悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆285 部活動と不和







 人間というものは順応性が高いものだとよく言われるけれど、奈々子がこの部活に馴染むには中々に時間を要することだった。


 まず、鳥羽と希未と東雲先輩は仲良くするつもりがない。突如出現した異物に対してピリピリした空気を発している。
八手先輩と柳原先生は、終始微妙な顔をしてお茶をすすっている。白波さんは笑顔で接しているけれど、こちらは逆に奈々子の方が引き気味となっている。
松葉はずっと顔を出そうとしない。私は、どんな顔をしたらいいのか分からずに、事態の推移を見守っている。


 さてさて部長の夕霧君はと云えば、まるでこの世の春が到来したかのようだ。
奈々子に嬉しそうに話しかけている姿がよく目撃されており、それに対して彼女も次第に気を許すようになってきていて。
今日の放課後は、夕霧君の提案でみんなでプラバンにソロモンの護符をマジックで描いて魔術的キーホルダーを作る作業をやっているところだ。


「……ふんふん、まーる描いてちょん。まーる描いてちょん」
 そう口ずさみながら、希未が丁寧に護符をマジックでなぞっていく。元の図案は魔導書にあったものをコピーしてあり、それを丁寧にプラバンに写すだけの手軽な作業なのだが。


「月之宮さん、できましたか?」
 白波さんに尋ねられ、私はフッと鼻で笑う。


「そんなこと、聞くまでもないことよ。私の本職を忘れたの?」
 皮肉っぽく陰陽師である自分へ自嘲する。
無論。こんな複雑な模様、写すのに失敗したに決まっているではないか。


「た、確かに月之宮さんは魔術師ではないですものね……」
「ええ」
 儚く笑って崩れ落ちた私の肩を、東雲先輩が優しく叩く。
 にこやかな笑顔でこう言われた。


「……そもそも八重の本職は学生でしょうに。では、僕が作ったものを分けてあげましょうか?」
「先輩は器用でいいですよねえ……」


「人並み程度だと自負していますが。手先の動きはある程度は訓練でどうとでもなりますよ」
 く、そのキラキラした笑顔が憎たらしい!


「努力してもできないものはできないですよ……。先輩の言葉は適正のある人間のいう発言です」
 私が死んだ目でぼやくと、東雲先輩は青い瞳を愉快そうに輝かせた。


「まあ、八重の場合は器用になるまでに時間はかかるかもしれませんけどね」
「……何年ぐらい?」


「150年くらい頑張れば大抵のことはできるようになるのではないでしょうか」
「私の寿命を考えてモノを云ってくださいっ」
 それ、アヤカシ基準の年の数え方ですから!
普通の人間は享年80歳くらいで息絶える生き物ですから!
私が言葉で噛みつくと、東雲先輩は口元を押さえて笑いを堪えた。
そこに、やはりぐちゃぐちゃの謎の模様をプラバンに描いていた八手先輩が静かに鳥羽の方を見た。


「……月之宮、この中で一番器用なのはやはり鳥羽ではないだろうか?」
「そうですね……」
 まるで印刷したみたいな魔法陣がくっきりと描かれてますものね。
私が呆れ混じりの笑顔を浮かべると、顔を上げた鳥羽が不思議そうにこちらに視線を送った。


「……何か変なことでもあるか?」
「相変わらず君は無駄に才能を腐らせていると思いまして」
「はあ?」


 テーブルに肘をついた東雲先輩がそう返すと、作業をしていた鳥羽は表情を強張らせる。その手元を見た希未が歓声を上げて天狗の作ったキーホルダーを持ち光に透かした。


「やばーっ 超きれー!」
「持っていきたいなら勝手に持ってけ。どうせ材料は100均だしな」
「え、いいの!? 白波ちゃんもこっちに来て一緒に選ぼうよっ」
 元気のいい希未がツインテールを躍らせて喜ぶ。白波さんの華奢な手のひらに出来上がったお守りを乗せて品定めを始めた。


「みんなは若くていいことだねえ……」
 せっせと自分の護符を写していた柳原先生は苦笑する。


「先生は何にしたんですか?」
「月の三護符。車関係で事故りたくないからな」
 煙草の代わりにキャンディーを舐めながら、先生はため息をつく。旅行中の安全を確保する意味をもつ護符なので、交通安全を期待して描いたらしい。
確かに、天狗に一度運転中に奇襲をかけられて病院に入院したことを考えれば、これを選びたくなる心理も分からなくもない。
そのことに気付いて曖昧な笑顔を返すと、雪男はニヤッと意味深に笑った。


「これをオーブントースターで焼いて縮めた後にレジンで固めるんだっけ? またえらい凝ってるじゃないの……っと」
 そこまで柳原先生が話したところで、奥の方で作業をしていた奈々子が不満そうな声を上げた。


