悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆2 見たくない現実、見せない本音

 

 私の家族は実にややこしき関係で繋がっている。 
 月之宮家だけではなく払魔業界は、今も昔も慢性的に人材が不足している。
こればっかはハローワークで募集するわけにもいかない。まず、第一条件として力の弱い雑妖がふよふよ漂っているところが視える人間じゃなきゃ、こんな仕事がこなせるわけがないからだ。
 街角の求人情報フリーペーパーにそんなこと書けるわけがない。とんでもなく怪しすぎるわ、命がけの思いはするわ、周囲に大っぴらに相談できないわ、のetc.があっても就職したがるような才能ある若者がそこらに丁度よく見つかったら、ええ。是非とも紹介して欲しいものだ。業界関係者なら、どこだってもろ手をあげて大歓迎することだろう。
我が家だって立候補するかもしれない。 
そもそも、前提として霊能力者の出生率はかなり低い。陰陽師の家系の子供が視えない人間だというのも、結構ザラにある話だ。


 
 代々家系に才能がある人間と婚姻を結ぶことによって、どうにか後継を繋いできた月之宮家は、父の代で深刻な人材難に陥ったらしい。
というのも、アヤカシを視れる子供が本家も分家も全くいなかったからだ。


 祖父や祖母はそれなりに霊能力の強い人で幾度か修羅場も目撃していたため、一門が絶えてしまうことに非常に危機感を感じた。世界的にも殆どの家が魔女狩りなどで離散してしまった現在、平安から続く月之宮を残すことの大切さを誰よりも実感していた祖父は、只人である父の縁談の選定にじっくり腰を据えてとりくんだ。
 余りに念を入れて取り組みすぎた結果、父はその間に提携先の会社の受付嬢であった母と勝手に入籍してしまった。まさかの電撃結婚に、聞いた瞬間祖父は卒倒しそうになったらしい。




 父の余りのフライングダッシュっぷりに、祖父母は怒る気力すら湧かなかったそうだ。反対でもして一人息子に出奔でもされようものなら、と分家のとりなしで矛をおさめ、一般人の母を本家の嫁として迎え入れたのだという。


 そうした経緯を経て生まれた私、八重に祖父母に匹敵する異能があると知ったときの喜びようといったら、尋常ではなかった。お家断絶まで覚悟していたのに、孫の代で二人も能力者が誕生したのだ。そう、二人。私より先に分家で生まれた男児もまた、才気あふれる子であったため、熟慮に熟慮を重ねた結果、彼を本家の月之宮に養子に貰うことに決めたのだ。
 兄は、祖父母の教えをぐんぐん吸収した。私も負けじと修行に励んだ結果、陰陽道に関してはようやく独り立ち、というところで祖父は亡くなった。三年前に亡くなった祖母の名を呼んで、満足そうな表情だった。






 つまるところ、残された両親はアヤカシに関しては頓珍漢な人種であり。
 父は兄をわが子として育みながらも、月之宮の裏稼業に関しては兄を仰がなくてはならない。知識はあるので案件の取次はできるけれど、現場にでることはかなわない。
祖父が他界した後の月之宮家は、そんな船頭が2人いる状態になってしまった。財閥の面と陰陽師としての面が、見事に父と兄によって分離したのである。
 実のところ、父は大学に入る頃には一族をカルト宗教の集いであるとの見解を有していたらしい。そりゃもう、子どもの頃から色々な葛藤があったんだろうが(なんせ、剣ばかり振ってたあの爺様だ)。
現在の彼は。教祖の祖父が他界した後の、胡散臭い陰陽業の商いは兄さんと私に全て任せてしまい。
のらりくらりと形ばかりそれを黙認することで、会社経営のためにその旧家やら財閥とやらの繋がりを保持していく方向で己の折り合いをつけたらしい。
これっぽっちもアヤカシの存在を信じちゃいない頑固な頭は、一切変わることはなかったし、きっとこれからも両親は娘のお仕事事情を理解する気すらないのだろう。






 私の入学して早々の転校希望を現実主義者の父はスパンと却下した。あれだけの私学への受験の頑張りがありながら、お前は一体何を突然言い出すんだと彼は胡乱気な目で私を見て。穏やかな母は苦笑して体温計を持ってきた。
父さん、母さん。私は正気だ。
この体温計を見てちょうだい、36.6のバリ平熱じゃないの。


