悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆48 溢れんばかりの想いを詰めて



 ……教科書が入らない……。
 机の中で、何が起きているのかと覗き込む。


 狭くて暗い空間には、私の知らないうちにぎゅうぎゅう詰めに押し込まれた紙袋があった。慎重に引っ張りだすと、オシャレな英字がプリントされた紙袋はひしゃげている。
 そこに、どさっと満杯に入っていたのは色とりどりのお菓子のパッケージだった。
苺ミルクの飴玉や、金貨チョコ、ちょっと高そうなクッキーやフルーツゼリー等々……。一番沢山あったのはレモン味のグミだ。


 驚きに、私の目が点になる。
添えられていた封筒を手にとると、震えた筆跡の宛名が記されていた。……私宛だ。
急いでそれを開封して、丁寧に畳まれた便箋をひらくと、飾り気のない簡素な手紙が出てくる。一筆箋だ。


目を走らせると、そこにはこんな文章が書いてあった――。






《――月之宮さんへ


 理解してもらえるとは、思えないけど……、
 柳原先生があの子と親しくしている姿を見るのが、私は本当に憎らしかったです。
先生と月之宮さんに特別扱いされているのが、悔しくて許せなかった。


 月之宮さんは、私たち女子の憧れの存在です。
涼やかに文武をこなしても、いばらなくって……本物のお姫様ってこういう人のことを言うんだって、もう張り合う気も起きませんでした。
東雲先輩のファンクラブの方々だって、月之宮さんと仲良くなったキャロル先輩のことをうらやましがってた人も居たくらいです。


 厳しい両親の期待に応えようと必死に勉強しても、私はいつも平均点に届くのがやっとでした。
「せめて近所の印象を良くしろ」って、母に真面目な恰好をさせられていただけ。
月之宮さんと比べたら、私がやってたのは偽物の優等生ごっこです。
先生と月之宮さんが会話をしているのは、自分はどんなに頑張っても偽物だからしょうがないって納得できました。


 ……でも、だから白波さんがゆるせなかったんです。


 見ために甘えて、私より勉強できないのにヘラヘラ笑って。
鳥羽君や月之宮さんに取りついて、優しくされてるだけじゃなくって。
なまけ者のくせに先生からかわいがられているなんてすごく悔しかった。
 ……どうして私じゃないのか、って。
悩みをきいてくれた瀬川君の誘いにのってしまったのは、こんな惨めな気持ちからでした。


「君を見捨てる神なんかより、僕らで神様になってみない?」って、ばかみたいな言葉だったけど……もう、お人形として生きるのがいやだった。


 私が叶えたかった願いは、白波さんと成りかわって追いだすことでした。
 瀬川君と私はどちらもダメな奴だったけど、それでも愛してもらえるような世界に作り直せるならって、魔法に賭けたかったの。


 それから先は、月之宮さんの知っている通りで、全部失敗して酷いことをして、みんなを困らせただけだったけど……、
 私たちを守るために、剣を持って走っていこうとした月之宮さんが……。
「逝ってきます」
って笑っていたことに、家に帰ってから気がついてとても怖かった。
そんなことを言うのに月之宮さんが慣れてるのが、すごくこわかった。
 多分、こんなに泣いたのは初めてってぐらいに泣きました。
私のブルーで月之宮さんは死にそうになったのに、一言も私を責めようとしなかった。
 悪いことをした瀬川君を、助けてくれた。
 ごめんなさい。
 栗村さんに、もっとなぐられておくべきでした。


 追伸、瀬川君のことを、どうか宜しくお願いします。……私はもうくじけません。ぜったいに柳原先生を捕まえます》






「………………」


 私は、無表情になった。
 ちょっとだけ当たってるけど、私が遠野さんの中でかなり美化されている……。
 この、やたらと持ち上げられた私のイメージはどういったことだろう。
 兄がこれを読んだら、きっと爆笑する。いつでもニヤニヤできるように、手紙をラミネート加工しかねない。


 自分の株が上がりすぎてて、なんだかこの文面を見るとひやりとする。いつか彼女の中で暴落するんじゃないかと、不安になってくる。


 ……皮肉なことだけど、ダメな人間でも愛してくれる優しい妖精さんに、私はとても心当たりがあった。
ぽわん、と笑顔をふりまく彼女は、いつでも話しかけられる距離で毎日教室をウロウロしていた。
それに気が付いてなかったのか……苦しくなるほどに分かっていたから、遠野さんは、白波さんになり替わりたいと願ったのだろうか。


 カワウソを手伝った遠野さんは、自分をとりまく悩みやプレッシャーから、清らかな状態に全てリセットしたかっただけだ。
 それこそ、攻略途中のRPGのデータや、ネットのアバターを捨てるみたいに自分のこれまでを無かったことにして、幸せそうなヒロインと人生を交換したかった。


 ――きっと彼女を動かしたのは、誰もが一度は願ったことのある衝動だ。


 ……少しだけ共感してしまった。
 この理不尽な現実を変えてしまえる奇跡が起こるなら、私だって誘惑に抗える自信なんてない。
 追伸をもう一度読み返して、口元が緩んだのが分かった。


 ――ちゃんと心配してくれる子がいたじゃん、松葉。


 まあ、この手紙を気遣いもへったくれもないカワウソに発見されたら、大変なことになりそうなので……(口がこれほど軽い奴がいるだろうか)。
意地悪な主である私は、このお願いのことはしばらく内緒にしておこうと思う。
人の心を思いやれるようになった日に耳打ちすることにしよう!
お墓に持ってかれる前に知ることができるかは、これからの松葉の生き方次第だ。
心というものに疎すぎる私の式妖には、まだ勿体ないもの。


 便箋を元通りに折りたたんで、封筒にしまおうとすると――もう1枚の小さな紙が指先に触れた。
…………?


《ありがとう》


そのベージュの四角片を取り出すと、そう記されていた。


 筆者、遠野さんの想いがこめられた薄い紙は、私の指先でひらり、とはためく。
彼女の凪いだ心を示すように、無地のメモ用紙の鉛筆は掠れていた。


 私は、瞬きするのも忘れて――。
ほんのちょっとだけ、浮かびかけた涙を手の甲で拭った。


 あーもう。
立場上、許してあげちゃダメなんだけどな……。




「月之宮、そこで突っ立ってどうしたんだよ?」
「――え、あっ」
 訝し気な鳥羽君に、私はハッと我に返った。
……ここが他人がいる教室だということを、忘れそうになってた。
慌てて、この手紙が見られないように鞄の中へ仕舞いこむ。うわ、ちょっとよれた!?


「な、なんのことかしら!?」
 焦った私が、目一杯のスマイルで振り返ると。


 ――バサ、バサアッ
 手元が滑って、うっかり取り落とした紙袋の口から中身の菓子類が溢れた。盛大にグミやチョコが教室の床にばらまかれる。
元が巨大サイズの紙袋にパンパンに入れられていたものだから、そりゃもう、床はすごい有様にカラフルに埋め尽くされてしまった。


 ……その菓子雪崩に、教室にいたクラスメイトがびっくりして振り返った。
 皆が静まり返った教室。吹奏楽部員が朝から練習しているクラリネットやフルートの音色が、窓の外からやけにハッキリ聴こえた。
 クラスメイトの視線が、何事かとこちらに向かっている。
 私が気まずさに、そおっと顔を上げると、


「これ、お前が持ってきた……わけねーよな」
 ……デカすぎるだろこの袋。と鳥羽君がしゃがみ込みながら、目の前の光景に呟いた。







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