悪役令嬢のままでいなさい!
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東雲先輩が奈々子に取られてしまったらどうしよう。
昼食に誘われた私はその可能性に気が付いて、ざっと青ざめた。
それどころではない。この学校で、奈々子は本来の月之宮八重の役割を踏襲するつもりなのだ。即ち、高位のアヤカシと明確に敵対するつもりだということである。
そのことをゲーム云々の部分は隠してしどろもどろに説明すると、賑やかな学食の人ごみから大分距離をとった席で、鳥羽は難しい顔をした。
「んなくだらねえことより、俺は日之宮が白波に術をかけた本人なんじゃないかって疑っているんだが」
「な……っ」
コイツ、私の話した内容をちゃんと聞いてたの!?
私が口をぱくぱくさせていると、彼は真剣にじろりとこちらを見てくる。
「いいか? お前はあの女に動機がないと云っていたけどな? 論理的に思考すると日之宮しか残らねーんだよ。
まず、白波をヒトガタに仕立てあげたのは陰陽師の術だった。そして、この辺りの地域には3人しか陰陽師がいねえ。そのうちの1人は月之宮。ひとまず、信用はしてるから候補から外れる。もう1人のお前の兄貴は国外に留学中。……そうなってくると、残るのはアイツだ」
鳥羽の演説に、みんなは頷いた。よく分かっていない顔をしているのは白波さんだけで、あとは全員同じ見解に至ったらしい。
「……あっやしーね!」
希未がカップラーメンをすすりながら力強く言った。
「だろ?」
「でも、動機が……」
私が呟くと、希未は軽く笑う。
「そんなの、普通に分かるじゃん。八重への嫌がらせだよ、嫌がらせ」
「それだけでこんなに手の込んだことをすると思うの? そもそも、私と白波さんはこの学校に入学するまで友達でもなんでもなかったのよ?
仮に私への嫌がらせだとして、普通は私の友達とかを狙うんじゃ……」
そこまで話したところで、自分の墓穴を掘ったことに気が付く。失言に目を逸らしていると、白波さんは不思議そうに喋った。
「月之宮さんの友達って……当時この学校にいましたっけ?」
「……いないわよ。いなかったわよ。……皆無。希未と友達になる以前は奈々子くらいしか付き合いがなかった。そこは認めるわ……」
さざ波のようにみんなが笑った。
それにふくれっ面をしていると、鳥羽がこちらをからかってくる。
「それはそれは、今はもう、俺たちのことを友人だと思ってはいるんだな?」
「それ、この場で答えなきゃいけないわけ?」
羞恥に少し顔が赤くなる。
そもそも、鳥羽杉也と月之宮八重は一度敵として交戦した間柄だ。既にストーリーから外れているとはいってもイベントが終わったこの学校で、奈々子は何をするつもりなんだろう。
「確かに、奈々子は怪しいわね」
私が頷くと、鳥羽は腕組みをした。
「問題は、証拠がない」
「ダメダメじゃん」
希未がため息をついた。
「仕方ねーだろ、そもそも白波に何かをされたのが入学前だとすれば、現行犯というのは無理難題だ」
「いくらそうでもさー、ここまでくれば期待しちゃうじゃん。何か明確なプランがあって話しているのかと思ったよ」
「んなものはねえ」
どキッパリと宣言され、鳥羽のセリフに耳を傾けていた私たちは崩れ落ちた。
そこまで聞いていて、私の頭にはふと思い出したことがあった。このことは多分鳥羽もまだ知らないことで、白波さんの名誉に関わるから内緒にしていたことでもあった。
「あの……、私、1つ知っていることがあるのだけど」
「は?」
「でも、白波さんは、隠したいことかもしれないんだよね……。親御さんから聞いた昔のことなんだけどさ」
そこまで私が話したところで、白波さんが見るからに顔色を悪くさせた。
「……月之宮さん! それはダメ!」
「ちょっと待て、白波。お前彼氏の俺にも隠していたことってなんだ」
「みんなには云わないで! お願いぃ!」
バタバタ動いている白波さんを抑え込み、鳥羽は怒りそうになりながらも笑顔を向ける。それが余りにも怖くって、私は黙っているわけにはいかなくなってしまった。
「白波さんさ、この学校に入学する前にどこかの病院の治験に参加していたらしいのよ」
「……それって、中学生の頃か」
「当時、経済的に苦しかったらしくて……」
そして、私は知っている限りのことをみんなに打ち明けた。
天才児養成計画のこと。親御さんの憤り。この秘密は隠しているだけでも悲しくなってしまう彼女の過去だ。それを今まで言えずに黙っていた心情を思うと、私はとても笑いながら話せる気分ではなかった。
全てを聞き、希未は深々とため息をついた。
「うわー、もう、怪しすぎ。その治験にそそのかしたって人も術師とグルっぽい。確かに白波ちゃんがなんでこの学校に入れたのか不思議だったけどさあ……」
まさかこんなことだったとは。と、私の友人は暗い顔になる。
「……おい、小春」
途中から無表情になっていた鳥羽が、震えている白波さんの頭を押さえた。
「俺、怒っていいか?」
「だ――だめ」
「……なんで」
「だって、怖いもん。杉也君、今すっごく怖い顔してる」
それはそうだろう。
鳥羽だってこんなことを聞かされたら、平常心ではいられない。
「じゃあ、俺はどうしたらいい。この憤りを誰にぶつけりゃいーんだよ。バカなお前か? それとも、黙ってた月之宮か……?」
これ以上、何も隠し事はしてねえだろうな。
そう、鳥羽に詰め寄られ、私は視線を落とした。
「……してる」
でもね、違うの。
言えないことが多すぎて、息が苦しい。生きているのが苦しい。申し訳なさで沈んだ気持ちになっていると、彼は嘆息をした。
「日之宮は怪しい。……だが、これでもう俺には訳が分からなくなった。とりあえず近場の陰陽師が容疑者だと推理していたけど、どこかの地域で行われた治験なんかに参加していたとするとその前提が崩れちまう」
「……でも、奈々子は何かを知っているわ」
そうでなければ、あの態度はあり得ない。
奈々子は……、彼女は、鳥羽が話しかけた時、あんな返事をしていたのだから。
「月之宮が全部話してくれりゃあ楽なんだけどなあ?」
呆れた顔で、鳥羽が言う。
「…………」
「でもいーよ」
意外な言葉に顔を上げると、みんながこちらを見て笑っていた。
「しょうがないよ、それが八重だもん。誰だって人に言えない秘密の一個や二個持っているもんだし」
「そうですよ! 私は月之宮さんが隠したいのなら、どこまでも付き合うから!」
「……そんなところも、ミステリアスでいい」
希未や白波さん、遠野さんからの声に、茫然とする。ニヤリと笑った鳥羽が、気遣うように口を開いた。
「だ、そーですが? 月之宮。笑っちまうよな、この状況で隠し事をしているお前を責めないなんて俺たち全員頭がどうかしてるぜ」
その友達からの優しい声に、言葉に、頭の奥がじんと痺れた。
身体が軽くなるような感覚に、私は塞いでいた暗色が塗り替えられたと思ったのだ。
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