先生から呼び出されたのは、日が沈みそうになった頃のことだった。


「一体どうしたって云うんだよ、柳原の奴……」
 ボードを立てかけながら、鳥羽がゴーグルを外してぼやく。


「でも、そろそろ休んだ方がいいよ。みんな頑張ったもの」
 穏やかな笑顔で白波さんがのんびり話すと、その彼氏である鳥羽は憮然とした表情を浮かべた。


「何よ鳥羽。そんな顔をして」
「……俺はもう少し滑っていたかったんだ」
 やれやれ、それは仕方がない。
ぴょん、と飛び跳ねた希未が元気に手を振る。


「おーい、先生! ご機嫌はいかがで――、」
 そこで、深刻そうな気配をしている彼らの様子に気が付き、希未のセリフは尻すぼみとなった。
険しい顔をしている夕霧君と柳原先生と東雲先輩。青くなっているのは奈々子と同じ班であった2人の生徒。その中には遠野さんもいる。


「……あれ、どしたの?」
 その呟きが聞こえたのか、話し合いをしていた彼らはばっとこちらへ向いた。
 只ならぬ空気に、私は何故か嫌な予感がする。


「……何か起こったんですか」
 口にすると、重い声で柳原先生が言った。


「……スキーの途中で、行方不明の生徒が出た」
「行方不明?」
 それって、重大な出来事なのではないだろうか。
いや、そうだ。いくらスキー場といったってこの辺りの地形は山だ。その中で人間が一人いなくなったというのは、大変な事件で……。


顔色がなくなった私に向かって、夕霧君は奥歯を噛みしめながら、
「誰か、日之宮の居場所を知っている人間はいないか……?」と尋ねてくる。


 私と白波さんは、息を呑んだ。
ゆっくり皆は首を横に降った。夕霧君は奈々子と同じ班だった女の子の方を見ながら続ける。


「どうもこの子の説明を聞く限り、実習の途中ではぐれた遠野を探しに林の中へいなくなったらしいんだ。さっきから電話も鳴らそうとしても向こうの電池が切れているのか繋がらない」


「……全部、こいつ等のせい」
 怒りを押し殺している遠野さんが、屋内の隅の方で居心地が悪そうにしている女子の一団を睨みつけた。
彼女らは、昔白波さんを貶めようとした人たちだ。


「……あの女子たちが、私と日之宮さんを引き離して扇動したみたい。さっきからそんなことしていないって言い張っているけど、状況証拠から見て間違いない」


 それを聞き、私に強い怒りが沸き起こった。
確かに、奈々子は人に好かれやすいタイプの人間ではない。けれど、いくらなんでもこれはおふざけの域を過ぎている。
この場に引き留められることにうんざりしたらしい女子が、曖昧に笑いながら言った。


「せんせーい、私たち、そんな酷いことしてませーん」
「そうです、そんな酷いことできるわけがないじゃないですか。私たちは遠野さんが心配だっただけでぇ」
「そんなに大騒ぎしなくても、もうじき帰ってきますよ。っていうか、そろそろホテルに戻ってもいいですか?」


 彼女らの悪意のこもった言葉たちに、直情的なところのある鳥羽が口端を歪める。


「――テメエら、ふざけるなよ」
「え……?」
 鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった彼女たちに、山林で育った過去を持つ鳥羽は大声で怒鳴りつけた。


「冬の雪山がどれだけ危険な場所か分かってんのか!? もしも見つけるのが遅れれば命を落とす可能性があるんだぞ!
もしもこれがお前たちのしでかしたことなら、これは立派な殺人未遂だ」
「そ、そんな……大げさな」


「大げさでもなんでもねえよ。日之宮にムカつくのは俺だって分かるけどなあ、ここまでのことをふざけてやれるような奴の方がよっぽど腐ってる」
「何よ、少しからかっただけじゃない!」
 バツが悪そうにしている生徒の群れから、リーダー格の女子が血相を変えて叫んだ。その言葉に、私は頭にくる。


「からかっただけですって……? あなたたちの中では、これって遊びに入ることなの? あなた方は、遊びで人殺しをしようとしているのよ……?」
「…………っ」


「被害者ぶるのもいい加減にしてちょうだい。もしもこれで奈々子が死んだら、どう償いをとるつもりなの」
「……そ、んなの……」
 そこに至ってようやく、彼女は自分のしでかした事の大きさを実感したらしい。


