悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆170 青春と電波ソング



 全ての授業が終わって部室に顔を出すと、そこには夕霧君と東雲先輩と松葉がいた。互いの会話はなく、それぞれが好きなことをしている。
例えば夕霧君の場合はウェブサイトの改良だし、東雲先輩は多分生徒会の仕事だろう。松葉は楽しそうに音ゲーをしている。
カチャカチャ、カチャカチャ。


「……どうも」
 ドアを開ける物音に視線を動かした東雲先輩に会釈をすると、相手は気まずそうに沈黙してしまう。彼の内心で様々な葛藤があることを察した私は、居心地の悪さを感じながらもパイプ椅子を引いてなるべく離れた場所に座った。
 重くて、苦しい。
……過去のことを知る前より、今の方が東雲先輩との精神的な距離は遠ざかった気がした。


 そこに、愛らしい声が響いた。
「待たせちゃってごめんなさい。すぐにお茶を淹れますね!」
 私と一緒にやって来た白波さんがにこやかにケトルに入れる水を汲みに第二資料室から出て行く。荷物を下ろした鳥羽もいるけれど、何故か希未はここにいない。用事を済ませてから来るとか言っていた気がする。


「よお、夕霧」
 時間を貰ってもいいか?
そう訊ねた鳥羽に、陛下が瞬きをした。静かな頷きが返ってくる。


「実はさ、俺、後夜祭で発表をする軽音楽部の連中にバンドに誘われたんだけど……」
「そうか」
 シルバーフレームの眼鏡を上げて、夕霧君がうっすらと笑う。


「兼部をするなら、自由にやってくれて構わない。部長の俺に断ることはないぞ」
「……いや、そこまでの話じゃなくってさ。文化祭のピンチヒッターとして誘われたんだよ」


 それを聞いた松葉が、音ゲーを途中で放り出して終了し、鼻で笑った。
「お前がバンドをやるって? 聞くに堪えない騒音を作り出すだけじゃないの?」


「瀬川は黙ってろ」
 引きずってきたパイプ椅子にあぐらをかいた鳥羽が、夕霧君の隣でガシガシ頭をかいた。その不良のような姿にも素っ気ない陛下は、おざなりにこう言った。


「なら、尚のこと俺に気兼ねする必要はないじゃないか」
「問題はここからさ」
 息を吸いこんだ鳥羽が、すごく嫌そうに呟いた。


「その声を掛けてきた軽音の奴等、よく話を聞いてみたらオタクバンドを組んでたんだよ」
「ほう」


「しかも、やりてえ曲とか聞いてみたら……だな……」
 そこで頭を抱えた鳥羽が、搾りだすように唸る。


「……萌える電波ソングを生演奏したいとか、何とか変なことを言ってるんだ……」


 電波ソング?
宇宙と交信でもしながら歌うのだろうか?
知らない単語が出てきた私が首を捻ると、意味を知っているらしい松葉は腹を抱えて爆笑した。


「なるほど、事情はよく分かった」
 勝手に繋いだ校内のネット回線を使って、夕霧君が動画サイトにアクセスをする。そこから1本の動画のリンクを踏むと、あっという間に件の曲を見つけてしまった。


「電波ソングというのは、萌えの要素が強調された電波的な曲だ。オタ芸と相性のいい物もある。広く知られているのはこんな感じの物だろうな」
 陛下がノートパソコンの角度を変えて見せてくれたのは、どこかの見知らぬ学校の文化祭の動画だった。女装をした男子生徒等がライブ会場のステージで歌いながら踊っている。テンポは速く、観客のオタクによって異様な盛り上がりを見せていた。


 鳥羽が普段聞いてる英国ロックバンドとは真逆の方向性をいった、なんというか……萌える曲調をしている。
それを見た松葉が何を想像したのかゲラゲラ笑い始め、癇に障った鳥羽によって近くにあったペットボトルを投げつけられた。


「……軽音の連中、こんなものを俺に歌わせようとしてたのか……」
「ま、ある層の人間には人気が高いんだがな」
 沈痛の面持ちになった鳥羽に、陛下は肩を竦める。
こういうのもあるぞ。と呟いて幾つかの曲をそのまま連続で部室に流し始めた。
1曲目、2曲目、4曲目になる頃には白波さんの汲んで来た水はお湯に沸騰し、彼女の真心のこもったお茶が一同に行き渡った。


 進学校の文化祭で電波ソングなるものを演奏して歌おうとするとは、予想以上に軽音部の方々は勇気が溢れていらっしゃる……いや、校長先生の神経を逆なですることに長けているものだと逆に感心してしまう。
歴史と外聞を気にするこの学校の管理職からしてみれば、これが実現したら悪夢以外の何でもない。交通事故に遭った元ボーカルがいなくなった理由は推して知るべし、といったところだ。


