悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆102 鬼さんこちら、あなたの後ろにいるの



 どんな気をまわされたのかは知らないけれど、蛍御前はどうやら東雲先輩と私をペアにしたかったのだと理解はできる。けれど、感情では納得できやしない。
ここですんなり受け入れることができれば楽ができるのだが、かといってそうしてしまえば陰陽師として失格だ。
まあ、陰陽師の仕事自体が望んでやっていることではないので、天秤としてはのんびりしたい方に傾きつつはあるのだけど。


「……みんなはどうする?」
 私が訊ねると、柳原先生の手を掴んだ遠野さんは薄く微笑んだ。


「……私、は、柳原先生と一緒に巡りたい」
「いやその、遠野? オレは、教え子のお前さんとデートはできないんだが……って、ちょっと聞いてますかちほちゃん!?」
 意外な剛力で柳原先生を引っ張って先へ進み始めた遠野さんは、迷わない足どりをしていた。いやああああぁ、と悲鳴を上げた柳原先生が群衆に呑み込まれて消えていく。
 仮にもアヤカシだろうに、こんなに押しに弱くて大丈夫だろうか。


「あ、あの。月之宮さん……良かったら、私と一緒に遊園地を見て回らない?」
 遠い目で遠野さん・柳原先生ペアを見送っていた私に声を掛けたのは白波さんだ。恥ずかしそうにもじもじしながらも、頬はバラ色に染まっていた。
カラメル色の髪は光に透け、ピンクのシフォンワンピースは彼女の太ももを彩っている。どこから見ても完璧な美少女で、私は耳打ちされた言葉に目を瞬かせた。


「な…………」
 こ、これはYESと答えるべきだろうか。
 返答に迷いつつも、普通の高校生らしい休日の提案に心が動かされそうになっていると、


「――ダメだ」
と鳥羽が渋面を浮かべた。


「ちょっと、私の返事をとらないでよ。なんでダメなの?」
「ダメったら、ダメだ。月之宮と白波をべったり一緒に行動させたら、俺は東雲先輩とペアになっちまうじゃねーか。気まずいことこの上ないだろ」
 文句を口にした私にそう云って聞かせた鳥羽は、ちょっとだけ目が泳いでいた。建前はその通りかもしれないけれど、どうせ白波さんと思い出作りでもしたいだけだろう。男女の距離を縮めるには遊園地は恰好のシーンだ。


「そうですね。僕も天狗とペアになるのは御免こうむります。深めたい友情も存在しませんし、こちらから熨斗をつけてお断りします」
 当然だといわんばかりの口調で東雲先輩も言った。


「……鳥羽君と深めたい友情がないのなら、恋ならあるんですか?」
 白波さんが馬鹿な発言をした。あるわけないじゃないの、そんなもの。どんな発想に至ったのだろうか。


「……あんまり寝ぼけたことを言っていると殴りますよ? 僕が好きなのは八重だと再三申し上げているでしょう」
 いつも通りの東雲先輩のセリフだったのに、ハッキリ好きだと言われた途端に顔に血流が集まった。――かあっと肌が朱に染まってしまい、そんな自分にうろたえる。


「……? どうしました? 八重」
「いえ……。なんでも! なんでもありませんったら」
 この動揺が東雲先輩に悟られてたまるか。気付かれたが最後、なし崩しに交際まで持ち込まれてしまいそうな予感がひしひしとしている。まだこのアヤカシと処女を捨てる覚悟なんてできていない。




「ほら。白波、行くぞ。あっちでパンフレットを配ってる」
「う、うん……」
 ちょっと落ち込んだ白波さんを鳥羽が連れていってしまい、結局残ったのは東雲先輩と私だけになってしまった。これは、口には出されていないけど天狗が妖狐に気を遣ったのだ。
 白金髪の前髪を触りながら、
「なんだかデートみたいですねえ、八重。どう思います?」と東雲先輩が口にした。
「デートというか、これは2人でいるだけですから。恋心とかフツーに芽生えてないですし」と私が視線を逸らす。


「恋心が無くてもデートはできますよ。まあ、あるに越したことはないと思いますが」
 落胆したような気配を出しつつも、東雲先輩は苦笑いをする。
 Date、デート、でーと。と私が何度か心の中で唱えてみると、なんだかこの遊園地全体が異世界に包まれたように思えてくる。
そっか。恋心が無くてもデートってできるんだ。
…………。


