悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆293 スキー場にて (1)







薄々嫌な予感はしていたが、現地に着いた私は思わず悪態をついた。


「何よ、この天気」
 もう二月だというのに、季節外れの大寒波で辺りは白く吹雪いている。雪がないのも困りものだが、こんな風に荒れ模様なのはいただけない。
まさか、うちの雪男が何か余計なことをしたのだろうか。私がギンと睨みつけると、彼はへらへら笑って空を眺めている。


「いやー、まさか当日に吹雪になるとはね。んま、最終的に雪が足りないよりはいいんじゃない?」
 呑気な言葉を聞いて、鳥羽が半目で呟く。


「そんなこと云って、柳原の画策じゃねえだろうな。生憎、俺は雪の空は嫌いだ」
「うんにゃ、今回はオレも姉貴もノータッチだけど……」
 そう言いながら、柳原先生は目を細める。
何か思うところがあるのだろうか。その温度の低い横顔にいつもと違う何かを感じさせた。
今のやり取りを聞いていた白波さんが、自分の恋人である天狗に向かって首を傾げた。


「鳥羽君って、雪は好きじゃないんですか?」
「まあ、俺だって吹雪の中を飛ぶのはそこまで好きじゃねーよ……っと」
 バスのタラップを身軽に降りながら、鳥羽は口端を上げた。その後を追いながら、希未はきょろきょろと辺りを見渡す。


「いやー、見渡す限り真っ白だね。そして外国人率高めな感じ! 異国の男性との素敵な出会いとかあったらどうしよう、八重!」
 私はなんとも言えない眼差しを向けた。
最近のイケメン外国人との邂逅は余りいい思い出がないので、ついこちらの返事も冷たいものとなる。


「止めはしないわよ、私は」
 勝手にナンパされて、その辺りで滑っていればいい。どうせ帰りは回収して一緒のバスになるのだ。スキー合宿の学生だと知ればお持ち帰りされる心配もなさそうだし、私は親友である白波さんと一緒に楽しむことにしよう。


「やだなあ、そこはもっと八重からの百合っぽい独占欲のある反応を期待してたんだけど」
 くぐもった笑いと共にバシバシと背中を叩かれ、私は渋面を浮かべる。
 誰がそんな恥ずかしいこと言うものか!


「……アンタにそれを咲かせる予定は一生来ないと思うわ」
「八重の近くで私ほど愛に溢れている存在ってそうそういないと思うよ?」
 チョップを落とした私の手を掴み、希未はくるっと一回転した。ツインテールが新体操のリボンのように翻る。
戯言を聞き流してため息をつきそうになると、私たちの後ろにいた遠野さんがぬっと出現した。


「……月之宮さんと百合……素敵な響き」
「ほら、変なことを云うから!」
 幽霊のように現れた遠野さんが、後ろに取り付いて頬ずりをしてくる。
その感触にぞわりとするものを感じていると、彼女が沼地の如し眼差しで囁いた。


「……栗村さんに予定がないということは、私には可能性があるということだと解釈をした。さあ恐れずに、私と柳原先生と一緒の新世界にウェルカムトゥーウエディング!」
 ひいっ 遠野さんが怖い!?
鳥肌を立てた私は咄嗟に希未を盾にして逃げる。壁役にされた希未は呆れたように笑った。


「遠野ちゃんってホントぶれないよねー。私、そういうの好きだよ」
「……褒められても何もでない」


「でもね、八重の一の親友は私の役目だから。そこんところはちょっと譲れないかなーってね」
「……ライバルの出現」
 遠野さんがカンフーのポーズをとって威嚇をする。それを見た希未がボクシングの真似事で応戦し始めた。
どうでもいいけど、早くこの場から離れた方がいいと思う。みんなはとっくに荷物を屋内に運びに行ってしまった。
どうやってこの二人を現実に戻すか思案していると、遠野さんを探しに来たらしい奈々子がこちらに気が付き大声を出した。


「あ、あなたこんなところで何をやってるんですの!」
「……月之宮さん争奪武闘会準決勝の部」


「意外と勝ち残ってることとか、あたしを差し置いているとことか突っ込みを入れたいところはあるけど、それは今ここでやらなくてはいけないことなのかしら?」
 奈々子の指摘にしばし沈黙をした遠野さんは、真面目な顔になった。


「ここで会ったが百年目という言葉も」
「はいはい、遠野さんは迎えが来たことだし早く移動しましょう。私たちもそろそろロッジに行ってスキーウェアに着替えたいわ」
 私が手を打ち払ってそう言うと、彼女は無言になって頷いた。そこを、嘆息した奈々子がずるずる引きずっていく。
一連の事象を傍観していた鳥羽が、落ち込んでいる柳原先生を見つけぎょっとした。


「うお! どうしたんだよ柳原」
「なあ……オレってもしかして遠野からそんなに好かれてない?」
 先ほどとは打って変わり鬱病の気配を出している柳原先生の呟きに、近くにいた白波さんが慌ててフォローしようとした。


「そんなことないです! 遠野さんは、先生のことをちゃんと……」
「だって、なんか最近月之宮に絡むことの方が多くない? オレ、普通に過去の男として忘れられてない?」
「う……確かに」
 いや、微妙に擁護しきれてない! 白波さん、目を逸らしちゃダメだって!
ますます落ち込んだ柳原先生の様子に、私たちはどんな顔をしたらいいのか分からない。
とりあえずこの場に立ち止まっていても仕方がないので、バスから降ろしたボストンバッグを持って歩き出す。建物の中にたどり着くと別の生徒の群れと一緒にいた福寿がこちらにすっ飛んできた。


「月之宮さん、こんにちは! うっとりするぐらい素敵な天気ね!」
「どこが」
 雪女的には先も見えない吹雪も散歩日和のごきげんように見えるというのだから呆れるしかない。私たちの実に低ーいテンションに気が付き、彼女はしばし考えた後に照れ笑いを浮かべた。


「あらら、私としては渾身のギャグだったんだけど……」
「捨て身すぎるだろ」
 鳥羽のツッコミに、彼女は失敗を誤魔化すような笑いになり、義弟である柳原先生の手をとってぐいっと動かした。
すると、あれだけ吹雪いていた外の音が静かになる。みんなが驚きの顔になると、雪女は勝ち誇った表情で言った。


「こうして政雪と一緒なら雪嵐ぐらい操作できるのよ、雪のアヤカシの面目躍如といったところね。せっかくのスキー合宿ですもの、張り切っていきましょ!」
「その肝心の弟さんは鬱真っ盛りって感じなんですけど」
 お願いだからもうちょっと気遣ってあげて欲しい。このままだとノリと勢いで精神的な奈落に突き飛ばしかねないから。









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