悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆172 オレはお前さんを待っているから



 希未がそれを言い出したのは、ホームルーム間近の朝の出来事だった。
「やっぱりアクセサリー作りにはアドバイザーが必要だよね」
にしし、と笑いを洩らした彼女に、白波さんに予習のノートを見せていた私が視線を上げる。


「そうかしら?」
「そういうもんだって。気軽にアクセを組み立てるにしても、余分な材料を買ったら赤字になっちゃうよ。白波ちゃんはこういうの得意そうだけど、やっぱり指導者はいるにこしたことないよね!」


「……心当たりはあるの?」
「私にまっかせなさい!」
 胸を叩いた希未は、朗らかに笑う。いつもだったらそこに白波さんの笑みも加わるところだが、今のヒロインはお勉強中だった。


「フ……、ふぁす……」
「fascinate――……を魅了する、よ」
 舌足らずな白波さんの言葉を私が補足すると、彼女は瞬きをして自分のノートに急いで書き込んだ。今日の授業で当てられても大丈夫なように、抜けがないかチェックしていく。
……うん、こんなところかな?


「お疲れさま、白波さん」
「ふええ……焦りましたぁ……」
 優しく笑いかけると、白波さんはぐったり机にうつ伏せになる。そこに滲んでいる冷や汗が切迫していた心理状態を示していた。
少し拗ねた素振りの遠野さんが、唇を尖らせる。


「……白波はズルい。……私なんか……、これを訳すのに2時間もかかったのに」
「はいはい。ヤキモチを焼いちゃダメだよ、遠野ちゃん。君は自力でなんとかなる人なんだから」
 それを宥めるように希未が頭を撫ぜると、遠野さんは白波さんを睨みながらもこう呟いた。


「……白波も白波。いつも、月之宮さんにばっか頼んで……私だって、もしも、見せて欲しいって頼んできたら大丈夫なように頑張ったのに」
「おうよ?」
 ぶすっとした遠野さんに、希未が睫毛をパチパチと動かす。


「……遠野さん、私に見せてくれるつもりだったの?」
 驚いた表情の白波さんに、遠野さんはソッポを向いた。
「……結論。やっぱり白波はズルい」


「どういう意味!?」
「馬鹿だし、鈍いし、私の憧れている月之宮さんをいつも独占してるし……」
「遠野さんはいつも吹奏楽部で忙しくしてるからしょうがないじゃない!」
 白波さんは、遠野さんから向けられる好意に気付いたのか、うっすら頬を赤くした。彼女達の会話に対し、希未が不満そうに口を開く。


「何を勘違いしてるのか知らないけど、八重を独占してるのは私だし! この燃え盛る感情は誰にも負けないからねっ 愛だよ愛!」
 芝居がかった口調でボリュームたっぷりな発言をした希未に、私は反射的に叫ぶ。


「あー、もう暑苦しくてうるさいわね! そんなことぐらいで大声出さないでよ!」
「そんなこととは何だい!」
 抱き付いてきた希未に、首の後ろから手を回される。そして、私の背後から眼光を光らせて白波さんに威嚇をし始めた。
 アンタは鳥獣の類か!


「……おい、栗村さんや。見苦しい嫉妬はそれぐらいにしときなさんな」
 クラスにいた雪男の柳原先生が、苦笑いで希未の頭をぽすっと軽く叩く。


「……柳原先生」
「なんだか面白そうな話をしていると思ったら……なに? アクセサリー販売だって?」


「そうなんですよ、先生!」
 むふっと希未が満面の笑みで飛び跳ねた。両手を広げ、プリーツスカートは膝の上で楽しげに揺れる。


「文化祭に文芸部のみんなで、手作りアクセサリーを販売しようと計画してるんです!」
「へえ、売り子さんは誰がやるんだい?」


「それは持ち回りになりますけど……、交代でやることになるかな~」
 ふーん、そうなのか。と柳原先生は唸る。目元を隠したグレーの髪はいつも通りにボサボサだが、遠野さんの目にはそれでも格好良く映るらしい。
文学少女からは傍で見ていても分かるような熱視線が雪男に注がれている。


「まあ、大きな赤字はでないように頑張ってくれよ。勿論、クラス企画のことも忘れてもらっちゃ困るからな?」
「分かってますって! ところで、何の劇をやるかはもう決まったんですか?」
 元気な希未の問いかけに、柳原先生が微妙な顔になる。


「それが、いざ選ぶとなると中々決めあぐねてな……。候補としては、ルイーザ・メイ・オルコット辺りが無難かと思っているんだが……」
 遠野さん以外の人間はその名前を聞いてもよく分からないようだったが、私にはピンときた。
 なるほど、若草物語か。
メグ、ジョー、ベス、エイミー、ローリー。
頭で考えても誰を配役に当てはめたらいいか、すぐ納得がいく。


「でも、大人の考えで守りに徹しすぎるのもよろしくないような予感がしてな……」
 それなのに、先生の顔つきは厳しいものだった。どこに悩む要素が残っているというのだろう……と訝しく思っていると、そこに遠野さんが微笑みながらも訊ねる。


「……台本は、先生が書くんですか?」
「え? オレとしては、てっきり遠野が書くものだと思ってたんだが」
 先生の言葉に、遠野さんが驚きの表情を浮かべた。口元に指先を当て、困ったように囁く。


「そんな……」
「ん? やりたくないのか?」


「……やりたくないというより、できません。……こんな根暗で成績の低い私なんかが書いたものでは、誰も納得しません……」
「でも、国語の成績は飛び抜けて良かったろうに。チャレンジしてみるのはいいことだと思うけどな」
 柳原先生が笑う。それを眩しそうに見た後に、遠野さんは気持ちを隠して俯いた。頬は林檎のように赤くなり、恥ずかしそうに小さな声で言う。


「それは――……だから――、」


 聞き取れない言葉は、多分先生にも肝心な部分は伝わらなかったろう。雪男は、残念そうにしながらも、口端を上げて遠野さんにこう言った。


「まあ、心変わりをするようなら教えてくれ。いつまでもという訳にはいかないが――オレは、お前さんを待ってるから」
そう言って、先生はすれ違い様に儚く微笑った。







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