悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆89 クラスマッチ (4)



 鳥羽の顔色が変わった。私もさあっと血の気が引く。


「……あたくし、止めようかとも思ったのですけれど、なんだか不穏な空気でしたからあなたたちに早く報告した方がいいと思って……。やっぱり、自分で止めた方が良かったかしら……」
 そうまくしたてているキャロル先輩を放置して、鳥羽は急いですのこの上で外靴へ履き替えると、ダッシュで現場へと居なくなった。戸惑う遠野さんが、私の耳に囁いてくる。


「月之宮さん、白波さんを連れていった子って……」
「多分、遠野さんの考えている人物だと思うわ」
 私はそれに頷くと、自分も慌てて靴を履き替えた。そして、パンパンになった上履き袋を抱えると、遠野さんやキャロル先輩を置き去りにして校舎裏に向かって走り出す。


 一目散だ。
すぐに、先行していた鳥羽に追いついた。


「鳥羽! 私、白波さんを連れていった相手に心当たりがあるわ」
「何か知ってんのかよ。月之宮」


「さっき、私に向かって妙な言動をしていた女バレのクラスメイトがいたの。白波さんと同じチームを組んでいた子よ!」
「……そいつか、犯人は」
 鳥羽が舌打ちをした。


 ……私はどうして、白波さんの元に向かっているんだろう。現場を収拾するだけだったら、天狗が1人いればいいだけなのに。
好きでも嫌いでもない、鬱陶しいだけの人間をわざわざ助けるメリットって何だろう?


私と白波さんは友達でもなくて、ただの知り合いで、むしろ近づきたくなかったはずなのに……。
 混乱する頭でそんなことを考えていると、突然、鳥羽が校舎裏付近で立ち止まった。


「…………?」
「……なあ、月之宮。ここでハッキリさせておきたいんだけど、お前って、白波のことを友達だと思ってるのか?」


「…………なんでいきなり、そんなことを聞くのよ」


 向きなおった鳥羽は、どこまでも真剣な眼差しだった。
風が吹き、黒髪のポニーテールがなびく。焦げ茶の瞳が、懐かしそうな色を宿す。その姿に、私はこんな最中だというのにドキリとした。


「お前も知ってると思うけど、白波が女子に呼び出されるのは初めてじゃないんだ。もう、何度も繰り返してる」
「……だから……?」


「だから、お前が白波にとって何なのか知っておきたいんだ。あいつは、月之宮と友達になることを目標にしてるみたいだけど、こういう時に味方してくれるとは限らないだろ」
 腕を軽く組んだ私は、鳥羽の言葉に俯いた。背丈の高い私は、この天狗とどっこいどっこいなくらい身長がある。こんな素振りをしても女の子らしくはならないんだろうな、と自虐的な発想になった。


「……分からないわ」
「は?」
 今の心境を上手く言葉に表現できるだろうか。どこかためらいながらも、一句ずつ喉からしぼり出していく。
これで軽蔑されたら、私はしばらく立ち直れない。


「だから、自分でも分からないって言ってるのよ。情も湧いてきているけど、白波さんとはまだ本当の友達だとは思えないの。でも、どこかほっておけないっていうか……」
「おい、あいつは捨て犬かよ」


 鳥羽のツッコミで、白波さんに犬耳が生えたところを想像してしまった。どこの萌えフィギュアだ。さぞかし似合うんでしょーねえ、もう!


「……軽蔑するかしら?」
「いや、意外と白波とお前の仲が進展していたことに正直ビックリしてる」


「し、進展なんかしてないわよ!」
「意地を張るなよ」


 そう言われて、私は絶句した。まさか、この複雑な感情は白波さんに籠絡されかかってるとでもいうのだろうか?
……それはマズい。非常にマズい。
 この世界の元になったゲームでは、私は白波さんに好感を抱いた結果、アヤカシとの仲を妨害するために(人間の世界に連れ戻すために)バトルすることとなるのである。
そんな風に魅了されたら、身の破滅になってしまう。


歩きながら頭を抱えて無言で苦悩していると、鳥羽が不思議そうな眼差しを返した。アンタには分からない悩みですよ!全く!


「……しっ」
 あともう少しで校舎裏というところで鳥羽が、自分の口元に人差し指を当てた。私が耳をそばだてると、曲がり角の先で人の声が聞こえてくる。校舎の陰で身を隠し、こっそり覗き込むと、そこにはへたり込んだびしょ濡れの白波さんと空バケツを手に持った女子グループが居た。


 白波さんはジャージのままだけど、彼らはもうとっくに制服へ着替えている。
その4人グループの中でも、恐らくリーダー格とみられる女子が声を張り上げる。その見た目は、見覚えのあるベリーショートだ。


「だっから、大人しく退学しろって言ってんでしょ!?」
 ヒステリーを起こしているみたいだ。


「どうやって鳥羽君や月之宮さんに取り入ってるかしらないけどさ、アンタ……正直、存在だけで超迷惑してんのよ! 運動音痴なアンタのせいで、バレーボールも2回戦までしか進めなかったのよ!?」


