悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆245 雪女の正体







 気付かれないように尾行した私たちの目の前で、謎の女は楽しそうに歩いていく。その奔放の振る舞いにイライラしているこちらの心境など嫌知らず、彼女は道行く店を覗き込み、主に柳原先生の財布で好きなものを買わせようとしている。


「悪女が……っ」
 吐き捨てるように遠野さんが怖い顔で言った。


「……そうか?」
 八手先輩が怪訝な面持ちをしている。


「その判断はまだ尚早だと思うが……」
「はあ!?」
 喰ってかかる様な遠野さんの形相に、八手先輩が少し身を引く。余計なことを言ったと思ったのだろう、口をさっと閉じた。


「怒られる、これ、絶対私が東雲先輩に怒られる……」
 何か未来に良からぬ悪夢が見えているらしい希未は、諦めがちにそんなことを呟いていた。その時、女が柳原先生と東雲先輩の側から離れる瞬間がやって来た。長蛇の列に並んでレジを通る為、雪男の財布を持っていなくなったのだ。
コクリ、と遠野さんが頷いた。何の合図だろう、そんなことを思っていると、いつの間にか彼女の姿が消えている。
ハッと気が付いた時には、柳原先生の前に姿を見せて締め上げようとしている文学少女がいた。


「あ、遠野さん……っ」
 私が声を洩らすと、


「げえ、遠野……!」
 断末魔のように言った柳原先生に、遠野さんは爛々と目を輝かせている。その手には、鬼から借りた木刀があった。


「天誅、天誅、てんちゅう……」
ひゅ、ひゅっと振り上げられた木刀が風を切る。額めがけて下ろされたそれを白羽どりで受け止めた柳原先生が、口端を引き攣らせて叫んだ。


「何でこんな時に遠野が……!」
「……ここに私がいちゃいけないのですか。浮気、反対、絶対、ぶっ殺す」


「いや、何か誤解があるぞ! それとここはお店だからそんなものを振り回すんじゃありません!」
 確かに遠野さんの近くにはガラス製品の乗った棚がある。これを割ったら大変なことになるのは道理だが、今の柳原先生に言われると妙に説得力に欠ける。
まあ、私がいればいくらでも弁償はできるんだけど。


「八重……、君までこんなところに尾けてきたのですか」
 いつの間にか私の目の前に現れた東雲先輩の発言に、背筋がぞくりとした。焦った眼差しをしている彼の視線に私は顔を背ける。


「お、お楽しみの邪魔をしましたか?」
「はい? 全く?」
 理解不能のものを見るような東雲先輩の目は、私の隣で逃げようとしている希未をしっかり射抜く。そして、早口でこう喋った。


「栗村さんもいながら何をやっているのですか! いいから、早く八重を連れてここから離れなさい、そうしないと、ここには危険人物が……」
「いやです」
 私は、段取りよく邪魔者をここから追い払おうとしている東雲先輩に食って掛かった。胡乱気な目を意識して、軽く睨みつける。


「そんなこと云って、私たちがいなくなったらあの女とどこかにしけこむつもりなんでしょう!」
「は!?」


「あれだけ色々言ってたくせに、こんなの手ひどい裏切りだわ!」
 妖狐は頭痛を堪えるような表情になった。
むすっとしている私を駄々子を見る目つきになり、どうしたらいいものか悩んでいる。視界の端では遠野さんが柳原先生とこう着状態に陥っていた。


「いいですか、この場には、君が気付いていないような悪女がいるんですよ! 折角アイツと会わないで済むようにしていたのに……」
 肌が粟立つ。
真剣な顔でそんなことを言っている東雲先輩に、後ろから声がした。


「あらぁ~、誰が悪女ですって? 東雲様」
 買い物袋を提げた謎の女が、間近に迫って人の悪い笑顔を浮かべていた。美しく微笑んだ彼女の肌から、ひんやりとした冷気が流れてくる。
そして、視線を色っぽく動かした女はうっとりした声を発した。


「やだ~、かっわいー!!
私好みの可愛い女の子が2人もいるじゃな~い! ねえねえ、この子たち食べてもいい? これって運命よね?」
「運命なものか!」
 がばっとこちらに抱き着いて変態的な頬ずりをしてきた雪女に、その大きな胸に押し潰されそうになって私は声を失った。ぱふぱふと、柔らかなお餅のような弾力を持った破壊兵器によって酸欠になりそうになる。
そんな私に気が付いた東雲先輩が、怒り心頭に引きはがした。


「やだ~! 私が見つけたんだもーん! こんなに好みにバッチシはまる娘なんて滅多にないのよぅ! 返してよお」
「ハッキリ云っておくがこの子と知り合ったのは僕が先だからな!」


「恋に順序なんて関係ないのよぉ! 私のことが気になったから学校から付けてきたのね?
ね、ね、そうでしょう?」
 パチリとウインクを投げてきた女の態度に、私は若干の身の危険をようやく感じるに至った。先ほどからの振る舞いからするに、もしかしなくても彼女の趣味指向はこちらに向かっているように思えたからだ。


「もうこの際云ってしまいます。田舎から出てきたこの女は、福寿。柳原の姉で、正体は雪女。性悪なレズビアンです」
「え……」
 言動から察するにうすうす気づいていた私だったが、その正体に遠野さんが驚愕した。


「柳原先生の……お姉さま」
 いや、衝撃を受けるところはそこか!
 どこまでいってもぶれないわね!


「アヤカシの起源上、義理の関係ではあるけどな」
「もう、冷たい言い方ね! これでも姉弟の杯を交わしてから何百年も経ってるのよ!?」
 柳原先生の言葉に、福寿は照れ隠しに思い切り義理の弟を突き飛ばす。よろめいた先生は遠野さんの方に大きく転ばされたにも関わらず、すまないと思っている様子がない。


「わあ、先生大丈夫!?」と希未が。
「……先生、服に土が」と遠野さんが言った。


「そんなに警戒しなくてもいいじゃない、家族なんだから。政雪ったらやあね~」
 福寿の悪びれない言葉に、柳原先生が叫んだ。


「一体アンタに何人オレの好きだった女の子を奪われ続けていると思ってるんだ! 嫌でも遠野に会わせたくなくなるわ!」
「そうだったかしら」


「ただでさえ今回は本命なのに……もうお終いだ……」
 どこ吹く風の福寿の様子に、私もなんだか柳原先生が可哀想になってきた。どうやら、悪意で会わせなかったというよりは、姉の奔放な行動を見咎めてのことだったらしい。
そうなると、理解が追いついてくる。
2人は浮気をしているわけではなく、ただ単に昔の知り合いに今の街を案内しているだけだったのだ。
少しだけ浅慮が過ぎたことを反省していると、福寿が私に向かってその美貌で笑いかけてきた。こちらの手を掬い上げ、


「まあまあ、こんなところも何だし、みんなでご飯でも食べに行きましょう!」
「……気軽に八重に触れないでください」
 嫌そうな顔をした東雲先輩が、バッと福寿の手を払い落とす。その態度に、むむっと眉間にシワを寄せた雪女はひんやりとした冷気を発した。


「ちょっと東雲様、私の恋の邪魔をしないでくださる?」
「それはこっちのセリフです。乱れた性生活に八重を巻き込まないでいただきたい」


「あら、今回は私もわりと本気よ?」


 ああああ、もう、薄々分かっていたけど聞きたくない!
「……また、このパターンか」
八手先輩の送ってくる微妙な意味合いの目線に、私は頬を盛大に引きつらせた。









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