悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆168 食べるんじゃなかった鳩サブレ

 なんとなく無茶なことだと分かっていたけど、桜の余命を聞いた私の意気消沈はしばらく継続した。本来なら数百年は生きられる植物だということを知ってしまったが故に、すっきりしない気持ちで落胆してしまったのだ。
……なるべく、時間の空いた時にはあそこに通うことにしよう。
 次の日、学校に行くとクラスには、菓子袋を抱えた鳥羽が先に登校していた。どことなく機嫌がいいようで、大きなクッキーのようなものをボリボリ食していた。


「おう、しけた面してんじゃねえよ。月之宮」
「……アンタはやけに元気そうね」
 何かいいことでもあったの? と呆れながらも訊ねると、ニヤッと不敵に笑った鳥羽が菓子袋から1枚の鳩サブレを取り出して手渡してきた。


「まあ食えよ、……軽音の奴等から貰ったんだ」
 私にとってどこか懐かしい見た目のパッケージを渋々開封して、さっくりと歯でかじる。そのまま素朴な甘さのクッキー菓子をおめざに食べながら、視線で話の続きを促した。


「それがな、後夜祭のステージでバンドをやるはずだった軽音の連中が、いなくなったベース兼ボーカルの代役を探してるって相談してきたんだよ」
「何それ、どうしてそんなことになっちゃったの?」


「免許取りたてのバイクで事故って骨折したんだと。それに加えて、方向性の違いもあるとかなんとか……気の毒なことだぜ」
 それは可哀そうに。
肩を竦めた鳥羽は、その辺りに頓着している様子はなかった。


「……で、器用な俺のことを噂に聞いて代役をやらないかって持ち掛けてきたってわけだ。すげえだろ、バンドのボーカルだぜ? このサブレは、お礼に貰った」


 私は、ちょっと感心する。
「鳥羽が楽器を弾けるなんて初めて知ったわ」と言うと、


「……前々から思ってたんだけど、ギターとベースって結局何が違うんだろうな」と首を捻りながらの天狗の言葉が返ってきて、一転、太平洋横断航海に乗り出す古代ポリネシア人を目撃したような心地になった。
 私は、アチャアと目元を覆って項垂れる。
その言動を聞く限り、助っ人を頼まれた天狗は初心者以下だった。


「……そんなことで大丈夫なの? いくら文化祭まで一か月以上もあるといったって、安請け合いにもほどがあるじゃない!」
「いけるいける。そんだけ期間が残ってるんなら練習すれば間に合うさ」
 ケケケ、と笑った鳥羽はこちらの話を聞こうともしていない。腰に手を当て、バンド活動で活躍する自分を今から夢想しているようだ。
見ているこちらとしては不安しかない。何か落とし穴が無ければいいのだけど。


「……おっはよー」
 その時、教室に入って来たのは、私の親友の希未だった。ぶすっとした表情で、ふてくされた雰囲気をしている。


「どうしたの? 希未、元気ないわね」
「え? そうかな? いやー秋になったっていうのに、今日も暑いねえ。夏バテになりそうだねえ!」
 空笑いが返ってくる。家族と喧嘩でもしたのだろうか。少し気になりながらも笑いかけると、取り繕ったような笑顔を浮かべられた。


「……悩み事でもあるのなら、相談に乗るわよ」
「そんなのあるわけないじゃん。私の取り柄はいつでも元気なことですからっ」
「あっそ」
 ……だったら別にいい。
ガッツポーズをしてみせた彼女は、いつも通りの笑みを作っていた。どうにも弱みを見せたがらないところに歯がゆい思いにならなくもないけど。


「おう、栗村。これ1枚食べるか?」
「……ん? 何これ、鳩サブレ? もち、食べる食べる!」
 明るい茶髪のパーマをかけ直したツインテールを揺らし、希未は嬉しそうに鳥羽からサブレを受け取った。


「わはし、ひょうは朝食抜いてひちゃったからさー、助かっらよ。あんがと!」
 咀嚼しながらこんなことを言った希未は、サブレを食べ終わると机から駄菓子を取り出す。まさか、それだけで午前中を乗り切るつもりだったのだろうか。
私が呆れにため息を洩らす。


「不摂生な生活してるわねえ……」
「まあ、半分以上は独り暮らしをしているようなもんだからね。作る気力が今朝は沸いてこなくて!」


「あら、希未のお父さんはどうしたの?」
 聞き逃せない一言に私が突っ込むと、希未は明らかに口が滑ったといったような表情になった。もしかして、父親の外泊が多くなっているのだろうか。


「……まあ、あの人はいつもあんな感じというか、さ。私も好き勝手に生きてるし、相手もそれどころじゃないっていうか?」
 希未はオレンジ味のキャンディーを舐めながら微妙な顔になる。私には聞かせたくない内情だったのかもしれない。


