悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆61 柳行李 (3)

「……よく、これを買ってこれたな」
 青火は、絶句した。


「軍人の家に頼まれたってことは隠してきたわ。オレ、素直にしゃべったら袋叩きにされそうだったもん」と、柳原は力なく笑う。
 騙して買ってきたようなものなので、すごく良心が痛む。


「そんなに赤紙がいったのか」
「ああ。新婚だった妊婦さんの旦那が、連れてかれたりしたんだそうな。身重のときに居なくなったもんだから、その人間に懐いてたカワウソも動揺しちまって」
「………………」


「オレが集落に行った時には、村中のカワウソが傷薬を沢山作って、荷造りしてた時だった。
……あいつら、妊婦さんのところに旦那さんを生きて帰すんだ!って、どこにいるかも分からない兵隊を追いかけて外国の戦場まで助けにいくつもりらしい。
他の地方にいる仲間にも、協力してもらえないか手紙を出していたよ」


「……無謀すぎる。穏健な奴らに何ができるっていうんだ、海戦に行ったとしても大した戦力にならないだろう」


 のんびり人間と共存共栄してきた彼らには、まず戦闘経験が圧倒的に不足している。
青火の脳裏に、水雷の爆発に巻き込まれたり、敵兵に射殺されるカワウソたちの姿が浮かんだ。


「衛生兵として参入するつもりらしいぞ?」
「僕には、あれらの心が耐えられるとは思えない。核が強くないと、荒れた戦場で割れてしまうぞ」


 人間は『肉体』が死んだ時に、アヤカシは『心』が死んだ時に命を落とす。
 願いから生まれた自分たちは、心が現実を諦めた時に残留思念核が壊れてしまうのだ。
 これまで人間と幸せに過ごしてきた時間が長ければ長いほどに、愛せば愛したほどに――それを失ったときの絶望は大きくなってしまうだろう。
人間の醜さやむごたらしさに傷つくだろう。








 ――ここに来る前、柳原もちょうど同じことを思った。
 集落で薬を紙に包んでもらいながら、売り子をやってくれた1匹のカワウソにそれとなく訊ねた。
『帰って来られないのは自分たちになるかもしれないのに、それでも行くのか?
苦労しそうな妊婦さんを、日本に残って支えてあげた方がいいんじゃないか?』と。


 それに対し、カワウソの少女は首をかしげた。
『きけんなのは、みんな分かってるの。まさゆき』


『だったら、全員で行っちまうこともないんじゃないか?せめて何人かはここに残っても……』
『それで、お友だちのにんげんやなかまが帰ってこなかったら、残った子はとってもかなしくて死んじゃうのね?』


『う、それは……』
『たぶん、この村でるすばんしても、かなしくてぽくぽくチーンよ?
そういうの、まぬけのごくつぶしっていうのよ』
『い、言うのか?』
『ゆーのね!』


 きゅふっと、ふんぞり返ったカワウソ。
『あたちは、そんなアホにはならないの!』
『そうか、そうか』
 柳原が生温かい目になると、カワウソは元気にいった。


『いまは、ききゅうそんぼうのあきね!』
『……危急存亡のときのことかい』
『そうかも?』
『それで、お前さんはどうしても付いていくんだな?』
『うん!ついてく』


『帰ってきたら、ヤマメをつかまえてみんなで食べるの! あたちが、まさゆきの分も焼いてあげるのね』
 そう言ったカワウソは、敬礼のまねごとをして笑った――。






 柳原からこの話しを聞いて、青火はしばらく沈黙していた。
徴兵した側の軍の上層部、それに関わっている月之宮家には耳が痛いことであったのだから。
 心が、痛んだ。
 ゆうに3分以上はたったころに、
「……鬼の連中とは大違いだな」と青火が感想を呟いた。


