悪役令嬢のままでいなさい!
☆178 アクセサリー作りの才能
放課後の第二資料室。
暑さが和らいできた夕刻間近に、水泳部から出張してきたキャロル先輩がオカルト研究会アクセサリー製作の監督役を担ってくれた。
アクセサリー作りと簡単にいってもやはり組み立てるにはセンスと知識と才能が必要らしい。自宅から先輩が持ってきた手芸本を参考にしながら、そこにアレンジを加えていくようなのだが、私にはまるでチンプンカンプンだった。
「――つまり、ここで潰し玉で止めた後に、ワイヤーが見えないように始末をつけやがりますのよ。お分かり?」
「こんな感じで通していけばいいですか? けろる先輩!」
「バカ波は筋がいいですわね! 後、人の名前を両生類みたいに呼ぶのを止めなさいと何度云わせやがる気ですの?」
「ば……っ」
仲のいいやり取りでブレスレットを製作している白波さんとキャロル先輩を横目に見ながら、テグスで編もうとしていたビーズが弾けて床に落ちてしまった私は、くっ……とうなだれてしまう。
明らかに私には、こういう細かい作業の才能がない。限りなく0だ。皆無なのだ。
ちなみに、器用な鳥羽や言いだしっぺの希未はすいすい順調に組み立てているのに、私の式妖の松葉は作ろうとする端からビーズが零れ落ちている。……おい、こんなところで主従で似てどうする。本人はすごく悔しそうに歯ぎしりをしているのが見るからに気の毒だ。
ビーズなんて扱ったことのない八手先輩はどう組み立てたらいいのか最初から理解できていないし、戦力になりそうな東雲先輩は生徒会の仕事でここにはいない。
乗り気でない夕霧君は、黒い布団の中で爆睡していた。
私と松葉の足下には、キラキラ輝く銀の粒が散乱しており、ちらほらとそこにソロバンビーズも混じっている。これを拾い集めるだけでも根気が必要そうで、キャロル先輩が何故床の掃除から始めたのかが容易に理解できた。
もしもここに埃が落ちていたら、その上に散らばったビーズと混じってしまうだろう。やっぱり衛生環境というのは大事なのだ。
「あ~、もう! こんなのやってられるか!」
やがて、逆ギレした松葉が作りかけのアクセサリーをテーブルの上に放り出して、態度悪くも脚を組んだ。
「あっ! 何やってんの、瀬川!」
それを見咎めた希未に、松葉が舌を出す。
「こんなのボクみたいな男子のやるような作業じゃないね! 浅ましく儲けたかったら1人でやればいいことだろっ」
「はあ!? 何をへ理屈捏ねてんの? はじめた時には楽しそうにしてたくせに……」
「やってみて分かったんだよ。これは男の仕事じゃない! そこの間抜けカラスみたいにプライドまで売り渡すような真似はボクにはできないし?」
その言葉を聞いた鳥羽が、カチンときた表情になる。
明らかに苛立った様子の彼は、作業を続けたままでこう呟いた。
「自分が作れねえからって、負け惜しみにも程があるぜ。主従揃って下手くそだからって喧嘩を売ってくるなよ。迷惑だ」
「八重さま! こいつ調子に乗ってこんなこと云ってますよ!」
無言でビーズを編もうとしていた私の指先から、チェコビーズが弾けて飛んでいった。鳥羽の軽口を無視していればいいのだと分かっていても、むしゃくしゃした気分は抑えきれずに、私はボソッと口を開いた。
「……ねえ、鳥羽。ビーズ細工をちょっと上手に作れるからって見下すのは止めてくれないかしら?」
「はん? 見下すだって? ……あーあ、月之宮の作品、すっかり売り物にならなくなっちまってるよ。こりゃ酷いや」
顔をしかめた鳥羽の物言いに、一斉にみんなの視線が私の手元へ向く。ぐちゃぐちゃに絡まって団子のようになったテグスのなれの果てをサッと私が隠そうとすると、それを見咎めたキャロル先輩が鼻筋にシワを作った。
「まあ! なんてヒドイ出来でやがりますの!」
あなたの言葉遣いも同じくらい酷いと思いますが!
