悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆82 笹の葉さらさら (6)

 知るところによると、七夕の起源は中国にあるらしい。それが奈良時代に日本に伝わって、棚機津女たなばたつめの伝説と合わさって生まれたらしい。昔は旧暦の7月7日にやっていたらしいのだけど……今では、改暦後の7月7日の行事になっている。
だったら、そちらに合わせた方が良かったんじゃないか?と些細な疑問がのぞかせそうになるが、それを今更突っ込むのは野暮というものだろう。
 夕霧君はいつの間にか、色とりどりに飾り付けた笹を学校の正面玄関に飾らせてもらう交渉をすませ、やけに豪勢な笹が全校にお披露目されることになった。


 ……はぁ、やれやれ。もう今年の七夕はこれでいいわ。
そう思っていた私の元に、一通のメールが届いたのは、5日の夜のことだった。


――ぴろりろりーん♪
ちょっと間抜けな音が私のスマホから鳴った。


 お風呂上りにタオルで髪の湿気をとっていた私は、ベッドの上にあったスマホをとり、誰からの着信かチェックする。ラインを普段は使っているので、久しぶりの着信だった。
なんだか、嫌な予感がした。
それは的中し、スマホに来たメールは出会い系サイトの勧誘でもいたずらメールでも、携帯会社からのものでもない代わりに、警戒心を発揮させる人物からのものだった。
 東雲先輩からである。


【ちょっといいですか?】と書いてある。


 迷惑なメールには返信をしないのが鉄則だけど、これには返事をした方がいいだろう。
浅く息を吐いて、スマホの画面に指を滑らせる。
【はい】
 二文字だけを打ち込んで、送信した。


 再び、ぴろりろりーん♪と鳴り、慌ててチェックするとこう書かれていた。


【それは良かった。月之宮さんに話があるのですが、明日の23時に学校の昇降口……笹飾りのそばで待っています。できれば、あの式妖は連れずに来てください。】


 23時?
……って、深夜じゃないの。
私は、最後の『式妖は連れずに来てください』という条件に眉を潜めた。現在所持する戦力の松葉を同行させずに、自分1人だけであの妖狐と対峙せねばならないらしい。
 心の中に不安が忍び寄る。
 ……けれど、東雲先輩には魔法陣の事件の際に命を救ってもらったわけで、彼は所謂恩人である。迷いを抱えながらも、私はこう返信を送った。


【……はい】


 髪の毛をタオルでぐしゃぐしゃにして、私は無表情になる。
これで、もしも私が殺されたとしたら、それは私のアヤカシを見る目が無かったということだ。何か、白波さんに関係する話でもあるのだろうか……。
 不意に、東雲先輩が私のことを好きだといっていたことを思いだして、唇を引き結んだ。……これって、デート、じゃないわよね?
顔をふるふると振って、そこからの思考を振り切ると、私は髪を乾かそうとドライヤーを手にとった。






 翌日の朝。
東雲先輩と深夜に会うことを車内で山崎さんに伝えると、運転手さんはにっこり笑った。


「お嬢様、逢引には少々時間が遅すぎやしませんか」
「仕方ないじゃない。呼び出されちゃったんだから」


 ハンドルを操りながら、山崎さんは微笑みを崩さずに、
「それでも、深夜の外出は控えるべきですよ。その大事な話とやらは、昼日中に口に出来ないことなんですか?」
「……さあ?」
「そこをはっきりさせて欲しいですね。いくらお嬢様の命の恩人でも、真夜中に呼び出すなんて……不用心すぎやしませんかね?」
 実の父親でも言わないことを、山崎さんはズバズバと言ってくる。
その温かみのある人間性に苦笑すると、私は呟いた。


「今日、直接本人に聞いてくるわ」
「そうして下さい。いくら黙認されてるとはいえ、夜遊びを気軽に承諾しては旦那様に申し訳がたちません」
 全く、頭が固いわね。
ちょっと話し合いの場が深夜の学校なだけじゃないの。
そっからゲーセンに繰り出すわけでもないんだから、心配しなくてもいいのに。……って、多分ゲーセンにはいかないわよね? 盗んだバイクで走り出したりもしないわよ、ね? いくらやさぐれたといっても、昭和の名歌みたいに校舎の窓ガラスを割りたいほど、私はまだ内申を捨ててやいないわよ?


「ねえ、バイクのヘルメットは要らないわよね?」
「私に聞かないで下さい。どういう発想になったんですか。お嬢様」
 そ、そうよね。要らないわよね。






「月之宮さん、何を調べてるの?」
 昼休みにスマホからネットに繋いで検索していると、白波さんに訊ねられた。
「……マフィンの作り方よ」
「お料理をするんだ?」


 色々考えた結果、松葉には今夜睡眠薬を盛るしかないという結論に達した。それを混ぜるお菓子を調べているのだが、私にも作りやすいものはどれだろうか。


「えーっ、八重、お菓子作るの!? 絶対止めた方がいいって!」
 希未が手をぶんぶん横に振った。


「失礼ね、ちゃんと初心者向けのレシピで探しているわよ」
「そんな程度の対策で、八重の料理が美味しくなるわけないじゃん!」
 これまでの私の料理の歴史を知っている友人は、流石、容赦ない。


食堂で同席している鳥羽は、ヒレカツ定食に箸をすすめながら、
「そんなに菓子が食べたいんなら、俺が作ってきてやろうか?」と言い始めた。
 アンタはどこぞのオトメンか。


