悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆24 人知れずに隠すモノ



 我が校の図書館は結構充実している。他校との差別化を狙い、増築の際に蔵書数を増やしたからだ。兄さんは在籍していた頃、ここに入りびたりの状態だったと聞く。
 数理の分厚い参考書は、試験前になると人気が集中し、終わると見向きもされなくなる。学生の救世主は、困った時にしかお呼ばれでないらしい。
日焼けした古典などは寄贈の判が赤く印されていることも多い。セピアがかった表紙をめくった卒業生の数は、私には想像もつかない。


 ダンベルができそうな図書でいつも勉強するのが学生の模範なのであろうが、今の司書はなかなか話が分かる人物らしく、生徒のリクエストもほどほどに採用してくれている。
旬の娯楽小説が入ることも多いので、私も一年次からたまに利用させてもらっていた。


 重めのガラス扉を押し開けて館内へ入ると、開けた空間に利用者は少なかった。窓からこぼれる日光と、かすかな印字の匂いが空気に含まれている。




「……で、どこにあるんだよ。例の本は」
 鳥羽君は、かったるそうに言った。公共施設で魔導書という単語を発したくないらしい。
 あの話の決着がついた時には、閉館時間になっていた為。翌日、終業の鐘がなって早々に集まった私たち、オカルト研究会は異様に広い館内で迷子になりそうになっていた。


「……ここにあった筈なんだが」
 困惑顔の夕霧君が見ている棚には、民俗学の書籍がずらりと並んでいる。


 私たちはうろうろと、この書棚の周りを舐めるように調べたけれど、そこには魔導書の影も形もなく、それらしきものと云えば、民話集くらいだった。
 白波さんが、その内の一冊を引き出すとめくりだす。まるで、魔導書が変装しているのではないか。と疑うように世界の妖怪図鑑に視線を走らせている。その反応をさりげなく窺っていた鳥羽君は、白波さんがつまらなそうに本を閉じると、ちょっと安堵したようだった。


 私はその光景を見なかったことにし、言った。
「もう、諦めて司書さんに聞いた方がいいんじゃないかしら」
 希未は、手を振って。
「いやいや、あの魔法陣が描かれた翌日に堂々と魔導書の在りかなんか、聞けないって。これ以上ないってぐらいの不審者だもん」
「……でも、この図書館から探し出すのは無理よ。図書検索の場所から移動してるんだもの」
 私がため息をつくと、夕霧君が眉をひそめた。


「ちょっと待て。……ここの蔵書点検が行われたのは2月だぞ。検索機に登録した位置からまとめて移動してるのは、いくらなんでも不可解じゃないか」
 こんな事を呟いた夕霧君に、白波さんが首を傾げて言った。
「本の整理をしたんじゃない?」


 鳥羽君が、その言葉に突っ込んだ。
「いや、この学校の管理がそこまでずさんなわけねーよ。これ、多分事件が起きた後に慌てて教員か司書が撤去したんだ……見ろよ。ここら辺の棚、少しずつ間引いた後があるぜ」


 彼が、本と本の隙間に手を差し入れた。なるほど、この辺りの本が借りられたのではなく、魔導書を取っ払ったスカスカの空間を他の棚の本で誤魔化しているのだ。


「ここにあった魔導書って、夕霧家で持ってないの?」
 私が訊ねると、
「従兄弟なら自分用に確保してあると思うが……地方の大学に進学してるから、どんな本を寄贈したか聞くのが精々だな。似たような本ならオレも持ってるだろうから、それで魔方陣の解読はできると思うが」と夕霧君は答えた。


「でも、みんな隠しちゃうってことは、明らかに怪しい本だったのよ。少なくとも、模倣犯が参考にしかねない内容だったんでしょ」
 希未が、じろりと夕霧君を見て言った。かなり嫌味ったらしい。彼は素知らぬ顔をした。
「夕霧君、多分なんの本を家から持ってくればいいか、分かっているんでしょう」
苦笑交じりに私が聞いてみると。
「まあな」と彼が当然そうに頷くもんだから、一生懸命近くの本のタイトルをまだ調べていた白波さんが驚いて顔を上げた。


「えっ、夕霧君も魔導書を持ってるの?」 目を丸くするのは白波さん。
「こいつが買ってない方が想像つかねえな」 鳥羽君は言った。




 ふと、隣を見ると希未の姿がなかった。周囲を見渡してもいない。……はて、どこに行ってしまったのだろう。そう不思議に思っていると、しばらくして彼女のよく通る声がした。


「ラッキーだわ、カウンターに遠野さんが当番でいたわよ!」
 この事情を知っていそうな人物を探しに出向いていたのか。そういえば、遠野さんって1年の時から図書委員だったっけ。当番じゃなくても図書館に通っている彼女なら、魔導書の行方を知っていそうだし、あれだけ内気なら先生にチクることもないだろう。


