悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆223 山林の乱戦



 舗装されていない山道に着地した私たちは、いつになく森の静けさを感じた。土と木々の匂いがして、足元には秋に落ちた木の葉が積み重なっている。
ふと指先で拾い上げてみると、青いドングリが幾つも転がっていた。


「八重さま、ドングリがこんなに沢山!」
「……拾っている暇はないわよ」
 ドングリ拾いに夢中になりそうな松葉を制止して、私は大事に抱えていた神剣に被っていた布を外す。青銅色の刀身を振りかざし、私は呪を唱えた。


「……急急如律令、基霊粛練指!
纏阻傷痛損身、補力腕脚――異装、剣刃!!」
 肉体に封じていた霊力を解放し、私の髪がパチパチと音を立てて変色する。
剣に伝導させた霊力が集い、エーテルが白く発光した。ぐにゃりと形を変えた神剣は、銀色の刀に具現化した。
威圧するように異装した日本刀を見て、松葉が怯えた顔つきになる。


 私はそれを見て、ふん、と鼻を鳴らす。
やはり、小刀を使っている時よりも安定して具現している。霊力の伝導率も比べものにならないし、そう易々と砕けたりはしないだろう。
何より、蛇行剣の場合は攻撃の出力が小刀よりも遥かに上回るのだ。霊力が尽きない限り、フルパワーで戦うことができる。
戦いの途中で壊れるんじゃないかとおっかなびっくり霊力を加減して流さなくてもいい。それがどれほどありがたいことか分かるだろうか!
冴えていく脳内は、アドレナリンでどくどく云っている。自分の心を落ち着けようと思って防御結界も張ることにした。


「急急如律令、基霊粛練指ノ――結するは、ヘキ!」
 ふんわりと風船みたいに揺れる柔らかな結界が3人分出現する。頼りなく見えるけれど、これでも大抵の攻撃は受け流せるはず。


「反応があるのは、あっちの方向じゃの」
 目を閉じていた蛍御前が指をさす。そちらを睨んだ松葉が微妙な声で、
「そっちは崖下だけど、飛んでいくわけ?」


「いや、そんなことをすれば敵に気付かれてしまうじゃろう。歩いて近づくしかないの……」
 嫌そうな松葉は、しゃがんだ姿勢でこれ見よがしにため息をつく。
いかにも気が進まないのをアピールしているカワウソの拗ね方に、命令してでも動かすべきか思案していると、不意打ちで遠くから何かが爆発したような音が鳴り響き、度肝を抜かれた私は視線を動かした。


「なになに、何事!?」
 尻もちをついた松葉が仰天している。
崖の向こうの森では、炸裂音が幾度も鳴り、それにびっくりした鳥の群れがギャアギャア鳴いて逃げていくところだ。


「あの方向で、誰かが戦ってる!」
「この音って、まさか……」
 矢も楯もたまらず、正体を察した私は崖を下ろうとする。
それを阻もうとした蛍御前や松葉を置き去りにして、木の根っこを掴みながら強行突破しようとしていると、ふわりと身体を風に持ち上げられて一段下の道路に降ろされた。


「ありがとう」
 そうお礼を言って、私は強化された脚で走り出す。
目的地まであと少しなのに我慢なんてしていられなかった。






 刀を持って藪をかき分け、小さな切り傷をつけながら道なき道をゆく。流れる川を越え、崖を下りた私の耳に聞こえる戦闘音が大きくなってきた。


「……八重」
 しっ、と蛍御前が口元に指を当てる。
身をかがめ、息を潜めて前方を見ると、開けた空間があった。
 突風が吹く。
その発生源に顔を上げると、黒いツバサで滞空している黒髪ポニーテールの少年を見つけてしまう。傷だらけになり、着物は血で滲んでいる。日本刀を持ち、灰鼠色の袴を履いていた。


「まだ諦めないのか……、しつこいねえ」
 そんな声が聞こえたと思ったと同時に、人影が動く。残像混じりにナイフを振るったその相手と戦っているのは、同じように刃物を持った人物だ。
西洋鬼と天狗を相手に、妖狐が1人で戦っていることに気付く。常軌を逸したことに得物はダガー。それを振り回しているのだ。


「東雲先輩……っ」
 思わず声を出してしまい、白熱していた戦いをしていたアヤカシ達が私たちの存在に気が付く。
余裕のない妖狐が私を視認して顔を歪め、鳥羽は唇を吊り上げた。