 キンキンと響く大声でそう言ったリーダーは、白波さんの足下に空のバケツを投げ捨てた。白波さんの全身がずぶ濡れになっているのは、彼女たちに冷たい水をかけられたらしい。


「キャッ」
「可愛子ぶってんじゃないわよ! アンタみたいなバカがこの学校に入れるわけないでしょ!? 何か卑怯な手を使ったに決まってるんだから!」
 他のグループの女子が、それに賛同する。


「どんな裏口入学したのか正直に云ってくれれば、あたしたちも優しくしてあげようかと思ったんだけどさ……、隠そうとするからいけないんだよ? あたしたちだって、こんなこと本意じゃないんだ」
 嘘つけ。


「…………」
「この学校の偏差値が、バカ波1人のせーでレベルが下がっちゃうんだよね。序列が他のライバル校に抜かれるかもしれないんだよ? それって、真面目に頑張ってる人たちにとってはすごく迷惑で屈辱的なことなのよ。お分かり?
それに、裏口入学1人のせいで、この学校を目指していた受験生が入れなくなったんだよ? それについては、申し訳ないって思わないのかな?」
「…………」


 鋭い言葉をぶつけられても、ぐっしょり濡れたジャージ姿の白波さんは黙ったままだ。リーダーは白波さんを怒鳴りつけながら、その襟首を掴んだ。


「だから! 大人しく退学しろって言ってんでしょ!?」
 がくがく揺さぶられても、やはり、白波さんは無言だ。発声器官をどこかに落っことしたのかもしれない。カラメル色の前髪は彼女の目元を覆い隠し、どんな表情をしているのかは見えそうにない。
……と、そこで鳥羽が我慢できなくなったかのように、校舎の陰から飛び出した。


「おい、てめーら……」
 険しい顔をした鳥羽の登場に、イジメっ子たちは怯んだ。けれど、その仲間のリーダー女子は、むしろ開き直った態度をとった。


「あら、鳥羽君!」
 ぱあっと頭にダリアが咲いたような声色だった。それにはどこか崇拝すらも感じられる。けれど、声を掛けられた鳥羽は、ますます不愉快そうな顔つきになった。


「お前ら、1人対複数で白波に何をやってるんだ……。これって、イジメじゃねーか」
「何って……」
 口ごもった他のメンバーに対し、ベリーショートの女子は薄っぺらい笑顔を浮かべた。両手をさも乙女チックに胸の前で組んで、唇を開く。


「あたしたち、この学校にふさわしくない雌犬を追放しようと思って!」
「ああん?」


「だって、鳥羽君なら頭脳明晰だから分かるでしょう? この白波によってどれほどの生徒が迷惑を被っているか!
選ばれし者の為の学び舎は、それに相応しい生徒で構成されるべきだわ! 家柄もど庶民で、勉強もついてこれないこのバカはいい加減、分を弁えて退学してくれないかと思って……」


 自分の意見を恍惚と語るリーダーの様子から察するに、それは表の理屈だろう。その視線は鳥羽の姿に固定され、首元もどことなく上気している。
どこからどー見ても、鳥羽への下心があっての犯行にしか思えない。
彼女がどこの家の娘なのか記憶を探ろうとして、途中で気が付く。……この子たち、確か奨学生やスポーツ推薦で入学した面々だ。


「こんな程度の学校に、なんつー選民意識持ってんだよ」 白波さんを助け起こしながら、鳥羽が怒りを込めて言った。
「鳥羽君……ごめんなさい……」
 沈んだ白波さんの声に、「お前は謝る必要ないだろ」と、鳥羽が言う。


 そのヒロインと攻略対象の美しい光景に、悪役令嬢である私は本能的に回れ右して帰りたくなったけれど、観察するまでもなく気が付いたのはイジメっ子たちの嫉妬の混じった目つきだった。助け起こされる白波さんを物凄い形相で睨み付けていらっしゃる。
……ああ、これ、彼女たちの想い人の鳥羽が助けに来ちゃダメなパターンだ。


「…………っ」
 わなわな震えるバレー部のメンバーは、全く反省していないどころか、鳥羽が白波さんを無条件に庇ったことで怒りに油が注がれている。むしろ、こうやったことで鳥羽の視界に入ったことを幸いに思っていそうだ。