「少しふざけるだけのつもりだったの……だって、アイツ、すごくムカついたんだもん……。いくらお嬢様っていっても、月之宮さんとは全然違うし……。あたしたちのこと、どうせ見下してたに決まってるし……」
蒼白になって立ち尽くしているその姿に、沢山の言ってやりたいことを頭の中で整理していると、誰かがその胸倉を掴んだのが視界に飛び込んできた。


「ふざけるなよ」
 今のやり取りに激怒したのは、夕霧君だった。


「さっきから聞いていれば、勝手に日之宮のことを邪推して、陥れただけじゃないか……! 世迷言もいい加減にしろ! ふざけるな!!!」
 充血した眼で、夕霧君は一発加害者の頬を殴る。事件を起こした女生徒の頬が赤くなる。更に腕を振りかぶろうとしたので、それを見た希未が慌てて彼を止めに入った。


「……警察には言った?」
 私が問いただすと、柳原先生は頷く。


「もう連絡はしたが、もうじき夜になるだろう。できたらあちらさんが動くより先に日之宮のことを見つけてやりたい。雪も多いし身動きの取れない状況で体温が奪われたら危険だ」
 そう語っている柳原先生は、チラリと視線を動かす。
 その先には、東雲先輩が難しい顔で立っていた。


「東雲、悪いな」
「そうですね。日之宮の令嬢の居場所を見つけたいのなら、いい方法がありますが……」
 ため息をついた東雲先輩のセリフに、私は食いついた。


「本当ですか!? 先輩!」
「君ら姉弟と八重がいれば造作もないことです。要は、辺り一面にある雪を使って船舶のレーダーと似たようなことをやればいい。この山を波形に見立てた妖霊力で一気にサーチしましょう」
「そんなことできるんですか?」


「連携をとるのは少し難しいでしょうが、今の八重ならきっとできますよ。雪を媒介に辺りを探っている二人に便乗して、君の知っている日之宮の令嬢の霊力の特徴を探ってやればいいんです」
 そんな超能力みたいなこと……本当にできるのだろうか?
とてつもない不安がこみ上げてきたけれど、私の肩をそっと東雲先輩が引き寄せる。


「……さっきから何を話しているんだ」
 東雲先輩のセリフに不信感をあらわにした夕霧君の存在を、私はようやく思い出した。どうしたらいいものか困っていると、東雲先輩は嫌そうに告げる。


「そこの女子たちはひとまず別室に移動させて人払いをしましょう。そこの夕霧は仕方がないので僕等の秘密を教えた方が話が早そうです。警察に頼るのもいいですができる限りの手段を使って救助しないと、今度は雪崩の危険性もありますからね」
「そうよ、雪崩は……っ」
 その一言で眩暈がしそうになった私に、柳原先生は慌てて叫んだ。


「大丈夫だ! 雪男の名にかけてこの辺りで雪崩が起こった気配はない! いや、日之宮の行方が分からないこの状況は全然大丈夫と程遠いが……」
「……先生は、少し黙ってて」
 遠野さんがため息を吐く。


「とにかく、迅速に八重は柳原と福寿と一緒に日之宮の令嬢をこの山の中から探知しなさい。それが出来次第、まずはこのカラスに飛んで現場に向かってもらいましょう」
「ええ……」
 柳原先生が福寿を呼び出している中、必死に爺様に習ったことを思い出そうとしていると、不意に冷めた声が暗がりから聞こえてきた。




「――それをするんだったら、ボクの手助けも必要なんじゃない? 三人よりは四人の方がいいでしょ。 雪は水に通ずるからね、深い水底に潜って探し物をするのはカワウソのお手の物だけど?」




 そう言って階段から飛び降りたのは、我が家から家出していたはずの瀬川松葉だった。
感情の見えない笑顔を浮かべる少年に警戒心を皆が抱くと、カワウソはふふんと鼻で笑う。


「日之宮奈々子とボクが組んでいることは知ってるだろう? ここで死なれるととっても困るからさぁ……良ければ手伝ってやらないこともないよ?」
「お前の手助けなど必要ない」


「ボクの申し出を断ってもいいの? そんな悠長なことしてられる?」
 一触即発の雰囲気になりかけたところで、私が急いで声を出した。


「いいわ! ……松葉にもお願いしましょう」


 私の決断に希未が不安そうにする。
「……本当にいいの? あの瀬川だよ?」
「ここは彼を信じましょう。利害は一致しているはずだわ」


 実際のところ、これが正しいのかどうかは分からない。
けれど、今は一刻を争う状況だ。奈々子に対する苦手意識は拭えないけれど、できる限りのことをして助けたいと思う気持ちに偽りはない。
勝ち誇ったような裏切り者だったはずの松葉の笑みに、東雲先輩は苦々し気な表情をした。







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