じゃあ今度は、食あたりか!さてはもう五月病かと困惑し始めた両親との、異文化コミュニケーションは哀しいことに失敗に終わった。
もう仕方がないので、学校に巣食う妖怪事情を陰陽師である兄に、ゲーム云々を伏せて相談することになった。
大妖怪5人が普通の高校に集結していることを聞き、彼はなんだか複雑そうな顔をしていたが、私の参観日に様子見に来たところ同学年の鳥羽君を見てアッサリ納得した。彼曰く、イケメンすぎるんだそうだ。
あまり慣れ合うなよ、と兄は少々顔色悪く忠告すると、学校の様子を度々妹から報告させるようになった。
ネットで何やら一生懸命に調べているようで、真剣な表情で考え事をしている彼の邪魔をしてはいけないと、たまに温かい紅茶を淹れてあげたりして。辛抱強く私は、思案している月之宮の後継の沙汰を、ひたすら待った。


 本当に私の言葉を信じてくれていたのだ、と分かったのは。英語の喋れない彼がおもむろに海外留学を強引に決行したときである。
妖怪が歩き回る校舎や、そこに通学せねばならない可愛い妹を日本に置き去りにして、こっそり手続きを済ませていた大学生の兄は、一人で荷物をまとめてイギリスへと逃げ出してしまった。
 空港で泣きそうな妹を振り切って爽やかに手を振って旅立ったげどうの姿に、裏切られた私がやさぐれたのは言うまでもない――――。






 ――ガヤガヤと生徒で賑わうクラスの中で。
かなり壮大な現実逃避を終えると、私は現在。高校二年4月に頭をリセットさせた。
もう思い出したくもないというのに、昨年の夏の終盤に飛行機に乗った兄の堂々たるドヤ顔の記憶にムカつくのはこれで何度目になるだろう。
あの時も、相当に空港で心理的に追い詰められたものだけど……。


 目を背けたい隣席の男子クラスメイトと席替えのくじ引きによって物理的に距離が詰まってしまった現在も、かなり頭を抱えたいことになっている。
 仕切りやの女子グループが作ってくれた白い紙でできた、番号付のくじは。普通に種も仕掛けもしようがない透明なビニール袋に入ってたわけなのだけど、一体何がどうして私の指は40名余りが参加したこのイベントから、低確率な最悪の条件を引き当ててしまったのか。
 運命の強制力か、それとも誰かの悪意か陰謀か!?
どうして私はこないだの視力検査をクソ真面目に受けてしまったんだ。こんなことが起きるなら、前の席の子と代われるよーに適度に嘘をついておけば良かったのに。きっと、この人外のイケメン男子の隣ポジションの机はミーハーな他の女子には、大人気だろうに。
 そう。春早々、私の隣の席に現在。自分の教科書や鞄を持って引っ越ししてきたカッコイイ男子生徒は、学校のどこかに散らばっている、おっかないアヤカシの1人の天狗さんなのである。
 ……クラス替えの名簿で嫌な予感がしたら、この席替えの結果よ。


 ああ、同じ空気を吸いたくない……。
 くじ引きで名簿順からシャッフルされた席に腰かけ、私はもうブルーになった。
 さあ現実に立ち返れば、隣の鳥羽杉也、後方の白波小春さん。
何度放心したって変わらない。隣の攻略対象者アヤカシ、後方のゲーム主人公ヒロイン
 なんの因果でこの攻略対象者と主人公の間に挟まれなくちゃならないのだ。日頃の行いか。
この世界に反映されているらしき本来の原作では、アヤカシと月之宮は仁義なき殺し合いをしあう間柄なのだけど。主人公はロマンティックに私という屍を乗り越えてハッピーエンドを掴みとる予定だけれど。
もうそんな暴力的な未来予定図や。裏設定が元からなくたって、白波さんは昨年からフツーに女子から冷やかに扱われているのである。
 攻略対象者のイケメン男子たちと会話をすることが多い、彼女は色々と目だってしまっているわけで、波風たてずに無難に卒業したい私とは対極をいく存在だ。
爆弾をゴロゴロ持ってる娘さんに関わりたいほどの、義侠心ポリシーは持ってないんです。残念ながらね。