「だったら、いいですけど」
 私の強固に作った壁に、東雲先輩が足止めされているのが見える。それは主に言い訳ばかりで構成されていて、じくじく漏れ出す痛みは徐々に甘さを増していくのに、無自覚な想いが溢れるのを食い止めてもいるのだ。


「では、決まりですね。君はどこを見て回りたいか希望はありますか?」
 不意打ちの言葉にドキリとしながらも、なるべく平静を装った。


「私もここに来るのはすごく久しぶりなんですけど……どうせなら、新しく入ったっていうシミュレーティッドスカイダイブとかをやってみたいかなって」
「それなら、アドベンチャーエリアを抜けた先にあるファンタジーエリアでやってますね。ちょっとパンフレットを貰っていきましょうか」
 頷いた私は、東雲先輩と共にパンフレットを配っているお姉さんのところに行く。赤いヒールに遊園地の制服のミニスカートを着たお姉さんは、私たちの手首に巻き付いているリストバンドを見て驚いた顔になった後、綺麗な笑顔でこう言った。


「本日はお越しいただきありがとうございます。こちらがクリスタルレインの無料パンフレットになりまーす」
 それほどにこの色違いのリストバンド型入場券はレアな品物ということらしい。
 差し出されたカラーパンフレットを手に入れると、列から離れた私たちは揃って地図を覗き込む。ドーナツ型に描かれた遊園地の図面は、南に入口があって北西に西洋風のお城、その近くに偽物の火山がある。みんなと待ち合わせている中央区というのがドーナツの穴の部分にあたるようだ。


「……ここからだと、乗り物を使うより歩いた方が早いかもしれません。あ、八重。そこの屋台でチュロスが売っていますけど食べますか?」
 私の返事がまだなのに東雲先輩は、甘い香りのする屋台でハニーチュロスを1つ購入してくれた。断るに断りきれず、戸惑いながら口に入れた揚げ菓子はサックリとした歯ごたえでかなり美味しかった。蜂蜜と砂糖のコーティグに濃くがありつつも、爽やかな甘みがプラスされている。


「美味しいものを食べるときの君は、いつでもいい顔をしますね」
 歩きながらチュロスを食べている私を眺めながら、妖狐は目を細める。自分でも食べればいいのに、口に運ぼうとしない。


「そうですか?」
「そうですよ。なんといいますか……とても可愛らしい表情になるんだ。あどけないというか、無邪気というか」
 私には似つかない言葉ばかりが耳に飛び込んでくる。きつそうな見た目をしているとよく云われるのに、あどけないという評価を貰えるとは思わなかった。


「あの……、気のせいじゃないですか?」
「どうしてそう思うんです?」
「だって、私って結構キツい性格をしてるって言われやすくて……。剣とかも振り回せますし、アヤカシとかもかなりの数を殺しているんですよ? そんな言葉は似合わないですよ」
 私が自嘲するように笑うと、東雲先輩は爽やかな笑顔を浮かべた。


「それは、八重のことを理解できない奴等の勝手な言い分でしょう。僕からすれば、君は意固地で繊細で……傷つきやすい女の子にしか見えません」
 意固地って……。
 私は自分が強くあらねばならないと思って生きてきただけだ。誰よりも強い人間になれれば、いつかは報われるような気がしていた。
鋼のような心になることができたなら、些細なことで一喜一憂することも、つまらないきっかけで傷つくことからも逃れられると信じてたのに。




「……で、お前はいつまで僕らの会話を聞いているつもりですか? 八手」
 東雲先輩の突然の険しい言葉に、私は驚く。妖狐のブルーの瞳は不機嫌に細められ、それが向く場所では空気が陽炎のようにゆらめいていた。
ぐにゃり、と空間が歪み、そこから一体のアヤカシが顕現する。希薄だった存在感が唐突に増し、赤髪で身長の高い鬼が気まずそうに顔を出した。
ビジュアル系の服装がよく見栄えしている。


「……すまん、月之宮」
 いきなりの謝罪を口にした八手先輩は、どこか意気消沈しているようにも見えた。その左手首には一日券が存在せず、どういった手段を使って私たちに付いて来たのか予想もできない。


