悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆140 今日もセクハラの降りかかる







「え? 東雲先輩が部活をしばらく休むって云ってたんですか?」
 皆で買い物をすることが決定した放課後、まずは文芸部ことオカルト研究会に欠席することを伝えに行った際に聞いた言葉に、私は驚きが隠せなかった。


「ああ」
 私にそれを教えてくれたのは夕霧君だった。二年A組魔王陛下はパイプ椅子に腰かけてプログラム言語の教本テキストと睨めっこしながら、淡々とした返事をする。


「何か用事があるらしいが……詳しいことは知らん。生徒会の仕事でもたてこんでるんじゃないのか」
「そうなんだ……」
 無意識に自分の唇を人差し指でなぞってしまい、ぼっと顔が熱くなりそうになる。私ったら、一体何を連想しているんだろう。


「それで? 部活を今日は休みたいって?」
「え、ええ。そうなの」
 陛下はティーカップに入った安物の紅茶を冷ましながら、失笑をした。


「こんな自堕落な部活、いつだって自由に休んでくれて構わないんだけどな」
「まあ、それもそうかもしれないけど……。私がいないことで松葉が騒いだらよろしくお願いしようかと思って」


「あの問題児を? 連れて行くんじゃないのか」
 夕霧部長が不可解な面持ちとなった。
私はそれに曖昧な笑みを浮かべる。松葉が一年のホームルームを終えてここに来る前に、立ち去らなくてはならない。


「買い物をするには色々煩そうだから、内緒で置いて行こうと思って」
「また、……面倒なことをしてくれる」
 ノートパソコンにブラインドタッチをしながら、陛下はこちらから視線を逸らした。行きたければさっさといなくなれ、と云わんばかりの姿勢だ。部屋の中にいた八手先輩がぎょろりと瞳を動かしたので、私はそちらに会釈をする。


「では……、八手先輩も、さようなら」
「待て。月之宮」
 鬼から制止を食らった私がびっくりして立ち止まる。


「……その買い物には、白波もいるのか」
「はい、まあ――いますけど」
「……警護対象がいるんだったらオレも行こう。荷物持ちなり、男避けなり、自由に使え」
 え。八手先輩も来ちゃうの?
ガタリとパイプ椅子から立ち上がった鬼の先輩は、昭和っぽい自分のぺたんこの鞄を肩に引っ掛けてこちらを見た。これからすることに迷いもないようで、存在感のある佇まいだ。


「ええ、ええと……うええ?」
 オロオロした私にも、赤髪ビジュアルカットの大柄な彼は平然とした表情をしている。愛想に欠ける感じもあるけれど、その行動に悪意がないことは分かった。


「……では、行くか」
 誰かの影に控えているのが存外嫌になったのだろうか。八手先輩は、混乱している私に先導して部室の扉を開けて外に出て行った。


「あっ、月之宮さん。夕霧君は何て?」
「陛下なら、好きにしろって……って、八手先輩! 本当に私たちの買い物に一緒に来るんですか!?」
 私の悲鳴のような声に、一緒に行く予定のみんなが「えっ」と驚嘆する。
無表情で廊下に立っている八手先輩に、希未が呆気にとられた顔になる。


「え、八手先輩が買い物に付いてくるの……? 日之宮のご令嬢って陰陽師でもあるんでしょ? 鳥羽といい、八手先輩といい、アヤカシと一緒に選んだプレゼントってケチがついたりしない?」
「ケチがつきそうなアヤカシで悪かったな。だったら、俺は帰るわ」
 歩きながらそう呟いた希未の言葉に、鳥羽が不愉快そうに方向転換をして立ち去ろうとした。それに気付いた白波さんが、慌てて引き留める。


「帰っちゃダメですよお!」
「鳥羽が帰ったら……、数少ない常識人がいなくなってしまう。……プレゼント選びには、死活問題だと思う」
 遠野さんの囁きに、鳥羽は頭が痛そうな表情になった。


「……こんだけ女子がいるんだから、お前たちで何とかしろよ」
「嫌だなあ、鳥羽ったら。私たちにちゃんとした女子力が備わってると思ってるんだ」


「ねーのかよ!」
「えー? 実際の性別と女子力は、全く別問題だって知らないの?」
 にしし、とステップを踏みながら、希未が笑みを洩らす。
 そして力強くこう言い切った。


「おっぱいのある八重に女子力がないように! ワガママボディと女子力のベクトルは一致しないもので――――っ」
 躊躇なく私は希未の後頭部を殴り飛ばした。
 手加減はしてある。
暗黒面に堕ちそうな自分の口端をひくひくさせながら、その顔を覗き込む。


「……ちょっと希未? ――アンタ、こんなところで私に異装させる気じゃないでしょうね?」
「いやははは、顔が怖い。怖くなってるよ、八重?」
 ――怖くもなるわ!
ゴゴゴゴゴゴ……、と不穏な効果音とともに凄みをきかせている私に、下ネタを炸裂させた希未は冷や汗を流して怯えている。


「なるほど。猫かぶり月之宮にあるのは女子力ではなく戦闘能りょ……おっと」
 どこか納得しかけた鳥羽は、明らかにわざと口を滑らせた。


「……何か云った?」
「云ってません。ハイ」
 殺意をみなぎらせながら睨むと、鳥羽はキリッとした表情になった。


「胸……。戦闘力もお胸もない私はどうしたら……」
「戦闘力のことから離れなさいよ!」
 しゅんとしょげた白波さんに、私が叫ぶ。
私の猫かぶりと違って、あなたにはまごうことなき女子力があるんだからいいじゃない! この世界のヒロインに抜擢されてるくせに、贅沢なことを言うんじゃないわよ!