 その時、天狗の周りの空気が動いたのを感知した蛍御前が私を地面に引き倒す。
「伏せるのじゃっ!」


 ――斬撃。
私たちの隠れていた1本の木に鋭い風刃が幾つも突き刺さる。その衝撃で斜めになった太い樹木が倒れていくのを見た松葉の顔色が悪くなった。
咄嗟に残った物陰に逃げ出込みながら、カワウソは叫ぶ。


「八重さま! やっぱりボク帰っちゃダメ!? あんなの無理だって!」
「ダメに決まってるでしょ!」
 この期に及んで一体何を言いだすのか!
鳥羽が相手なら大丈夫とか偉そうなこと言ってたくせに!!


松葉は悲鳴を出して逃げ惑う。その途中で根っこにつまづいて切り株に頭をぶつけていた。
冷や汗をかきながら刀を引き抜いた私は、自分に向けられたカマイタチを切り捨てた。
一閃、剣によって風の攻撃が霧散する。


「…………!」
 放った異能が破られたことに鳥羽は驚きの表情になった。
面白い。と言わんばかりにゆらりと立ったグールはこちらを見る。


「わお、可愛い子ちゃんなかなかやるじゃない?」
 吐き捨てるようなセリフに、肌が粟立つのを感じる。憤然とした面持ちの東雲先輩が、私を庇おうと立ちはだかった。


「この娘には手を出すな……。全く、どうしてこんな場所に来たんだ、八重!」
 責める物言いをされて、私は裏返った声で必死に弁明をする。


「私は……、白波さんを助けに……」
「余計なことを!」


 冷刻にもきらめく西洋鬼の2本ナイフが、こちらを向く。
稲わら色の髪が躍り、ブラッドピンクの瞳が興奮に燃える。素早く繰り出される剣尖を応戦しながら、東雲先輩は火の玉を爆竹みたいな音を立てて爆発させた。
それを避けながら、ウィリアムは疾駆する。


「はァァア!」と鳥羽が絶叫し、数えきれないくらいの風の刃を乱れ打ちにする。その速度に、東雲先輩のガードが間に合わない。誰かを守りながら戦うというのはそういうことだ。私を咄嗟に抱きしめた彼の身体に攻撃が突き刺さるのを覚悟した瞬間、それがまるでキャンセルでもされたかのように何者かによって打ち消された。


 宙に浮かんだ神龍の呆れた言葉が辺りに響く。
「……やれやれ、妾のことを忘れられては困るぞえ」
「お前は……生来神の神龍、か」
 不愉快そうに眼を細めた鳥羽は、侮蔑的な口調を含んでいた。蛍御前は水色の髪を振り払い、得意げに笑う。


「そなたの遠当ては全て妾が打ち消そうぞ。せいぜい地面を這いずって泥臭く戦うがよい」
「ハッ、できるもんならやってみやがれ!」
 地面に降り立った鳥羽は、腰に下げていた鞘から日本刀を引き抜く。ギラギラとした眼差しで、切っ先を私たちに向けた。
 瞬、
鋭利に飛んできたカマイタチを私が切断する。


「八重!」
「私のことは心配しないでください!」
 東雲先輩の後ろから飛び出した私は、剣にエネルギーをチャージしながら振り回す。血が高ぶったまま、叫んだ。


「白波さんはどうしたのよ!」
 鳥羽の目がわずかに揺れる。


「……もう死んでいる」
「…………!」


「こんなところまで無駄足だったなあ? 月之宮」
 それを聞いた瞬間、私の身体から漏れる霊力が荒れ狂った。
天地がひっくり返るような気持ちになって、心が黒く染まっていく。漆黒の怒りに烈しく燃えていく。
私は、焼き切れてしまいそうなほどに熱く激怒した。


「殺す……っ お前は、ここで私が殺してやる……」
「できるものならやってみろよ、うすら陰陽師」
 狂気に呑みこまれそうになりながら、私はここで初めて自分で決めていた己の限界が砕けていくのを感じた。
無意識にとどめていた自分の霊力が、人間を超えた質量まで膨れ上がる。爆発しそうなエネルギーが己の肉体から溢れて火花を散らした。


「はああああああああああァ――!」
 絶叫を響かせながら、私と鳥羽が刀をぶつけあった。







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