「やっこさんら、戦争があると『ひゃっほうううぅ!!』って大喜びするもんなあ」
 柳原が、白湯をすする。


「敵味方の見境なしに襲うアヤカシが、一番厄介なんだ。そういう奴らにカワウソが勝てると思うか?」
「……美味しそうなカモにしか見えんだろうな」


「僕には、のんびりしたカワウソが、戦場に集った妖怪に食われるとしか思えない」
「……うわ」


 柳原は、額をぴしゃりと押さえた。
「これ、もし日本の河童が全滅したら、止めなかったオレのせい?」
「どうだろうな」
「オレのせいか……やっぱ止めてくりゃよかった!!」と、柳原が頭を抱えた。


 青火は、冷淡に言った。
「カワウソより弱い男が、どうやって止めるんだ。集落でコテンパンにされて終わりだろ」
「なんでオレ、アヤカシなのに戦えねえんだろうなあ!」


「あれから、剣の腕は上がったのか」
「……いや~。戦争になるとは思ってなかったんで、サボってました」
 と、柳原は気まずそうにした。
草刈りをしてた最中に熊に襲われて一念発起したものの、三日坊主になったのだ。


「努力をしてから言え。そういうことは」
「したとこで、大砲には勝てないわ!」
「……投石でなんとかしろ」
「本気で、お狐さまはそれができると思ってんの?相手は飛行機とか持ってんだけど?」


「お前は、墜落してばかりいる乗り物に怯えているのか?」
 臆病者め、と青火は失笑した。


 柳原は、ぼやく。
「あの神族だって、今回の戦争はまずいと言ってるんだ。不干渉原則とのジレンマで苦しんでいるらしいぞ」
「そうか」


「神族の短気な人は、ピアノでべーとーべんを聴かせてなだめているとか」
「それで癒されるのか?」
「いや、すまん。もーツアルトだったかもしれん」
「どっちなんだ」


「えーっと……」
 ボサボサの頭をかいて、柳原は天井のはりを見上げた。
「オレ、そこまで音楽に興味ないから忘れちまったわ」と、彼は言った。
 信ぴょう性の薄いこと甚だしい。


 青火は、柳原の頭をこづいた。
最後の餅に箸をのばした柳原をおいて、用意してあった礼の品をとりに廊下へでた。すりガラスの戸棚をあけて、重い風呂敷包みを取り出す。


「これでいいのか、本当に」
「おう」
 柳原は、青火が持ってきたものを見て、顔をほころばせた。
彼がお使いの手間賃として欲しがったものは、国から発禁になった本と煙草だった。


「お~っ!月之宮のコネってすごいな、けしからん本がこんなに集まるとは」
「『変態崇拝史』と同じ屋根で暮らすのは、もううんざりだ」
「それもあるのか!そりゃサービスがいいねえ、青火さん」


 不愉快そうな青火に、柳原はニヤニヤ笑った。
 ここにあるのは、卑猥な本に反政府な本といった際どいものばかりだ。検閲が厳しくなった書店には置いていない個性の強いものである。


「社会主義者にだけはなるなよ」
「ならない、ならない」


「何かやったら、僕がお前を殺すからな」
「なんで勉強熱心なだけで、殺されなくちゃいけないの!? オレは、資本主義と社会主義を、両方学んでみたかっただけだからな!?
平和な話し合いには、お互いの歩み寄りが大事なんだぞ!」


「バカなことをいうな、危険思想はそこから汚染されるんだ」
「お狐さまの方が、よっぽど危ない考えになってるわ!」


 熱心に反論してきた柳原は、一晩中、世界平和についてしつこく語った。
白湯が冷たいただの水になっても、選挙権のない雪男は、延々と自分の政治への意見を披露ひろうした。


 彼は、非国民にも今の政府を嫌っていた。
 けれど、日本という国と、月之宮家や狐神のことは大事に思っていたので、その過激な発言には心配が隠れていた。


 風呂上りの柳原は、客用の布団を見て言った。
「なあ、この枕の中のそば殻って、すりつぶせば食えると思うか?」
 鬱陶しくなった青火は、言った。


「知るか、馬鹿」
 電灯をパチン、と消した。







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