悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆234 ヤキモチもほどほどに







 電車で大病院まで向かった白波さんと遠野さんは、その門構えに圧倒されたようだ。言葉を失っている彼女たちを、私は極めて自然体に振る舞う。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「だって、こんなに大きいんだよ!? 月之宮さんはこの建物を見ても何も感じないの!?」


「あら、そこまでのものではないじゃない」
 慣れ親しんでいる私が笑ってしまうと、白波さんはぷくっと頬を膨らませた。「もう!」と言われ、慌てて機嫌を宥めにかかる。


 菓子箱を持った遠野さんはフラフラとよろめいた。
「庶民を見下すような建物……これは、月之宮さんの別荘を見た時のデジャヴ……っ」
「別に見下してなんかいないわよ! 一般の患者さんだって受け入れているんだから、変なこと云わないで!」


 頭痛を感じながら突っ込むと、東雲先輩がたまらず笑い出した。声を抑えきれずに漏れている。失礼なことだとソッポを向くと頭を優しく撫でられた。
長い指先が、私の髪に触れる。
 ふん、そんなことされたって……。
拗ねたフリをしていたはずなのに、そこに含まれる甘さにいたたまれなくなってくる。じわじわ染まっていく頬の熱さに知らんふりしても、傍目にはバレバレだ。


「ほ、ほら! 大学病院と似たようなものだと考えればいいのよ! 富裕層だけ受け入れるわけじゃないし、ここは基本的には重篤な患者などや裏社会の人間を診る場所なの!」
「それって……」
 白波さんと遠野さんの顔色がさっと青くなる。
2人が何を考えたのかがすぐに分かったので、私は否定も肯定もしないことに決めた。あながち彼女らの思考も間違いではない。そーいう意味での銃創やアヤカシ関連など、この病院が社会に求められる役目は広範にわたる。


 自動ドアに向かって涼やかに歩いていくと、みんなは遅れて付いてきた。病院の受付で私の名を出すと、受付嬢は顔色を変えずに意味深に頷く。
どうやら、アヤカシの患者は一般の入院病棟に移ったらしい。そのことに眉を潜めるも、まあ、彼らの正体が露見するようなヘマをするところではないだろうと口を噤んだ。
聞くところによると、2人で同じ部屋を使っているようだ。


「では、行きましょうか」
「はい!」
 東雲先輩が視線を前に向けてそう言うと、白波さんが元気よく返事をする。三つ編みを揺らした遠野さんが静やかに歩き出した。無論私も、だ。
高校生らしい制服を着た私たちはちょっと目立つ一行で、尚且つ妖狐の美貌は辺りにいる女性の人目を引いた。
そのことに少し不満を感じるものの、まさかこんな独占欲を剥きだしにしたようなことを言うわけにはいかない。知られたらニヤリとからかわれるだけだ。


 ああ、もう。なんだかどんどん欲張りになっていくみたい。最初の頃は生き残れればそれでいいと思っていたはずだったのに……。
これっていい変化? それとも、悪いこと?
そもそも、私と東雲先輩の関係ってまだ付き合ってもいないよね?
モヤモヤするものを抱えながら歩いていくと、エレベーターに乗って私たちは入院病棟まで移動した。


「ここかな……」
 2114号室。メモに書かれていた番号を探し当て、隙間の空いているドアに遠野さんがノックをしようとした時のことだった。
ひどくデレデレとした雪男の声が病室のベッドから聞こえてきたのは。


「だからな? オレは本当に高校の教師をやってるんだって。信じてちょうだいよ」
「えー、信じられない♪」
 若い看護師のお姉さんと会話をしている柳原先生の姿を見つけ、遠野さんが彫像のように凍り付く。
お姉さんの手元には点滴の道具があり、恐らくはその交換の途中でコミュニケーションをとっていたのだろう。問題は、彼女から世話を焼かれていた雪男が鼻の下を伸ばしまくっていたことだ。東雲先輩はため息をつき、遠野さんの横顔は般若のようになった。
 こ、怖い!


 カツリ、カツリと遠野さんの足音が氷点下になった室内に鳴った。


「だってゆっきーは全然そんな風には見えないしぃ♪」
「こら参ったね。信じられないっていうんならオレにも考えってもんが……」


「……いうんなら、の先は何ですか?」
 冷ややかな怒りを孕んだ声に、びくっと柳原先生は振り返る。私たちの姿を見つけた看護師さんは慌てて身を引くと、猛獣を見つけたチワワのような表情になった。


「あっ、この人たちって、ゆっきーの教え子さん!? 高校生だ!」
「あ、ああ……そそそ、そうだだななななな……っ」
 がくがく震えている柳原先生のところに近づいていく遠野さんは、驚くほどに感情の失せた顔をしている。


「……違います」
「え、でも制服を着て……」
「ち、が、い、ま、す」
 遠野さんの迫力に、看護師が一歩後ずさる。そして、何かを思い出したようなジェスチャーをして言った。


「あ、そうなんだ……そろそろわたし、別の患者さんのところに行かなきゃ! いっぱいお見舞いが来てくれて良かったね。じゃあね、ゆっきー!」
 不思議な看護師がいたものだ。
でも、もしかしたらこれは先生の良縁だったのではないだろうか? 遠野さんによって握りつぶされた感は否めないけれど。
同情を込めた眼差しを送っていると、柳原先生が遠野さんの機嫌をとろうとしているところだった。


「浮気……不潔……!」
「いや、誤解だ! 誤解じゃないけど違うんだ! 許してくれ遠野……っ」
 蔑んだ眼を向けている遠野さんに、ベッドの上で正座をして米つきバッタになっている先生。その様子を見て、私は思わず言った。


「あれ? もしかして大分治ってきた感じですか?」
 私の言葉に、みんなが一斉に柳原先生の方を見た。隣にいるはずの赤鬼は病室に姿がない。どこにいったのかと思ってると、雪男はにかっと笑顔になった。


「おう! 骨折も治ったし来週には学校に戻れそうだ!」
「はやっ!」
 あれだけの重傷を負ったはずなのに、一か月足らずで回復するなんて信じられない。蛍御前の提供した龍の血の効果に瞠目してしまうと、東雲先輩が嫌味を口にした。


「別にお前がいなくても何も問題はないがな。さして日常生活に支障があるわけでもない」
「そんなこと云わないでよお~、同じ生徒会の仲間じゃないか。東雲さーん」
「……気色悪い」
 東雲先輩に頬ずりをしようとした柳原先生が突っぱねられる。げんなりした先輩の顔色に私たちは思わず噴き出してしまった。
 くすくすと笑う。
良かった。思ったより元気そうで。
人間を守って怪我をしてしまった彼らに罪悪感を覚えていたから、すごく嬉しい。


「あの、八手先輩はどこに……?」
「それなら……」
 教えられたのは、入院病棟のある場所だった。









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