「遠野さん、今日の図書当番だったんだ」
 白波さんが希未の報告に笑顔を浮かべた。


「ないもんは、ないんだから。遠野さんにこの棚の本がどこに行ったか、聞いて退散しましょうよ」
 私がそう促すと、しゃがんでいた鳥羽君が立ち上がった。夕霧君はちょっと恨めし気に、魔導書の消えた書棚を眺めて立ち去る。




 入口の近く。木製の古びたカウンターに私たちが移動すると、その中で、白い背表紙のハードカバーを抱えて読んでいるクラスメイトを見つけた。
丁寧に結われた三つ編みに校則を厳守した制服の少女。遠野ちほさんだ。
 私は、声をかけた。
「遠野さん」


 三つ編みが、びくんと揺れた。


「――ひゃ!?」
 よほど熱中していたのだろう。彼女は、おろおろ開いていたページを指で押さえてから、こちらへと振り向いた。たった今自分を読んだ人物が誰だったのか視認すると、こわばった表情がゆるんだ。


「……ご、ごめんなさい」
 心底、すまなそうに遠野さんは言う。


「誰も来ないって思ってた?」
 私がおどけて言うと、臆病な彼女は本を握りしめて縮こまった。責めるつもりはないのだけど。希未が、カウンターに身を乗り出す。


「遠野さん!ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいよね?」
 目をパチパチ動揺している遠野さんに、にいっと希未は笑った。


「……突然悪いな。実は、部活の資料にしようと魔術関連の書籍を探しているんだが、以前に並んでいた棚から移動してしまったようなんだ。行方を知らないか?」
 夕霧君が言った。精一杯のオブラートだ。魔導書という単語を誤魔化したあたりなど陛下にしては上出来だと思う。鳥羽君は、この集団とは無関係とアピールしたいのか、雑誌コーナーの方を向いていた。


 遠野さんは、「え、あの。知りません……っ」と目を逸らした。


「えー、ホントに?」
 疑わしそうな声を出し、遠野さんの顔を覗き込む希未。止めてあげて。多分、彼女は教員から知らないことにされてるのよ。
更に希未が粘ろうと口を開いた時、第三者の男の声がした。


「おー、仲良く勢ぞろいしてどうした?」


 無造作な灰色の髪に眼鏡、いつものスーツ。2冊の本を抱えた国語教師、柳原政雪が図書館の扉を開けたところだった。入口のカウンターに集合している自分のクラスの生徒にびっくりしたんだろう。


「柳原先生こそ、どうしたんですか?」
 白波さんが驚くと、彼は「オレはこう見えても読書家なんだよ、小春さん」と笑った。


「何を借りてたんですか?」
 私が訊ねると、雪男はひょい、と私たちに表紙を見せた。……アイスクリームのレシピ本と、洋書だった。


「先生、英語の本が読めるんですか!」
 白波さんの声に、「いんや、読めない」と先生は即答した。


 がく、とよろめく白波さんに、柳原先生は照れくさそうに頭をかく。
「英語の臨時講師にアメリカで人気だと薦められたんだけど、20ページくらいで断念してな。恋愛小説だったようなんだが、後は和訳が出るのに期待するしかないわ」
私は呆れて言った。
「なんで、出来ないのに挑戦したんですか」
「1年に1回くらい、英語を勉強したくなる周期があるんだよ。新聞広告にムラッときてさ」
 ……毎年似たようなことやってんのか、この雪男。
私たちが苦笑していると、柳原先生はカウンターにその2冊の本を置いた。


「遠野ちゃん、これの返却頼むわ」
「……は、はい」
 彼女は消え入りそうな声で了承し、本のバーコードを読み取っていく。赤い光が当てられ、ピ、と機械音が鳴った。


「いつも、ありがとうな」
 担任の礼に、遠野さんは俯いた。手ぶらになった彼は、私たちを見やった。


「まあ、お前らもヤンチャは程々にしとけよ」
 そう言い残して、柳原先生は鳥羽君に目くばせをし、ガラス扉を開けて立ち去った。
 冗談めかして笑っていたが、……グレーの髪から覗く目が、鋭く細められているのを私は見てしまった。雪男による意味深な視線を受けた天狗は「……言われるまでもねえ」と、不機嫌そうに呟いた。


「やっぱり、私たち先生から疑われちゃってるよ」
 白波さんが不安げな声を出した。


「少なくとも、オレたちは法律に違反してないさ……、図書館に資料を探しにきただけの勤勉な学生だ」
 夕霧君はシニカルに言って、腕組みをした。希未は、ふん。と笑って同調した。


「大人しくしてたら後手に回るだけじゃない。首を突っ込むかどーかは、あの魔法陣を調べてからでも遅くないわよ」
「そ、そうかもだけど」
 怖気づきかけた白波さんを、夕霧君と希未が笑い飛ばしている中、普段なら会話に混ざる人物がずっと沈黙していることに気が付いた。


 私が、雑誌コーナーの近くに立つ鳥羽君アヤカシの方をさりげなく見ると。
彼は、どこか考え込むように無表情で。みんなの会話など、耳に入っていないようだった。







「悪役令嬢のままでいなさい!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く