「あの、なんで謝られたのか分からないんですけど……。教えてください。どうやって、無人島まで付いて来たんですか?」
「……極限まで存在を希薄にしして、ヘリコプターにぶら下がって来ただけだ。入場ゲートは屋根を伝って誤魔化した」
 ――あの高速ヘリコプターにぶら下がってきた!? どんな力技なんですか、八手先輩!
 蛍御前ですら遊園地には侵入するのに気が咎めると言っていたのに、その点については鬼は全く気にしないらしい。マイペースなこのアヤカシらしいと云えばらしい行動だけど。
 嫌な予感はしっかり的中したというわけだ。どうせなら、八手先輩も誘ってあげれば良かったのかもしれない。


「お前に頼まれたのに、オレは白波をあの女から守れなかった。むやみに人間を傷つけないという約束さえなければ、この木刀で殴ることもできたのだが……、結局、手をこまねいているうちに月之宮が白波を助けることになってしまった」


 鬼は黒檀の木刀を軽く振って見せた。彼によって物理的にあのおばさんが壊されなくて本当に良かったと心から思う。いくら気に食わない人間でも怪我をしていいというわけでもないだろう。
 私がため息をついていると、八手先輩は上目遣いでこちらを見ている。彼は、どうやら私が激怒すると思っているらしい。


「へえ……、それで、自分が役立たずだったことを謝罪しに来たということか」
 東雲先輩は皮肉気だ。苛立っているかのように、靴のつま先で地面を蹴っている。口調もなんだか粗雑だ。


「ああ」
 八手先輩は深く頷いた。彼には自分の余暇に使える時間が殆ど残っていないだろうに、そのことに関してはまるで気にしている様子もない。むしろ、こうして私の命令を聞いていることを楽しんでいる風ですらある。


「あの、私は全然気にしてませんから! あの場では私が出るのが一番早かったわけですし!」
「だが、オレが守ると契約していただろう。月之宮の手をわずらわせてしまったことはどう申し開きをすればいいんだ?」


「結果的に白波さんが助かったんだから、これぐらい別にいいじゃないですか。しかも、アヤカシに襲われたとかじゃなくて些細な人間同士のもめ事ですよ?」
 私が全く気にしていないことを伝えると、八手先輩はようやく眉間のシワを緩めた。咎めるつもりがないことが分かってもらえただろうか。


「そうか。お前の心はやっぱり広いな」
 広いか狭いかでいったら、自分ではわりと狭いと思うんだけど。感服したように鬼から云われても、あまり嬉しくはない。


「そこでしみじみとしていないで、早くこの場から消えろ。八重に執着しているのは分かりますが、僕らのデートを背後から観察されていたら落ち着かないんですよ」
 東雲先輩の低い声に、八手先輩は沈黙した。


「……2人は、今ではもう交際しているのか?」
「付き合ってませんったら!」
 力強く否定させてほしい。
 私の言葉に、八手先輩が薄く笑った。
では、またな。と言い残して、赤髪のアヤカシは再び姿を消す。少しだけ近景に違和感があるということはテレポートをしたのではなく、透明に近い霊体になって姿を隠しているらしい。そのまま空気に溶けるようにいなくなった鬼を確認して、私は肩の力を抜いた。


「あいつも融通がきかないというか、何というか……。ここまでの単細胞でよく私立慶水の入試を突破できたものだな」
 東雲先輩が憮然としている。彼は面白くなさそうにしているけれど、これまで漂っていた妙な緊張感がほどよく解消されて、私はなんだかホッとした。


「でも、八手先輩って勉強はできるんでしょう?」
「あれは日本史が得意なんだ。そこで点を稼いでいるだけで、数学などのバランスは余りよくない」
 三年の主席である東雲先輩はそう話してくれた。アヤカシなら誰でも頭がいいわけではなく、あくまでも個人差があるみたい。
それでも、国内随一の進学校の授業についていっているというだけで充分なんじゃないかな。


「ほら、八重」
 考え事をしていた私の前に、不意打ちで手が差し出される。長い指の綺麗な手は東雲先輩のものだ。驚いていると、彼は強引に私の右手を握りしめた。


「はぐれたら困るでしょう?」
 ひんやりとした風情のまま、白金色の髪をした妖狐アヤカシは笑みを浮かべる。そのかたい手の感触が伝わってきて、私はなんだか息を詰めてしまう。
男の人と手を繋ぐなんて今までに殆ど経験はなくて、それなのにこちらの心境などおかまいなしで東雲先輩はファンタジーエリアに足を向けた。







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