悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆190 キャットファイト





 一週間後、二年Bクラスでは、一心不乱に劇の台本の執筆に取り組む遠野さんの姿が見られるようになった。先生から直々に頼まれたということで反対する人はおらず、忙しいクラスメイトたちはむしろ厄介ごとを引き受ける人物が現れたことにホッとしていたくらいだった。
そして、出来上がった端から読んで推敲する役目は――遠野さんに好かれた私の役目となった。


「ど、どうかな……?」
「うん、いいんじゃない?」
 顔を赤らめながら、恥ずかしそうに遠野さんがもじもじしていた。私の手にあるのは、舞姫の身完結台本だ。
恨めしそうにしている希未が、ジト目でそっぽを向いている。それを宥めているのは白波さん也。


「遠野さんはアレンジとかは入れようと思わないの?」
「私、元々舞姫のストーリーが好きだから……」


「そっか。そういうことなら、このまま原作通りにしてもいいかもね」
 会話をしている私たちに、希未が歯を食いしばっている音が聞こえてきて、ちょっとびくっとしてしまった。
そこに、後ろから近づいてきた鳥羽がひょい、と私が読んでいた原稿を取り上げる。ページをパラパラ捲った彼は、目を細めて言った。


「……遠野、ここに誤字発見」
「え……嘘っ」
 慌てて覗き込んだ遠野さんに、鳥羽がシャープペンでチェックをした原稿を返す。「……文章のまとめ方としてはいいと思うけどな」とも添えた。


 カラメル色の髪をハーフアップにした白波さんが、感嘆の溜め息をつく。
「みんな読むのが早いぃ……」
「これぐらい普通だろ」


 鳥羽がへっと不敵に笑う。付き合っている白波さんの頭をぐりぐり撫ぜ、その首元に揺れるパワーストーンのペンダントをつまみ上げた。


「お、ちゃんと付けてんじゃん」
「えへ、鳥羽君に貰ったものだから」
 そう言っている鳥羽の首には、今日はお揃いのペンダントが見当たらない。それを指摘しようとしたところで、彼はしかめっ面で自分のポケットからそれを取り出した。


「俺のやつ、わっこのとこが壊れちまったんだ」
「ちょっと見せて?」
 白波さんの手に、鳥羽のペンダントが渡る。それをひっくり返したりしながら観察していた彼女は、安心させるような笑みを浮かべた。


「これなら、家に手芸の材料があったから直せるよ。私が直してきてあげるね、鳥羽君」
「わりいな、助かる」


 仲睦まじい彼らの姿を見聞きしても、不意に私は自分の胸が痛まないことに気が付いた。
ドクン、ドクン……と鼓動に耳を澄ませても、そこにキュッとするような切なさは含まれない。僅かな淋しさがかつての名残を思わせるだけで……、私はなんだかやるせない笑顔を溢してしまった。
 これでいい。
これで良かった。そう思える。


「月之宮さん……?」
 髪を耳にかけた遠野さんが、熱い眼差しをこちらに注ぐ。私の様子に何かを察知したのだろうか。


「なんでもないの。それより、この台本すごくいい出来だと思うわ。遠野さんには文才があるのね」
「……原作を、まとめ直すだけだから、才能とかは関係ないと思う……でも、嬉しい。ありがとう、月之宮さん」
 綻ぶように笑った遠野さんは、私の隣の椅子に座り、さりげなく肩を寄せてくる。まるでデートをしている恋人のように私の腕をとった文学少女に、希未が目ざとく割り込んできた。


「……なんで邪魔をするの」
 ムッとした遠野さんに、希未がイライラしながら眉をつり上げる。


「あのねえ! 八重は私の親友なの! なんで前科のある遠野ちゃんにポジション奪われなくちゃならないわけ!?」
「……それとこれとは別問題。私と月之宮さんは愛し合ってる。本命も月之宮さんもちゃんと両方幸せにする」


「むきーーーーっ! まず日本人としておかしい!! アンタの頭もおかしすぎる!」
「……私の愛は、沢山あるから、大丈夫」
 ドヤ顔の遠野さんに、鳥羽が呆れた視線を送った。白波さんはそろそろと目を逸らし、希未はヒステリーを起こしかけている。
ここ一週間というもの、何度も生じたやり取りだ。


「八重は女! 遠野ちゃんも女なの! アンダースタン!?」
「……同性愛が認められるまで、私は、頑張る。……一生かけても、法律が変わらないのなら、国籍を変えてもいい」


「八重の一生がそんなことで終わってたまるか!」
 希未が叫ぶと、鳥羽がつくづく感心したように呟いた。


「月之宮も、変な奴にばかり好かれるよなあ……」
「云わないで」
 私の頭が痛くなる。それに対し、彼はマジメくさった風情で、


「これ以上妙な奴に気に入られたら、お前どうする? 俺たちの仲間の中には、今までよりもっと流血を好む種類の奴もいるんだぜ?」


「それって松葉よりも?」
「……さあ?」


 そんなの冗談じゃない!
私が鼻筋のシワを深くすると、鳥羽はゲラゲラ笑った。手に持っていたベースの弦に指をかけると、綺麗な音で弾いた。


「鳥羽は、バンドの練習は順調なの?」
「おう」
 ニヤッと笑った鳥羽が、流暢にコードを鳴らす。その板についた演奏の仕方に、私は見惚れてしまった。


「もっとも、まだ曲を覚えるとこまでいってねえんだけどな。選曲に揉めててよ」
「それは……納得しちゃう」
 あのメンバーとは音楽の趣味がまるで違うものね。彼らはアニソンが好きなオタクだし、鳥羽は海外などのロックが好きなことを私は知っていた。


「文化祭までに追い込めばどうにかなるだろ。習うより慣れよだ」
「そう?」


 習った方が早くない?
訝しんだ私が首を傾けると、白波さんがクスクス笑う。
それにつられて私が微笑んでいると、視界の端で希未と遠野さんがキャットファイトを始めたのが飛び込んできた。


「八重の一番の親友は私なの!」
「……下剋上は辞さない」
 希未が右ストレートを振りかぶると、遠野さんは三つ編みを揺らして爪でひっかこうとする。うわあ、両者ともに容赦ない。


「……こんな場所で暴力はダメだよぉ!」
 教室じゃなかったらいいんですか? 白波さん。







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