「美味しく作る自信があるわけ?」
「まあな。そこらの女子の手作りよりは旨いと思うぜ。知ってるか? クッキーって普段使ってるサラダ油でも作れるんだぜ?」


 そんなこと知る訳ない。
だって、バターでも私の料理はマズくなるんだから。
豆知識を披露した鳥羽の菓子の腕は気になるような気もしたけれど、その申し出を、私は却下した。


「結構よ。これ、睡眠薬を混ぜるのに何がいいか調べてるだけだもの」
「は?睡眠薬? お前、誰かを暗殺でもする気かよ?」
 私の言葉にびっくりした鳥羽が、眉をひそめる。


「暗殺なんかしないわよ」
「だよな。そうだとしたら、フツーの人間らしく止めた方がいいのか迷っただけだ」
 アヤカシとしての感性では、放っておきたいらしい。
そう言いながら鳥羽が、自分のランチプレートの刻みキャベツにドレッシングをかけた。


白波さんが目をきょろきょろさせた後に、
「睡眠薬をお菓子に入れて、どうするの?」と訊ねてきた。


「松葉に食べさせるのよ」
「え!?」
「どうしても外せない用事があるから、その間だけでも離れるために必要なの」
 正直に自白した私に、白波さんが「そうですか……」と呟く。


 彼女はしばらく何かを考えた後に、
「だったら、ココアでも作ったらどうですか?」
と提案してきた。


「……ココア?」
「はい。甘い顆粒のやつを買ってくれば、どんな不器用な人間でも旨く作れると思います。そこに混ぜたらどうですか?」
「私も、それに賛成! 八重が作るんなら、そっちの方がいいって」
 希未が勢いよく手を挙げた。


 ココアねえ……。盲点だったけど、そっちに変えようかしら。


「……そうしようかしら」
 私がぎこちなく微笑むと、白波さんがにっこり笑った。
 それから、特にさしたる話題もなく昼食を食べていると、食堂の中に外から入って来た一年生がこちらに駆け寄ってきた。


「八重さま!」
 何も知らない松葉である。


「松葉。何の用?」
 ミルクブラウンの髪をあっちこっちにはねさせながら、松葉は軽く飛び跳ねた。ふと前の席を見ると、冷や汗を流しそうになっている白波さんがいた。松葉には睡眠薬のことを黙っててください。お願いだから。


「用がなきゃ来ちゃいけないんですか?」
 私のつっけんどんな言葉に、松葉がふくれっ面になった。


「だって、一学年棟からここまで遠いじゃないの」
「チャイムが鳴ってから走れば大丈夫だってば」
 そう言った松葉に、鳥羽が皮肉気に口を開いた。


「俺の精神衛生上には、お前が目の前にいない方がいいんだけどな」
「朝から放課後まで八重さまといつも一緒にいるカラスには、本当に殺意を覚えるよね。……いっそのこと、お前が空気読んで消えてくれない?」
 ああ、もう。こんなところで殺気を振りまかないでってば。


「松葉。私と鳥羽はそういう関係じゃなくって……」
「人を粘着餅みたいに言うんじゃねえ。誰が、月之宮なんか(・・・・・・)に付きまとうかよ」
 ……イラッ。
弁明をしようかと思ったけど、鳥羽の一言に苛立ちが生まれた。


「ご主人様を『なんか』、とか言った!? ボクの大事なご主人様を!」
「お前、本当にメンドクサイ奴だな!」
 そりゃ、私は月之宮の陰陽師だけど……。だからって、あーいう言い方をしなくたっていいじゃない。私の鳥羽に対する複雑な感情は一方的なものなのだと思い知らされる。
 私は、鳥羽のことを友達としても、異性としても意識しているのに……。
 ……って、こいつはアヤカシ、アヤカシ。
 忘れちゃいけないんだ。


「月之宮さん? 黙り込んでどうしたの?」
 鳥羽の想い人である白波さんが、不安そうにこちらを見てくる。
 私は苛立ちを押し隠して、にっこり笑う。


「あら、考え事をしていただけよ」
「そうなの? ならいいんだけど……」
 鳥羽と松葉は、次第に口げんかを始める。だんだん低レベルな言いあいになっていく。そんな2人の言いあいをバックに聞きながら、私は食べ終えたお弁当箱に手を合わせてごちそうさまをした。
――チャイムが鳴るまでこのままですか。






 部活の時間、夕霧君は黙々とパソコンに向かい、希未と鳥羽はオセロを始め、白波さんは宿題の山を片付ける。松葉は漫画を読み、東雲先輩は猛スピードで生徒会の仕事を片付けていく。


「あの、東雲先輩……」
 私が話しかけようとすると、顔を上げた東雲先輩はこちらに機嫌良さげに微笑んだ。


「何ですか?」
「あのメールのことで話があるんですけど……」


 私が話を切り出そうとすると、東雲先輩は口に人差し指を当てた。イケメンがそういうことをすると実に絵になる。
けれど、私は彼を肖像画にしたいわけではなく、今夜の待ち合わせについて話をしたかったのだ。なのに、そういった態度をとられては話題に出せなくなってしまったではないか。
 どこかミステリアスな雰囲気を漂わせた東雲先輩に、それ以上のコンタクトを部活中にとることは不可能だった。
 私を沈黙させた彼は、松葉に聞かれるのがイヤだったに違いない。そうじゃなきゃ、承知しない。


 結局、帰りにドラッグストアに寄って、白波さんのアドバイス通りに砂糖入りのココアを買った。意外と安い出費だった。







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