 クラスメイト、鳥羽杉也。
よく運動部の勧誘を断っていることで有名なアヤカシは、ようやく私の隣の席への引っ越し作業を終えたようだった。
 今まで、遠目にしか見かけたことがなかったが……。
 鳥羽君の髪型は日本男児のくせに少し珍しかった。背中まで伸ばされた黒い長髪をポニーテールにしていて、よほど髪質がいいのか悔しいことに中性的な顔によく似合っているのだ。
「よろしくな」と人心地つけた彼は、笑みを向けてくる。
クールでありながら、親しみのこもった挨拶は好感のもてそうな印象で、面接会場でも充分通用するだろう。


 私は、よろしくしたくないんだけどね。
……だが、なんとか顔に出さずに愛想笑いをした。


「よろしく」
 これで会話を終えて、互いにドライな隣人となればいい。まるで空気のように存在をスルーしてくれて構いませんし、シカトして欲しいくらいですから。
卒業写真を見てもまるで思い出せないクラスメイトAとかのポジションを、すごく希望してるんだけど……。
 そんな目論見を打ち砕くかのように、後方の白波ヒロインさんがあどけない笑みで話しかけてきた。


「ねえ、月之宮さんって、今年の成績優秀者を狙ってるって本当なの?」
 みんなから聞いたんだけど、と彼女が言ったので、私は「……ええ、まあ」と引きつりながらも頷いた。


「やっぱり、すごいなあ。この学校って私立高校なだけあって、みんなレベル高いから競争が激しいでしょう」
「かなり難しいわよね」


 なるべく、角を立てずに会話が続かないように文字数を少なくする。白波さんに嫌われるのはべつに構わないのだが、鳥羽君の存在がひたすら恐ろしい。
隣席の天狗が白波さんを気に入っていることは周知の事実である。先日のテストで学年一位だったのを鼻にかけているのではなく、彼は正真正銘の天狗様なのだ。この攻略対象は。




「白波、勘違いするんじゃないぞ。お前はバカだ」
 何。その、ツンデレに見せかけたけなし言葉。
 鳥羽同級生がくるりとボールペンをまわしながら白波さんに言った。器用に操っている。
「バカって断定した根拠を十文字以内でのべなさいっ」
白波さんの無茶ぶりに、わずかに鳥羽君が黙した後に。




「『猿の方が賢い』」
「月之宮さあんっ」


カンカーン!白波さんが一発KOされたのに、私は苦笑した。
彼女は、ふわふわしたロングヘアに色白のたまご肌。睫毛の長い瞳は大きく、アイドル顔負けにキュートな見た目をしていて。今はチワワのような潤んだ眼差しでこちらを見ている。
男だったら、こういう可愛い女子ってたまらないんだろうな……。


「『間抜け面をさらすな』」
鳥羽君のつっけんどんなセリフに重ねるように、第三者の声がした。
「よーは『可愛いくてたまらない』って訳されるんだろう?にしし」
私の机に不意に人型の影がさす。
視線を上げると、腰に手を当てて愉快そうに笑う私の友達、栗村希未の姿があった。かなりこのくじ引きで席が離れてしまったけれど、どーやらはるばる出張してきたもよう。


「私にも、『バカな子ほど可愛い』ってのは分からないでもないけどねえ」
希未が首を傾けると。真顔の彼は、ちらりと後方に視線を送った後、おもむろに口を開いた。


「人類にはな、二つのバカがある。……可愛げのあるバカと見るも無残なバカの二種類だ」
「ねえ。もしかして、それは私に言ってるの?」


白波さんの言葉に、「お前はな……残念ながら、後者だ」と末期の患者に病名を告げる医師のごとく重々しく彼は言った。


「ひどい!?」
手痛い宣告を受けた白波さんに、希未は「ドンマイだねっ」とフォローする気がさらさら感じられない追い打ちをかけた。自分の友に言うのもなんだが、彼女はたまに意地悪なところがある。


「さっきから月之宮が否定しないのが、それを証明しているだろ」
「そうだったの!?月之宮さんっ」
鳥羽君はニヤニヤ笑って私を見た。


「邪推しないでちょうだい」
「見ろ、これが持てる者の余裕というやつだ」
勝手に人をダシにして、好きな娘で遊ぶな。迷惑だ。


「いやいや、コアな男子にはステータスかもしれないよ?」
希未が、白波さんに視線を……いや、具体的には薄い胸部をガン見して言った。あからさまだった為に流石に何を言われたのか理解したらしく、なだらかな平面を、白波さんは押さえて口角をへにょりと下げた。




「ちょっと、分けてくれませんか?」
彼女は、真顔で私に(主に胸を見て)そう言った。


いやそんな、お弁当のおかずください、みたいに言われましても。







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