悪役令嬢のままでいなさい!
☆232 お見舞いに行きたい
柳原先生のお見舞いに行きたいのです、とクラスメイトの遠野さんの口から告げられて、私は少し動揺しそうになった。
真摯な目を向けてくる遠野さんには悪意はなく、ただ心配そうな雰囲気が発せられている。今回の事件の概要は公にされていない為、彼女もまた何があったのかを知ることはない。
……けれど、魔法陣の事件の際に柳原先生の正体を知っている以上、怪我の原因もアヤカシ絡みだと気付いているのは当然のことだった。
「お見舞い……、そう、お見舞いね」
「はい」
こくりと頷いた遠野さんは、気のせいかはつらつさに欠けている。
それはそうだろう……あと少しで十二月だ。半月も好きな相手の顔を見ていなければ誰だって鬱っぽくもなろうもの。
遠野さんを雪男に対面させることは問題ではない。先生だって喜ぶだろうし、むしろ心が充実して回復も早くなるかもしれない。
それでも多少迷っている私に、隣にいた白波さんがにこっと笑った。
「月之宮さん、私もお見舞いに行きたいかな」
「……そ、そうなの?」
「うん。せっかくだからみんなで行こうよ」
白波さんの言うことが決め手になって、私はため息を堪えて作り笑顔を浮かべた。そうなると、今日の部活は欠席かな……喧嘩した希未と顔を突き合わせるのもなんだか気分じゃないし。
近くにいる鳥羽は微妙そうな表情をしている。
「俺は、パスするわ」
「無理に一緒に行かせはしないわよ」
柳原先生と戦った記憶はないながらも、どこかバツの悪さのようなものは引っかかるらしい。そうなると、このメンバーで行動するのは全体的な戦闘力が低くなるかもしれない。だったら、東雲先輩に電話して……と。
スマートフォンをタップして、私は生徒会長に連絡をとる。数回のコールですぐに出た彼に事情を説明すると、護衛役として一緒に来てくれることを快諾してくれた。
『すぐにそちらに参ります』
「ありがとうございます、先輩」
ほっと息をつくと、白波さんは痛ましそうな顔で鳥羽の方を見ていた。
ゆらゆらと瞳の湖面が揺れて、憂いが宿っている。
「……白波さん……?」
「えっ、あっ、月之宮さん! もう電話はできたの?」
パタパタと両手を振って取り繕った笑顔が返ってくる。しどろもどろになっている彼女の耳に私は囁いた。
「鳥羽のことで何か……あるの?」
「ぅ、ううん。何にもないよ。何にも……」
そのわりに、悲しそうに見えるのは何故だろう。
唇を少し噛んだ白波さんは、クラスからいなくなった鳥羽の後ろ姿を目で追いながら俯いた。
「鳥羽君……、ホントにみんなお父さんのことを忘れてしまったんですね」
その言葉に、チクリと私の胸までもが痛んだ。
消滅後には神の関係者の記憶にしか残らないという、願成神。それを父として育ってきた鳥羽の記憶からも、思い出はすでに消え去っている。
何故白波さんの頭には残っているのか――その事実は簡単で、彼女は神様の名前を何者かによって呪いと共に植え付けられているからだ。
その名を盗まれた本来の持ち主である神の正体は、どうやら状況的証拠により私のものであったというところまでは判明している。
私は月之宮家に遠く伝わっている人外の血が濃く現れた半神として生まれたことを、全て都合よく忘れてしまっていたことがすごく不気味で……、何者かの強い意志と策略を感じざるを得ない。
一体誰がこのような面倒なことをしたのか。本当にこの世界はゲームの世界なのか。
ハッキリ言って、私の記憶しているシナリオからは現実が大きく逸脱してしまっている。だが、私が何度かアヤカシと戦うことになったのは事実だし、その点においては大筋を踏襲しているわけだ。
けれど、もしも私が何者かによって記憶を捏造されていたとしたら、この前提はどこまで信用できる?
私は入学式の晩に思い出した前世の記憶は、どこまでが本当のものなの?
「月之宮さん……?」
深く考え込んでいた私に、白波さんが伺うようにこちらを覗き込んでいた。そのブラウンの瞳と目が合ったので、ハッと我に返る。
「あ、ええと……」
何の話だったっけ。そうだ、鳥羽の話をしていたんだ。
「……2人とも何を話している、の?」
不思議そうな顔をしている遠野さんに、私は慌てて誤魔化しに入る。
「何でもないのよ、ね? 白波さん」
「うん、そうだよ。ななな、何でもないの!」
この態度に、遠野さんが不満げに私の腕に抱きついてきた。
「……なんでも全部話して、とは言えないけど……。少しは、こっちの気持ちも考えて、ほしい」
「遠野さん?」
「……知らない間、に怪我をされたりするのは……心配だし、絆が深まっているのを見るのは、ちょっと仲間はずれの気分。本当は私だって、分かち合いたい」
「違うわ、私は遠野さんを危険に巻き込みたくないだけで!」
そんな、ないがしろにしたいわけではないのよ!
「……それが悔しい」
私を見る両目に熱っぽさを浮かべ、拗ねた顔つきの遠野さんは長い三つ編みを躍らせる。そのまま街中のカップルがするように腕に絡みつき上半身をくっつけてきた。
それを見た白波さんが、
「あ、じゃあ私も!」と言って同じように真似をする。
両手に花。右と左に重石をつけることになった私が困惑していると、生徒会室から歩いてきた東雲先輩が私たちの姿を見て露骨なため息をつくことになった。
「こんなところで何をやってるんですか、八重……」
呆れ半分の彼に私は言った。
「そんなこと云われましても!」
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