「……寂しくはないの?」
「どーだろ。へへ。私は、こうやって八重の側にいられれば幸せだからなあ……」
 そーですか。
頬を少しだけ赤くした希未が、てへへ、と可愛らしく笑う。その無邪気な笑顔に心が洗われる思いになった私がそっぽを向いた。
なんだか照れくさくなったから。自分の存在意義があることに嬉しくなったから。
しばらくして、登校してきた白波さんも鳥羽からサブレを貰っていた。


 この時点では、誰も予想もしていなかった。
まさかの展開ってのは、いつも突然にやってくるらしい。






 あっという間に食事を終えた鳥羽を追いかけた昼休み、軽音部の部室からはチューニングの音が流れていた。
クラスから遠く離れた第3音楽室に呼び出された鳥羽に同行した私たちは、そこに置いてあるドラムだとかスピーカーだとかの楽器や機材に目を丸くする。
壁には萌えキャラのポスターが何枚も貼ってあり、机にはほとんど裸のフィギュアが並んでいる。中には美少女の頭にロボットの下半身になっている物とかもあった。そのグッズ群を見つけてしまった時点で何だかとても嫌な予感がした。




「――はあ!? オタクバンドッ!?」


 丸メガネをかけた軽音部の同学年の男子からコンセプトを説明された鳥羽は、のけぞりそうになりながらこう叫んだ。


「……あれ? 僕ら、そう云ってなかったかな?」
「聞いてねえよ! むしろ説明されてたら速攻で断ってたっつーの!」
 嫌悪感を丸出しにしている鳥羽に、相手の人たちが困った顔になる。ものすごく太ったドラマー男子に、ギター担当のもやしっ子男子。リーダーは、シンセサイザーの丸メガネ男子がやっている模様。


「……ナナナ、ナんでそんなにオタク文化を嫌がるんだだだヨ。……いい、今は昔よりカルチャーとしては広まってきて、キテるじゃないか。せっ戦艦にまで萌える時代なんダゾ」
「はっ、これだから一般人は」
「萌えの何がいけないんだい? ちょっと三次元より画面の向こうの二次元が好きなだけじゃないか」


 反論してきた軽音部(多分この人たちが特殊なだけだと思いたいけど)に、ドン引きの鳥羽は身を震わせる。ため息をついた希未が、ボソッと呟いた。


「多分、その何もかもが受け付けないんだと思うよー……」


 白波さんが、目をパチパチさせながら美少女のフィギュアを眺める。
「月之宮さん、こういうのって裸のまんまで売られているのかな……」


「どうだったかしら?」
 私もその方面に詳しい訳ではない。あまり直視したいものではないけど、なんとなくこういうものが高額なことくらいは知っている。


「そそ、それは僕が魔改造したものなんだナ。ほっ本当はもっと露出を増やしたかったところを、部長に怒られたからこの程度で我慢しているんだナ」
 肥えた腹を揺らし、軽音のドラマーの男子が頬を赤くして誇らしげに語る。オタク心で公序良俗に違反しそうになったところを止められたらしい。
瞬いた白波さんがフィギュアを眺めているのを、鳥羽がすごく嫌そうにしている。


「おい、陳列された猥褻物を観察するのはその辺にしとけよ、白波」
「伝統のコレクションにそんな言い方をするのは止めてくれないか」
 丸メガネの男子が不服そうな表情でこう口にした。神経を疑う、と云わんばかりの顔つきをしている鳥羽は、それに口端をひくつかせる。


「だってこれ、セーフかアウトかで判断したらラインギリギリのところだぞ」


 もやしみたいな男子がそれに反論をした。
「セウトなんだから別にいいじゃないか。誰に迷惑をかけてるわけでもあるまいし。――(放送禁止用語)とか、――(放送禁止用語)の部分が、――(放送禁止用語)になっていたらマズいだろうけどさ」


「堂々と、――(放送禁止用語)とか女子の前で喋るなァ!」
 叫んだ鳥羽の様子に、丸メガネの軽音男子がニヤッと笑う。


「まさか、鳥羽君ってそのナリで純情なの? こんな程度の言葉でうろたえるなんて、意外だなあ……」
「そーいう問題じゃねえよ! 段々お前らの存在自体がこの学校の闇になりつつあるのが分かんねーのかよ!」


「安心してよ。僕たちもみんな三次元の女子には縁がないんだ。例え女の子といつも一緒にいて浮ついた青春を送っている君を苛めたくなったとしても、ちゃんと未経験同盟に加えてあげるから」
「なんで俺が仲間扱いになってんの!? お前らの目は節穴なのか!?」
 打てば響くようなリアクションの鳥羽に、希未が同情するような眼差しを向けた。
 ポン、と彼の肩に手を当てて、希未は慈愛の微笑みをそっと浮かべる。


「――早く卒業できるといいね。鳥羽」
「殺されてえのかてめえ!」
 苛立った天狗の目が血走っていたのが、実に気の毒だ。
いつ忍耐力が切れてしまうのかと傍で見ていて結構ハラハラしたのは仕方ないだろう。
いい気味だと笑うには、なんだか可哀そうだと思ってしまった。







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