学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ
軽音と陸上の間で
太陽と別れて、先に先輩が到着しているスタジオに向かった光と千絵。
二人が所属する部は軽音部。
部員は3年生が2人で、2年生が3人、1年生は0人の計5人。
一応正式な部であるが、軽音部に部室は用意されておらず、基本的には自主練が主。
だが、時折音楽は合わせないと完成出来ないから、予約制のスタジオを借りてここで練習をする。
練習を開始して30分。
練習の成果を試す為に、一通り演奏する。
曲は2曲。1曲目がカバーソングで、2曲目はオリジナルソング。
オリジナルソングは作曲知識のない光、千絵では無理で、作曲は二人の同学年であるキーボード担当の朝木美緒。作詞は3年生のベース担当の原田麻衣。
もう一人の3年でドラム担当越智瀬奈は部長と言う肩書の練習場などを確保する雑用係。ギター担当の光と千絵も越智の手伝いに当たる。
鹿原高校軽音部『victoria』が結成されて2か月。その練習の成果は、
「…………渡口。何かあったの?」
「どうしてですか?」
自分たちの持ち曲を演奏し終えた矢先に、部長の越智が光に苦い顔で尋ねてくる。
光は怪訝そうに聞き返すと、越智はドラムスティックを光に指し。
「なんていうか、感情が籠ってないと言うか、上の空でギターを弾いていると言うか。前は弾けてた個所を何回もミスしているし。今日何かあったのかなーって思ってさ」
光に指していたスティックで自分の肩を叩く越智が光の演奏を指摘する。
指摘された光は眉を一瞬引くつかせると、浅く頭を下げて。
「すみません。別にそういう訳じゃないんですが。ミスは単なる練習不足なだけで、今度の練習には覚えて来ます」
「いやいや。別に渡口を責めてる訳じゃないよ? 高2で始めた初心者の割には上達速いし。どちらかと言うと単純なミスが多いのは、高見沢の方だけどな」
越智の視線が我関せずの千絵の方に向けられると、千絵は睨みつけられたカエルの様に少し飛び跳ねる。
が、特にそれを言及はせずに越智の目線は再び光に戻り。
「まあ、大体の理由は分かるんだけどさ」
越智の言葉に光と千絵は表情を強張らす。
もしかしてあの場面を見られた?と頭によぎる。
だが、グラウンドの隅とは言え校門を通る道に近い場所。周りにちらほらと生徒たちが居たから、見られていても不思議ではないが、知人にあの場面を見られるのは色々と面倒だった。
「……見てたんですか?」
光が弱そうな声音で越智に尋ねるが、越智は小首を傾げ。
「見たってなにが?」
彼女は知っていて聞き返しているのか、光は更に言葉を進める。
「グランドでの、私たちのやり取りをです……」
再び光が越智に聞くと、越智は首を横に振り。
「何を言っているのか分からないけど。私は学校が終わったら直ぐにここに来たからな。何かあったのか?」
どうやらこの人は本当に知らないようだ。
別に聞かれた、見られたからと言ってマズイって訳ではないが、何となく安堵の息を零す光は顔を横に振り。
「別になんでもありません。気にしないでください」
ふーん?と少し納得がいかない越智だが、これ以上の追及はせまいと話題を戻す。
「まあ、お前が気にしている事ってのは大体分かるよ。はるみね……だったか? 今日うちに転校して来た天才陸上選手。それがお前の後ろ髪を引いてるんだろ?」
革新を突く鋭い推測。
殆ど正解だ。
現在の光のモチベーションは限りなく低い。その原因の一つが越智の言う晴峰の件だった。
「……どうしてそう思うんですか?」
「いや、だってな。お前も入学当初は期待を寄せられてた陸上選手だっただろ? 怪我して引退したとはいえ、陸上に対して未練がない訳がない。怪我さえなければ、こんな廃部寸前だった軽音部に入る訳がないからな」
そんなわけない、光は即座に否定しようとしたが、実際怪我さえなければこの部に入っていなかったというのは事実故に言葉が出せなかった。
越智が言いたい事はこうだった。
光は元とは言え陸上部の期待の星で、全国大会にも出場が出来るかもしれない程の有力選手。
だが、1年前に怪我をして泣く泣く陸上部を引退。
その後に偶然とはいえ、後釜で光と同等の実力を持つ御影が入部した事で何か思うところがあるんじゃないか?
