悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆167 日差しが斜めになった放課後





 日差しが斜めになった放課後に、私たちは部活を休んで電車で神社に向かった。軽自動車に乗るには些か人数オーバーだったので、人の力で向かうことになった。
白波さんに、鳥羽に、希未に、私。遠野さんは忙しくなった吹奏楽部の練習でここにはいない。
いつも通りの組み合わせで雑談をしながら電車に乗り、忍ばせる期待に祈るような思いで私は白波さんを神社に呼び寄せた。


「……ここってもしかして、幽霊桜のある神社ですか?」
 不安に顔を強張らせた白波さんは、怖々と呟いた。


「なんだ? その幽霊桜ってのは」
 怪訝な面持ちの鳥羽に、白波さんが説明をする。


「この近辺に伝わる都市伝説の1つなんだけど、誰もいないはずの神社に幽霊が住み着いてるんだって。どこからか視線を感じるって人が沢山いるものだから、ここの桜が怨霊化したんじゃないかって噂になって……」
「はーん。さてはお前、怖いんだろ?」


「そ、そんなことないもん!」
「……で、ここに本当に悪霊って奴はいるのか? 月之宮」
 鳥羽の質問に、私は冷やかな対応を返す。


「いるわけないじゃない、そんなもの」
 まあ、その正体が姿を隠し隠形をしていた東雲先輩だということは教えなくてもいいだろう。それにしても、迷惑な噂話だ……、そんな風評が流れているからこの神社が取り壊されることになってしまったのではないだろうか。


「……行っても呪われないよね?」
「俺に聞かれても困るって」
 首を鳴らした鳥羽が笑うと、白波さんもおずおずと笑みを零した。
希未が好きそうな話題だと思ったが、意外にも親友はこの話に食いつくことは無かった。どこか神妙な顔つきで石階段を上っている。


「…………希未?」
 声を掛けても、返事はない。
考え事にふけっているのだろうか。


「のぞみ?」
「え……あ、何? 八重」
 心配になって再び声を掛けると、今度は彼女の耳にも届いたようで、墨が滲んだような苦笑いが返ってきた。


「……大丈夫?」
「……何が?」
 ケラケラと笑い声を上げた希未の手の平は、寂しそうに空いていた。
 感傷に浸っているようにも見えた。
それを私の手で繋いであげたい心境にかられたけれど、そんなことを突然やったって驚かれるだけだろう。


「おい、月之宮……。話してた桜の木ってあれのことか?」
 朱塗りの鳥居をくぐった鳥羽が、ぴくりと眉を動かす。意味ありげに目くばせをされて、視線を遠くにやると葉っぱを茶色にした桜の大樹が見えた。
半分以上は根元に散りつもり、残った葉も枝から今にも落ちそうになっている。ちょっとした風が吹けば全部飛ばされてしまいそうだ。


「……これは、ヒドイな」
 そう呟いた鳥羽も、痛ましいものを見る顔になった。息絶えそうな生き物に直面した時の反応だ。


「おかしいよ……。今は九月なのに、なんでこんなことになっちゃってるの?」
 泣きそうになった希未が、呆然と立ち尽くしている。声が震え、口は真一文字に結ばれた。
 そんな希未の姿に違和感を抱えながらも、すがる思いで私は白波さんにお願いをする。


「……ねえ、白波さん。……この桜、どうにかならないかしら?」
 コントロールできているわけではないとはいえ、白波さんは植物の神に由来する異能を一時的に預かっている人物だ。ここまで死が目前に迫った桜が生き返るとするなら、そんな奇跡を起こせるのはこの世界の主人公である彼女くらいのものだろう。
都合のいい主人公補正とか、そんな普段なら笑ってしまうご都合主義があるのなら、どうかこの願いを叶えて欲しい。


「……そうですね……」
 俯いてしまった白波さんは、以前に蛍御前がやったように桜の幹へ指先を伸ばした。撫ぜるように数センチ動かすと、悲しそうに呟く。


「……私には何もできません」
「……でも……」


「なんとなく感じるの。この木には、もう誰かがやって来て手を施してくれた感じがするっていうのかな……私にできることは残ってないの」
「……誰かが異能を使った跡があるってこと?」
 白波さんがコクリと頷く。
 ――誰がなんの為に。
驚きに桜を二度見するも、あの時のように会話ができるわけではない。沈黙していた鳥羽が腕組みをして、こう言った。


「白波。神子のお前の体感では、この桜の寿命はあとどれぐらいだ?」
「……多分、1年ぐらいだと思う」
 長いようで短いその期間に、私は涙が出そうになった。それを見せないように手で擦ると、私は不器用な作り笑顔を浮かべた。


「……ありがとう、白波さん」
「あの……、その、何もできなくてごめんなさい」
 本当にすまなそうに白波さんは頭を下げてくる。心のどこかでは、分かっていたことだ……。ダメで元々だったのだから仕方がない。


「それにしても、この桜に手を施そうと思う異能所持者が俺たちの他にも、この近辺にいるってことか? ……明らかに変だろ。そいつにとっては一体何のためにそんなことをする必要があるんだよ」
 批判的な口調で警戒するように鳥羽が言った。


「……心当たりがないこともないわ」
 もしかしたら、東雲先輩が自分の伝手で行ったことかもしれない。その場合は、こちらから必要以上に踏み込まない方がいいだろう。
 もしくは。


「それってさ……白波ちゃん以外に、神子がもう1人いるかもしれないってこと?」
「俺はそんな話は聞いたこともないぜ」
 厳しい眼差しになった希未が、ツインテールを揺らして前のめりに言う。その言葉に、天狗は首を捻った。


「わ、私以外にってこと?」
「あながち不可能な話ではないんだよな。髪などからフラグメントを複数生み出した神ってのも例がないわけじゃない。そいつが何を考えてるか分からないのが気持ちわりいが……」
 不安そうな白波さんに、鳥羽が唸る。
頭から冷たい水をかけられたような、言いようのない不安が忍び寄る。ぞくぞくとした感覚に襲われた私が息を詰めると、楽観的な鳥羽がこう言った。


「でもまあ、白波より下位のフラグメントなんざ気にする必要はねえだろ」


 その発言に白波さんが驚く。
「どうして、私より下って分かるの?」
「だってお前が持ってるのは神名だぞ? 異能を行使する神格の肝心な部分が白波に渡ってる以上、そいつは必然的にお前以下の能力ってことだ」


「そ、そうなんだ……」


 私たちを安心させようと、鳥羽は朗らかに笑って見せた。
「そいつの思惑は知らねえけど、今のところは気付かなかったことにしといた方がいいだろ」
その爽やかな笑顔に、私は気がかりなものを感じながらもぎこちなく頷いた。







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