悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆71 花崗岩 (4)



 信次の残した遺言は、噂に聞くところには、こうであったらしい。


「も、う」
「自分の、身体は、もう、ダメみたいです」
「だから、青火様、兄さん、どうか」
「どうか」
「あののろいの本を禁術として、みんな自分の死後に燃やしてください」
「月之宮には、武力だけで十分です」
「生きながら腐る地獄を味わうのは、自分だけで十分です」
「どうか、どうか」
「燃やしてください」
と、傍にいた人間に呟くと、そのまま眠りに落ちるように昇天したそうだ。




 その遺言の内容を後から聞いた月之宮家当主は、その意を汲んで、月之宮と日之宮ののろいにまつわる本や資料をみんな1つ残らず燃やしてしまった。
 弟を亡くした悲しみにも関わらず、涙を見せなかった一守は、けれど、年が明けてすぐにやせ細って倒れていたところを女中に発見された。
ちゃんと息はあったものの、完全なる失明であった。
彼が見た予知の内容は、軍の上層部のそのまた極一部にだけ伝わった。青火にも、詳細は知らされないままに、一守の視力はとうとう暗やみへと落ちてしまったのだ。
そんな中でも、できる仕事はこなせというのが軍の方針で――。


――春の月之宮邸。


「なんだって!?千恵子を作戦に使う!?」
 五季の叫びに、そう知らせてきた一守は眉根を寄せた。
「ああ。今度、もしも首都への空襲があった際には、月之宮と日之宮の術師を男女問わず全員、結界術に駆り出すことが決定した。これは、お前の婚約者の千恵子も例外ではない」
「反対してくれなかったのか!?千恵子の霊力の少なさじゃ、もしものことが起こっても……っ」
「無論、私は反対をしたさ。だが、今の軍じゃ私の発言権など取り合ってもらえなくってね……」
 一守の言葉に、五季は絶句をした。その隣に居た千恵子は、困ったように笑う。


「……あの、五季さま。わたしのことでしたらご心配なさらないで下さい。わたしだって日之宮ですもの、いつかはこんな日が来ると思っていました」
「バカを言うな、女を現場に駆り出すなどあってはならないことだぞ!」
「それはそうかもしれませんけど……」
 五季の憤慨に、千恵子がますます困り顔になる。


「とにかく、もうすでに上層部で決定してしまったことだ。我々は、東京の空襲が酷くなった場合、要救護者の保護に向かうことになる。爆弾が降ってくる中を、結界を頭上に展開して街を行軍することになるだろう。そこに異論は認めん!」
 一守がそう言うと、五季と千恵子の顔色が青くなった。


「爆弾が降ってくるって……、高射砲は何をやってるというんだ!」
「地上から撃ち落とすことは不可能だ。最大で爆撃機が300機は飛来してくると思え!」
「そんな、ますます無茶だ!千恵子を連れていくことだけは、よしてくれ!」
 五季の懇願に、一守は首を横に振った。


「千恵子さんだけを特別扱いすることはできないよ、五季」
「男が4人もいて、何が月之宮だ!ふざけるな!」
 そう吐き捨てると、五季は猛然と千恵子の手をとって月之宮邸から走り去った。一守は、その後を追わずに陰鬱なため息をつくと、使用人と共に自室へと戻っていく。
 五季の目指す先は、青火の社だ。


「……あの、五季さん」
「うるさい。千恵子は黙っていろ」
 道中でそんなやり取りをしながら、丘の上にある社に辿りつくと、五季は青火の姿を探す。
 境内の中に姿はなく、苛立ちながらも視線を端から端までやると、次に社の中に乗り込んだ。
思えば、何度目になるだろう。こうやって、悩み事ができる度に神社へ転がり込むのは。
数えきれないほどの前例が頭に浮かびながら、履き物を脱ぎ捨てて屋内へと入る。背後では千恵子が脱ぎっ散らかした靴を揃えてくれている。