「……可愛いだけの白波は、たまに嫌味だと思う。私だって、胸はそこまでないし……」
 遠野さんが暗い表情でボソッと呟いた。


「ええっ 嫌味なんですか!?」
「……だからバカっていやだ。アホ波。アホ白波」
「そんなあ!」
 子供じみた悪口を口にしている遠野さんに、白波さんが眉毛を下向きにする。
そこに、ひょっこり復活した希未がニヤニヤ笑って白波さんにばふっと抱き付いた。


「そうだねえ。女子力っていわば才能のようなものだから。あんまりひけらかされると、どこに隠し持ってるのか探したくなっちゃうなあ……」
「ひゃん!?」
 そのまま、真っ赤になった白波さんの全身に希未が手指を這わせる。そのあげく、男子の前で彼女の制服の半袖ワイシャツの裾をまくり上げたり、スカートをめくろうとし始めた。


「ここ!? それとも服の中!? まさかスカートの下とか!!?」
「ん……、やめてえ!」
 目の前ですったもんだしている痴女を、私は険しい形相で白波さんから引っぺがした。鳥羽はこの騒ぎが始まってすぐに手のひらで両目を覆って見ないようにしている。八手先輩も表情は変えていない。


「いい加減にしなさい!」
「え~、だってえ」
 この悪魔の首根っこを掴まえると、希未は両手で頬を押さえて身をよじった。


「こんだけ白波ちゃんが可愛いと、お友達の私としてはちょっと過激なスキンシップもしたくなっちゃうっていうかあ……」
「そのうち警察に突き出すわよ」
 目を据わらせた私に、捕獲されたままの希未は唇をうにっと突き出す。反省の色はなく、少しだけ気まずそうだ。


「でも、八重だって気にならない? 白波ちゃんの女子力の源泉がどこなのか!」
「……そんな言葉でごまかされるとでも?」
 いや、確かにちょっとは気になるけど。
昔やってたCMのヤル気スイッチみたいに肉体に隠れている可能性は……ないわ。普通にあり得ないわ。流されそうになったけど、白波さんの身体にそんな摩訶不思議なものが潜んでたら人間の構造としておかしい。


「栗村さんのエッチ!」
 はだけそうになった制服を直しながら、白波さんが紅潮したままで叫んだ。


「え~? 今更気付いたの?」
「いくら友達だからって、やり過ぎよ。スキンシップにしたって自重しなさい」
 にしし、とイジワルな笑みを見せた希未に、私は苦言を呈す。
その時、怒っていたはずの白波さんはピタリと静止した。恥ずかしさで染まっていた頬が、違う意味で花開くように赤らんでいく。


「……『お友達』、かあ……」
 ……あれ? 白波さんの顔、この角度だとよく分からないけど――もしかしてニヤけてません?
 どことなく嬉しそう?
別世界にトリップしている彼女は置いとくとしても、


「……大体、希未。私のことを一番の親友だって云っておきながら、これはないんじゃない?」
 私がむすっとしながら文句を言うと、希未はにまっと笑った。


「あれ? 嫉妬? 八重ったら白波ちゃんに嫉妬しちゃってるの?」
「そんなことないけど」


「まあ、私も流石に八重のスカートをめくる勇気はまだないかな~って。私ってば本命は大事にする主義だし」
「……いや、そんな勇気は一生出さなくていいから。だからって白波さんに悪戯していいって理屈にはならないでしょ」
 私が微妙な顔になると、それまで黙っていた八手先輩が呟いた。


「……つまり栗村にとっては月之宮が本妻で、白波は遊びの女ということか」
 衝撃の発言に、希未が笑顔で答える。


「意味としては間違ってないけど、それって私がすごい外道みたいに聞こえません?」
「それを肯定する前に白波に謝れよ、お前」
 鳥羽がツッコミを入れた。


「……こんなこと云われてるけど」
「はえ?」
 てくてく歩いて辿りついた昇降口で、遠野さんがはあ、とため息をついた。
明らかにトリップしていた白波さんは希未の発言が聞こえていなかった。そのことに安堵すればいいのやら、希未の悪運に舌打ちをすればいいのか分からない。


「ん? 白波ちゃんはいつもアホ可愛くていいよね~ってみんなで話してたんだよ?」
「え、ええっと……えへ」
 にこにこ笑いかけた希未に白波さんは誤魔化されたけれど、そうは問屋が卸さない。清らかな妖精への狼藉の数々に、忍耐の限界が訪れた鳥羽が、希未の腕を関節技で絞めあげた。


「チョ、ちょちょちょ待っ――――、」
「待つわけねえだろ、このクソ女!」
 下履きに履き替える私の背後で、アヤカシに〆られた友人の悲鳴が聞こえたけれど、因果応報として放っておくことにした。


「ねえ、月之宮さん! 栗村さんが……」
「私には何も聞こえないから」
 ブラック聖人のような笑顔を作ると、白波さんが目を丸くする。
 白波さんは、もう私の友達にもなっているのだ。
他力本願で悪いけれど、ここは、鳥羽にしっかりとお仕置きしてもらおう。
踵を気にしている遠野さんがチラリと後ろを見たけれど、涼しくスルーしたのが印象的だった。







コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品