言うに云えない反論を呑み込んだ私の顔色が白黒すると、ずいっと前のめりにキャロル先輩が腰に手を当てて迫って来た。
そうして、隠そうとしていた私製の無残なテグスの塊を手に取ると、あの手この手で批評をしようとして……言葉にならないというように深々とため息を吐いた。
「これはもう、作品とも呼べませんわね。使ったテグスもタダじゃないのに……立派なゴミ以外の何だと云えますの?」
「えーっと……」
私は返答が思い浮かばずに空笑いを浮かべると、搾りだすようにこう訊ねた。
「……弁償しますか?」
「それは不要ですわ」
私の提案を日本刀の鋭い居合いさならがらにスッパリ却下したキャロル先輩は、小さなハサミを手渡してきてテーブルに置いてあったケースにビーズを戻すようにと視線をやった。
「あ、解体してここに戻せばいいんですか?」
「そうですわ」
イライラしたキャロル先輩の言葉に、首を竦めて私がパチン、パチンと細いテグスの糸を切り離しにかかる。そうしているうちに、鳥羽は豪華にきらめくビーズのブレスレットを1つ完成させた。
「月之宮。お前は赤字製造機だ。もう、これ以上作品を作ろうとするんじゃねーぞ。はっきり云って材料の無駄だ」
「そこまで云うことないじゃない……」
なんでこんな嫌味な奴が好きだったんだろう。
胸がきゅっと苦しくなりながらも、私はくすんと鼻を鳴らして手元の片付けに集中する。そこに松葉が自分の分の失敗作をさりげなく押し付けてきた。
「八重さま、ついでにボクのも解体しておいてよ。全く、こんなみみっちいことやってられないからさ」
「ちょっと瀬川!」
「栗村センパイが珍しく女々しい活動をやりたがるのはともかく、男のボクがやることじゃありません。もう帰りますから」
フン、と鼻で笑った松葉が、鞄を肩に引っ掛けてオカルト研究会の部室から立ち去っていく。それを唖然として見つめていた希未の目の前で扉がガチャリと閉まると、彼女は口をへの字にして地団駄を踏んだ。
「あ、い、つぅ~~! 部員のくせに文化祭を何だと思ってるの!」
「少なくとも、一獲千金のお金儲けの場ではないと思うわ」
松葉の消えていった方向を見ながらジョジョ立ちをした希未の悔し紛れの言葉に、私はため息をついて適当に返した。
惰眠を貪っていたはずの夕霧君が、今の騒ぎに寝返りを打って上半身を起こす。気だるげに辺りを見渡して生欠伸を堪えた。
「ふわ……、騒々しいな」
「ちょうどいいところに起きましたわね」
寝ぼけまなこの夕霧君を捕まえたキャロル先輩が、口端をニヤリと上げた。そして、高笑いをしながら彼に出来あがったアクセサリーを突きつける。
「どうかしら! これならオカルト研究会らしい出来だと思いませんこと?」
「……これは……水晶か」
「ビーズの代わりに、一部を小さなパワーストーンに置き換えてみましたの! 凄いでしょう、凄いでしょう! もっとあたくしを称えなさいな!」
餌を見せられた夕霧君の目元がキラリと光る。
「水晶に、タイガーアイに、フローライトのストラップに……こ、このブレスレットはチェリークオーツを使ったのか……」
「……あら、よく安価なローズクオーツと間違えなかったこと」
「これぐらい見れば分かる……」
ニヒルな笑みを洩らした夕霧君には悪いけれど、ギラギラした瞳で舐めるように石を眺めている彼は何だか一種の変態に見えた。
「作ったのは殆ど俺なのに、なんでキャロル先輩が偉そうにしてるんだよ」
「そりゃ監督役だからだよ、鳥羽」
釈然としない様子の鳥羽に、希未がひらひら手を振った。
口元にはカロリー補給のポッキーが咥えられ、齧りながら食べ進められていく。
どうでもいいけど、希未のダイエットの予定はどこに消えたのだろうか。
この調子だと……、また失敗かな。
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