悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆28 俯瞰境地

 




 慎重に考えろ、私。
 円と五芒星の意味は魔王陛下の解説で充分だろうけれど、未だ分からないのは三つの点だ。




1つ目、魔法陣――五芒星の真ん中に描かれた謎のマーク。
2つ目、二重円の間に記入された、【DONOTYOUSEEME】。
3つ目、何故、犯人は魔法陣の隣に水の入ったタライを置いたのか。




 このうち、二番の英文を単純に直訳すれば『あなたは私を見てはならない』、つまるところは、あの魔法陣を見るなという意思に読み取るのが普通だろう。


 犯人が魔方陣を見てほしくないならば、何故、わざわざ学校に描いた?警告を表記することで、それを破りたくなる群衆心理を狙ったというわけ?


 だったら、それを英語で書く必要はどこにあったのだろうか。そちらの方がカッコよく見えるという単純な理由ならべつにいいのだけど、あそこまで計画性を持った作図。もしも、他の意図が隠されているならば一体どういう考えで犯人はこれを描いたのだろう……ダメだ、情報が足りなくって推理がこれ以上できない。






 部活を終えた後、私は延々とこの考え事をループしながら、屋上への階段を1人で登っていた。他のメンバーと解散した後、屋上からあの大きな図形を見下ろして眺めてみれば、ヒントらしきものがみつからないかと思ったのだ。


 無機質なコンクリート階段を踏みしめ、私は冷たいドアノブを握りしめて開いた。視野がいっきにひろがり――一面に古レンガのタイルが敷かれて、アーティスティックなフェンスが転落防止に設置されている屋上風景が見えた。
寝転ぶのに丁度よさげな幾つかのベンチ。園芸部がお世話をしてるんだろう植木鉢には、可愛いパンジーが黄色とライトブルーの花を咲かせている。


 地上よりも、やや風が強い。私は教科書の一杯入った通学鞄をベンチに載せてから、フェンスの向こうを覗き込んだ。
 身を乗り出すと、水彩の絵筆でにじませたようなオレンジと藍のグラデーションの空の下に、家々の屋根やビルディング、マンションが一望できる。その美しい絵になりそうな風景から視線を落とすと、我が校のグラウンドや体育館、屋内プールやテニスコートと一緒に、正門から並木道、その先の十字路までちゃんと視界に入った。


 例の魔方陣も、ナスカの地上絵のごとく赤い線がくっきり判別できた。……なるほど、こうして屋上から見下ろしてみると、夕霧君が執心するのも納得できる。


 パソコンで作図したのか、はたまた宇宙人の仕業かと疑いたくなるほどに、恐ろしく正確な円と五芒星だった。生徒の悪戯と言い切るには、あまりにも直径が一定であり。この魔方陣に円周率が適用できたとしても、私は驚かないだろう。……まあ、アスファルトの上の作品だから、完全な円からは歪んでいるのだろうけれど。




 ふと、私は少しこのデッサンに違和感を覚えた。どちらかというと、既知感に近しい引っかかりである。


 なんだろう……。今まで、落書きの如く感じていた五芒星の中央のマーク、全体図のフォルムをどこかで見かけたような気がしたのだ。夕霧君が知らない、ということは陰陽道関連か――いやでも、こんな変てこなものは覚えがないし。じゃあ、どうして私はこの魔方陣に親しみやすさを感じているんだろう?