 好きの反対は『嫌い』じゃなくて、『無関心』ともよくいうわけで、特に首謀者のリーダーなんかはそう考えていそうだ。
……わあ、甘っちょろい妄想に反吐が出そう。


「鳥羽君、そんなバカに触れたら手が汚れちゃうわ!」
 もうお前は黙れよ、リーダー。


「ふざけるな。 寄ってたかって白波を苛めておいて、言うことがそれかよ! バカはてめえだ!」
「そりゃ、あたしたちは鳥羽君に比べれば成績が低いけど……」


「ほざけ、俺が何に怒ってるか、分かってねえだろ!」


 その時、もう頭にきた鳥羽の足下で、すごく小さなつむじ風がクルクルと発生しているのを私は見つけてしまってぎょっとした。不自然に渦巻くそれは、壁の向こう側で喧嘩している天狗から漏れ出す霊力の証である。
 私も血圧が上がりそうになっているけれど、鳥羽の方がもっと自制心が危ないことになっている。……このまま口論していたらうっかりバレー部の女の子たちを賽の目切りに切断して殺害するんじゃないでしょうね。


「この忌々しい人間社会の法律さえなけりゃ、てめえらみたいな腐った女、ギタギタのズタズタに――」
「ちょっと、鳥羽! アンタ落ち着きなさい!」


 はい、ストーーーーップ!!
 ローファーで地面を蹴ると、慌てて隠れていた校舎の壁から衆目の集まる場へ飛び出した私は、危険な発言をし始めた鳥羽の肩をバシッと叩いた。


「――――っ」
 鳥羽が私を睨んで、舌打ちをする。
 いくらなんでも陰陽師の立場として、人間の安全を守るために動くのは当然のことだ。普段は落ち着いている鳥羽でも、天狗としての凶暴性が表出してこないとも限らない。もし、この男子がそれで道を踏み外しそうになった場合は、それを静止するのは私の役目だと思っている。


 好むと、好まざるとに関わらず、だ。


 けれど、こうして前面に出てきた私の視界に飛び込んできた白波さんの姿といったら、そりゃあ哀れをさそう恰好で、もう髪の毛からジャージの上衣からきっと下着まで、ぐちょぐちょに濡れ細っていた。しかも、地面に転ばされていたものだから、オマケのついでに泥まみれにまでなっていて、頬が茶色く汚れている。


 それを観ていたら、白波さんとはつかず離れずの『知り合い』のポジションを自認していた自分でもだんだん腹が立ってきた。あらビックリ、私ってもっと冷めた奴だと思ってたんだけど。


「……月之宮さんだ」
 ちょっと驚いたような声がイジメっ子の方から上がった。そりゃそうだ、これまで白波さんが呼び出された現場に月之宮八重が関わったことなんて一度もない。


「ええ。あなたたちと同じクラスの月之宮八重ですけれど、それがどうかしまして?」
 フン、と鼻を鳴らして、ゆっくりとイヤミったらしく発言してやった。腹の底からムカムカする。


 すると、相手のリーダーはどうやら肝っ玉が据わっていたようで、
「…あれえ? 優等生の月之宮さんは白波の存在に迷惑してるんじゃなかったっけ? なんでも、友達とも思っていないのに一方的に話しかけられるだけとかぁ~」
威張りながらこんなことを言って攻撃してきた。ベリーショートの額縁にドヤ顔がはまっているけれど、どっかに売りっぱらってしまいたくなる。


 白波さんは、鼻の詰まった声で弁解をしようとした。
「……わ、私はただ。少しでも早く、お友達になりたくて……」


「それが迷惑って言ってんのよ。月之宮さんに、アンタなんか釣り合うわけないじゃん。天下の月之宮財閥のご令嬢に生意気な口をきくなんて、身分知らずも甚だしい……」
 鳥羽が不快そうに眉を潜める。彼が何か口を開く前にと、私は慌ててリーダーの言葉を訂正した。


「……デマよ」
 もうこうなったら、とことん嘘八百で誤魔化しきるしかない。


「学園カーストの最下位が白波だとしたら、月之宮さんは最上位に位置する…………え?なんてった?」
 筆舌の限りを尽くして白波さんをけなしていたベリーショートさんは、私の言葉に目を瞬いた。


「……だから、私が白波さんに迷惑してるっていうのはデマだって言ってるのよ」
 必殺・ごり押し。
私が腕組みをして、なるたけふてぶてしく言ってみせると、辺りの空気が凍り付くのを感じた。一番真っ白になっているのは白波さんで、地面を向いていた可愛らしい双眸がこちらに固定された。


「そんなこと! さっき聞いた時には言ってなかったじゃん!」
 叫んだリーダー格に、私は言い訳を塗りったくる。


「それはまあ……私も恥ずかしかったというか……」
「はあ!? じゃあ、遠野の言った言葉が間違いなら、月之宮さんと白波の関係って何なのよ! まさか、友達だから助けに来たとかじゃないでしょうね……!」


「……そ、その通りよ!」
 泥船に乗り込んだ私は、やけくその空笑いを浮かべた。


「私は白波さんの友達だから、ここまで助けに来たのよ! な、なんか悪いかしら!?」
 口角を上げるも、我ながらぴくぴく引きつっているのを感じる。偉そうな腕組みでそう言い放った私に、イジメっ子の女子たちは少々たじろいだ。この場ではヒーロー役をやっているはずの鳥羽は、こちらに呆れを含んだ眼差しを向けた。







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