「全く、子供だましにも程があるわ」
「そうか?」
 夕霧君はその言葉にキョトンとする。


「そもそも! 日本人がソロモンの護符って、西洋かぶれって感じがして面白くないじゃない。どうせなら陰陽道のお札で作りましょうよ!」
「ほほう」
 夕霧君の目が光った。


「西洋の魔術は向こうの風土でやるから効果が出るのよ! 宗教も文化も分かってないのにこんなおまじないやったって何の意味もないわ」
「確かにそういう捉え方もできるかもしれないが、かといって全く効果が見られないという訳でもないような気がするが。
普遍的な潜在意識に訴えるわけだから、日本人でもある程度は……」


「そもそも! 魔法陣を使うんなら聖別まできっちりやりなさいよってことよ! こんな中途半端なことやってたって……」
「でも、こういうのをみんなでやると面白いだろう?」
 夕霧君の発言に、奈々子が口を閉ざした。
 彼と視線が合い、仏頂面で彼女は言う。


「……ま、まあまあね」
 てっきり否定の嵐が出てくると思ったのに、そんなことを言ったので私は驚きを隠せなかった。


「でも、陰陽道のお札で作るというのはいいアイデアだと思うぞ。今度やる時には是非参考にさせてもらいたくなる発想だ。流石日之宮は違うな」
「そ、そう?」
 夕霧君のすごいところはこれを本心から言っていることだ。最も、彼の尊敬の対象は魔術とかオカルトに関することに限られているのが残念ではあるけれど。
そこに、不機嫌な希未の声が部室に響く。


「……あのさぁ、いい加減にしてくれない?」
 視線を上げた奈々子に、彼女はツインテールを振り払い皮肉っぽく告げる。


「文句があるなら参加しなければいいだけじゃん。そんな風に空気を悪くするくらいなら、私たちの前に現れないでよ。はっきり言って迷惑ってゆーか……」
 ある意味では的を射ているその言葉に、奈々子が少しだけ気まずそうな顔になった。てっきり怒りだすと思っていただけに、私はその表情を意外に思う。


「…………」
 唇を震わせた奈々子。彼女が視線を逸らしたところで、金具を加工していた夕霧君が持っていたキーホルダーを奈々子に手渡した。


「ん」
「……え?」
「金星三護符。お前にやるよ」
 思いを寄せている人物との恋が実る護符。それを奈々子に渡して、夕霧君は照れくさそうに笑った。


「……馬鹿じゃないの。こんなの貰ったって、あたしがあなたのことを好きじゃないかもしれないじゃない。他の男とくっついたらどうするのよ」
「だけど、少なくとも日之宮は幸せになるだろう?」
「……どういうこと」
 訝しんだ奈々子に、夕霧君は語った。


「少なくとも、日之宮がいいと思う相手と結ばれるわけだから、無駄にはならないだろう。その相手がオレであって欲しいというのはあくまでもこちらの願望にすぎないわけだし、恋愛成就でなんとなく作ってはみたが自分で持ち歩くのは我ながら不気味なものがあるような気がした」
「そう」
 奈々子は、ため息を洩らした。
暗い表情になった彼女は、何かを堪えるような口元になって身を翻す。走るように、逃げるようにこの部室からいなくなったのを見て、私は思わず後を追おうとした。
そこに、「止めときなよ」と希未が呟く。


「あんな奴、追いかける必要なんかないって」
 機嫌が悪そうにそう言われて、迷いが生じた。
そうだ。確かに私が気遣う必要はどこにもない。仲が良くもない今の関係性で、関わり合いになるのはお人よしすぎるというものだ。
そう冷静に判断しても、心がざわつくものがある。
どうして、悪人と分かっていて、こんなに奈々子のことが引っかかってしょうがないのか……。そのことに我ながら戸惑っていると、白波さんが困り顔で笑う。


「月之宮さん。行きたければ行ってもいいんですよ」
「でも……」
「月之宮さんはそういう人なのだもの。瀬川君の、遠野さんのときだってそうだった。人を切り捨てることができないことに、怒ったりなんかしません」
 白波さんから慈愛のこもった笑みを浮かべられ、私は唇を引き結んだ。
 その様子を見て、東雲先輩が素っ気なく言う。


「では、何かが起こった時のために僕が隠れたところから見守っていますよ。……君という人間はどこまでお人よしなのか」
「私は反対!」
歯を食いしばった希未の態度に、部屋の奥の方にいた陛下が何の気なしに言う。


「……じゃあ、やっぱりオレが追いかけた方がいいか?」
 いやいや、それはないだろう。


「アンタは論外だから黙ってて!」
 目をパチクリさせた夕霧君に、希未は怒鳴りつけた。









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