「青火さま、そこに居るか?」
 屋内はひっそりとした静けさに包まれており、不気味な暗やみが辺りを覆っている。
五季が呼びかけると、奥の方で何かが身じろぎするのが見えた。


「青火さま――青火さま!?」
 何度か声を掛けているうちに、異変を察した五季が慌てて乗り込んだ。
奥の間に、金色の毛皮をした獣の姿を見つけたのだ。もふもふの狐の姿になって板の間に青白く倒れている青火のことに気が付いた千恵子が、ひゅっと息を呑む。


「青火さま、何があったのだ!そんな姿になって!」
「……いつ、きか」
「そうだ、五季だぞ」
「間の悪いときに来たものだな。少々、サイコロを振りすぎて結晶核に傷がついたらしい……今日一日は、この恰好のままだ」
「結晶核に傷がついて……って、大丈夫なのか!?」
「支障ない」


 支障ないって、絶対に嘘だ。
獣の姿をさらすほどに身体が弱っているのだろう、毛皮をぺろぺろと舐めた青火は、フン、と鼻を鳴らすと五季の方を見た。


「何の用でここに来た」
「何の用……って」
 そこで五季はようやく我に返った。
返答に窮した五季がしばらく押し黙ると、後ろにいた千恵子が前に出た。


「青火さま、五季さまはまだ混乱しているのです」
「混乱?」
「はい。わたしの出兵が軍で決まったので、女が戦地に参加することに五季さまは意義を唱えておいでなのです」
「……まさか。千恵子も出陣することになったのか」


 はい。と、恐怖で顔をこわばらせながらも千恵子は静かにはにかんだ。
 それと同時に殺気を振りまいたのは五季だ。
 女が戦地に参加することに反対なのではなく、自分の女の千恵子が危険にさらされることが嫌なのである。


「俺は反対だ」
「五季さま。お国に逆らうおつもりですか?」
「一守兄さんは大体、ろくなことを言わないではないか!梢佑との別れだって、花崗岩にダイヤモンドが含まれてるだの嘘八百を……」
「五季さま!」
 噛みつくように五季が喋ると、千恵子がそれを諌める。
 そんな2人の様子に、青火がため息をついた。


「結界を展開したら、ずっと引っ込んでいた方がいいだろうな」
「ほら!青火さまもそう言っていることだし、わたしは大丈夫よ。そんな調子じゃ五季さまの方が何倍も心配だわ」
「俺の方が心配だって?」
「五季さま、肝心なところで甘いんだもの」
 頬をひくつかせた五季は、再燃しそうになった怒りを堪えるのに必死だ。やりこめて、にっこり笑った千恵子はどこか青白い顔でこう言った。


「五季さま。これでもわたし、日之宮の女なのよ。アヤカシ退治だって、何度か手伝ったことがあるんだから」
「強がりを言うな。守ってやれない自分が悔しくなってくる」
「まあ、五季さまったら」
「いちゃつくのなら、他所でやってくれないか」


 くわあ、と欠伸をした青火の言葉に、ぎん、と五季が睨みつけた。


「青火さまは、一守兄さんや軍の味方なのか」
「誰の味方でもないが、千恵子を連れていくことに関しては賛成できんな。お前たちに比べて霊力が余りにも低すぎる」
 それを聞いた千恵子がしゅん、としょげた顔つきになる。


 日之宮家の本妻からの生まれでない千恵子は、霊力の量に関して自慢できるものではない。他の兄弟に比べても一等に出来が悪いと陰で云われているのが公然の事実となっている。


「青火さまの口から言ってもらっても、撤回してもらえないのか?」
「まず、無駄だろうな。人間はアヤカシに支配されそうになるとひどく嫌がるものだ」
 理知的な瞳をした狐神の言葉に、五季は舌打ちをした。


「2人とも、わたしなら大丈夫ですよ」
「全くそうは見えないのが問題なのだ」
「これに関しては五季に同感だな。戦場に行ったら何もせずに結界の奥に引っ込んでいた方がいい」
 気休めを言おうとした千恵子に、2人は渋面を浮かべたのだった。







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