 音楽を聞きながら黙ってお茶を飲んでいると、そこにどこかへ居なくなっていた希未が満面の笑顔で部室にやって来た。
「みんな~、遅れちゃってごめんね! ちょっと文化祭実行委員会と話をしてたんだ!」
 ツインテールを振り振り、彼女は踊るように腰に手を当てる。


「何をやってたんだよ」
「にしし、ちょっとお金の匂いがすることを嗅ぎつけたもんだからね」
 あくどい笑顔になった希未に、白波さんが慌てて紅茶を用意しようとする。それを横目に見ながら、私は小首を傾げた。


「お金の匂い?」
「そ。さっき実行委員とも話をつけてきたんだけど、文化祭では部活の方でも何か出し物を用意することが奨励されているのよ!」
 ガッツポーズをした希未に、夕霧君が表情を変えず反抗するように電波ソングのボリュームをぐいっと上げた。


「うるせえ、夕霧!」
 鳥羽の文句にも、魔王陛下は聞き入れようとしない。
大音量になったスピーカーの側で、警戒する野生動物みたいな目をしている。


「つまぁり! 文化祭の露店で商品を売って、大儲けするチャンスが到来するってわけよ!! 目指すはみんなで焼肉食べ放題!」
 それに対し、大声を出した希未が力強くこう言った。
また何か思いつきで私たちを振り回そうとしている。以前に闇鍋に放り込まれた白波さんが、怯えた表情になった。


「ねえ! 白波ちゃん、面白そうだと思うでしょっ」
 強引に希未から同意を求められ、
「……は、はいぃ……」
と、白波さんは目を泳がせながら返事をする。彼女が希未に逆らえた事例なんて殆ど存在しない。必然的に今回も巻き込まれることは決まっていた。


「焼肉が食べたいのなら、これぐらい奢ってあげますが?」
 訝しげな顔になった東雲先輩に、希未がチッチッチと指を振る。


「それじゃつまらないじゃないですか。これは1つのゲームなんです。私たちの力で稼いで打ち上げをするから楽しい……ビバ、『青春』!」
 声高く張り上げられた単語に、部屋の中が静まり返った。




 これを聞いた松葉がソワソワと、
「せ、青春の為なら仕方ないか……」と呟く。


 白波さんはうっとりと、
「青春ってことなら、しょうがないよね……」と頬に手を当てる。


 東雲先輩はため息をつきながら、
「そういうものなのですか、一般の青春というものは……」と腕組み。


 そして私も、
「これが青春なら、参加せざるを得ないわね」と吐息を洩らす。
各々に納得してしまった私たちに、冷静な鳥羽が突っ込んできた。


「いや、お前ら『青春』って言葉に弱すぎるだろ!」


「そうかしら?」
 私の生真面目な顔に、鳥羽が頭を抱えた。
 だって、青き春の為なら仕方ないわよね。どうせならちゃんと味わってから卒業したいものよね。……何を隠そう、高校生の私たちは往々にしてこの言葉に一定の憧れのようなものを持っていた。


「……で、栗村は文化祭で何を売るつもりなんだ?」
 呆れ果てた鳥羽の質問に、負けん気の強い希未はふんぞり返って叫んだ。


「アクセサリーとストラップ作り!」
「内職か!」


 鳴り響く音楽に、頭がおかしくなりそうだ。
目くばせで陛下に音を小さくするように促すと、彼は渋々それに応じた。明らかに拗ねている。ヤル気も皆無だ。


「だって、調理室はもう予約で埋まってたし、ドリンク販売はバスケ部がやるし、屋台のノウハウはないし、私たちにもできることってなると、これぐらいしか無かったんだよ」
「普通そこまでやることが無かったら諦めないか?」


「あ、ちなみに器用な鳥羽は主戦力だから逃げないでよね」
「俺の自由意思はどこに消えたんだよ! クラスの劇といい、メンドクサイことばっか提案して増やしていきやがって……っ」
 どんどんスケジュールが埋まっていく鳥羽が歯ぎしりをしていると、可憐な白波さんが彼に訊ねた。


「バンドの方はどうするの?」
「断るに決まってるだろ。折衷案が浮かぶとも思えねえし……」
「勿体ない……」
 少し期待していたらしい白波さんが鳥羽の言葉にしょんぼりする。おやつを取り上げられたコーギー犬さながらだ。
この会話を耳にした夕霧君が、ゆっくりと瞼を開けた。


「折衷案ならないこともないぞ」
「は?」
 訝しんだ鳥羽に、若干拗ねた様子の夕霧君がその一言を放った。


「電波ソングをボーカロイドの楽曲に変更できないか交渉すればいい」
――静かになった部室に、そのセリフがやけに響いて聞こえた。







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