 フェンスに寄り掛かり、魔法陣に繋がる記憶がなかったかうんうん悩んでいた私は、よほど集中していたらしい。背後から近づく気配に油断していて気が付かなかったのだから。




「……月之宮」


 後ろからかけられた声に、慌てて振り返ると。そこには、鞄をダルそうに下げた鳥羽君が立っていた。


「か、帰ったんじゃなかったの!?」
 目を見張って驚くと、彼は肩を竦めた。


「夕霧の測定が正しいか見たくなったんだよ、お前だってどーせ同じ発想だろ?」
 自分の思考回路がこいつと似ているのかと思うと複雑な気持ちになる。上空から飛んで眺めるよりも、ちゃんとした足場が欲しかったんだろうか。


「うわ……ここまで整ってると逆に気持ち悪りいわ」
 私の隣で、十字路の魔方陣を屋上から俯瞰した鳥羽君のストレートな感想である。彼は、自販機で買ってきたんだろう缶コーヒーのプルタブを開けた。ここまで、密閉されていた苦味のある芳醇な香りが流れてくる。


「いつものように、白波さんと帰らなかったの」
 私がそう訊ねると、鳥羽君はコーヒーを飲みながら応える。


「アイツ、今日は両親と用事があるんだと。学校まで車で迎えに来てた」
「あら、ご挨拶しなかったの?」
 フン、と笑って意地悪を言うと。


「白波と俺は、そーいう関係じゃないから」
「ふーん」
 じゃあ、どーいう関係だっていうのかしらね。毎日、毎日引っ付いてるくせに。
私のその白けた思いが伝わったんだろう。彼はなんだか眩しそうに夕焼けを見ていた。


「俺、アイツと一緒にいんの、むしろ怖いかもしんねー」
「じゃあ、なんで白波さんに自分から寄ってくのよ」
 思わず、その発言に呆れてしまうと。ぼそり、鳥羽君に呟かれた。


「こんなことになるつもりじゃなかった」
「あっそ」
 ノロケか。
「人間不信者には、白波の優しさは麻薬になるんだよ」
「ふーん」


 鳥羽君は、すごく嫌な言葉を吐いた。
偶然に口にし、酩酊させられ、抜け出せなくなる。進展すれば、依存し常習性になる……そう彼が表現したいんだろうことは伝わってくる。芥子の実からとれるアヘンに含まれる、モルヒネの作用に例えてくれたのだろうけれど、身近な食品の砂糖にも充分に依存性があったことを思いだして眉を潜めた。
大なり小なり、どちらも疑似的な幸福感を脳に与えてくれるものだ。
このアヤカシの存在で腐っていく、私の牙にも充分当てはまることに気が付いてしまう。
……なんとも、天狗の毒気を抜いてしまった白波さんによっての余波で、ここまで心がかき乱されてしまうとは、ゲーム主人公恐るべしとでも関心すればいいのか。




「じゃー、オカ研もそんなに楽しくないってこと?」
 私が話の流れでそう訊ねると、鳥羽君は顔をしかめた。
「……楽しいから、嫌になるんだ」


 渋々ながら認めざるを得ない。といった口調だった。
 ……麻薬によって人間らしい姿にこの天狗がなったのだとしたならば、元はそこまで人間というものを好んでいたわけではなかったろうに。
この様子では丸っきり全部最初の価値観を捨て切れたわけでもない鳥羽君は、横目に眺めると、とても複雑そうな表情をしていた。ユニセックスな魅力のある男子アヤカシだけれど、飲み終えた缶コーヒーを睨む姿はちゃんと人類の範疇に見えてしまう。
その自然体にみせながら矛盾に満ちた彼を、どうしてだろう。
人間などまだ本当は嫌いなのだと己に言い聞かせつづけている不格好な心理には、とても共感してしまって。……君を初めて好きだって思えた。


「……私と、一緒ね」
 そう呟くと、鳥羽君は視線をこちらに向けた。
いつもの焦げ茶の瞳は光の加減か、アンヴァーにも似ており。すっと切れ長の睫毛を伏せて彼は一言、口にした。
「おう」


 己を映し全てが相反しているような彼に、体温を感じたいと指をのばすことほど愚かなことがあるだろうか。冷たい鏡の中を覗き込む想いがするだけだというのに……。
もしも、同じ血の通ったイキモノであったのなら、私はこの男子に恋をできたのかもしれないと。そうぼんやり思って。
――そんな花咲く未来が来るはずもないと知っている私は、にい、と精一杯の笑顔を浮かべるのだった。







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