と言う事だった。
その気持ちが演奏に響いて単純なミスを連発させている。
音楽は演奏者の気持ち次第で音色が変る繊細な美術。
そして部長だからか部員をしっかり見ている様子で、光の変化に気づいていた。
「それで? 私の推測は違ったかな?」
「(概ね)合っています。……すみません」
「いやいやだから。別に私は渡口を責めている訳じゃないって。逆に気にするなって言う方が酷だろ? スポーツ選手なら、そんな凄い選手と競いたいって思うだろうからさ。いやー熱いよね、ライバル達と切磋琢磨に競い合って己を高めていくあの気持ちって」
当たり前だが、越智は光と御影の過去を知らない。
一度中学で競った事があるが、それを知らない越智は二人は面識がないと思っている。
別にそこを指摘するつもりはない光は、少し路線を変更させようと、
「越智さんって何かスポーツやってたんですか?」
どうやら越智はスポーツ選手が持つ闘争心を理解しており、だから越智も何かしらのスポーツ経験があるのではと尋ねるが、彼女はキョトンとした表情で。
「え? 別にないけど?」
ないんかい! と光は強くツッコもうとしたがグッと堪える。
「まあ、なんだ。正直言って、気にするなとは言わないけど。陸上《あっち》は陸上《あっち》、音楽《こっち》は音楽《こっち》で気持ちを切り替えて欲しいってのはあるかな」
再び光が逸らそうとした話題を戻され、光は越智からの苦言に憮然な表情で頭を下げ。
「……すみません」
責めている訳ではないが、再三謝罪する光に越智は同じ事は言わなかった。
越智は椅子から立ち上がると、光の方へと歩み寄り。
「正直、私や原田は、お前が入って来て感謝しているんだぞ? 勿論、高見沢と朝木もな。お前たちが入って来なかったら、春の間にこの部は廃部だったんだから」
鹿原高校で正式に部として認定される部員数は5名以上。
4名以下なら同好会だが、同好会の期限は2年間。それまでに部員を5名以上にしなければ廃部となる。
越智と原田は高1の春に軽音同好会を作ったが、中々部員集めに悪戦苦闘をして集めきれず。
今年の春に廃部を覚悟して終わりの時を待っていた時、最初は朝木が入部をして、続くように千絵と光が入部をして、この部は存続出来る事になった。
「ライブ、つまりは文化祭だけど、正式な部じゃないと演奏が出来ないってふざけた規則があって、私たちは2年間演奏が出来なかった。だけど、ようやく高校最後の年に演奏が出来るんだ。本当に嬉しかったんだぜ」
5人になって初めて出られるライブ。
3年の越智、原田にとっては最初で最後のライブ。
2人にとって精一杯の思い出を作りたいと思っているはず、だが。
「けど、私は別に無理強いはしないし、したくない相手と演奏もしたくない。お前がまだ陸上に未練があるんだったら、それが晴れるまで無理に何かに縋る必要はないぞ」
越智はポンと光の肩を叩き、
「まあ、せめて幽霊部員として名前だけは部に在籍してほしいが。なーに気にするな。私も越智も、今年まで何もしてこなかった訳じゃないし、最悪、二人でライブを完遂させてやるよ」
部長として先輩として、光の肩の荷を下ろす為の言葉。
その心遣いに光は涙を流しかけるが、それと同時に罪悪感で胸が痛い。
―――――こんな良い先輩がいるのに、陸上復帰をしていいのだろうか……。
二人が所属する部は軽音部。
部員は3年生が2人で、2年生が3人、1年生は0人の計5人。
一応正式な部であるが、軽音部に部室は用意されておらず、基本的には自主練が主。
だが、時折音楽は合わせないと完成出来ないから、予約制のスタジオを借りてここで練習をする。
練習を開始して30分。
練習の成果を試す為に、一通り演奏する。
曲は2曲。1曲目がカバーソングで、2曲目はオリジナルソング。
オリジナルソングは作曲知識のない光、千絵では無理で、作曲は二人の同学年であるキーボード担当の朝木美緒。作詞は3年生のベース担当の原田麻衣。
もう一人の3年でドラム担当越智瀬奈は部長と言う肩書の練習場などを確保する雑用係。ギター担当の光と千絵も越智の手伝いに当たる。
鹿原高校軽音部『victoria』が結成されて2か月。その練習の成果は、
「…………渡口。何かあったの?」
「どうしてですか?」
自分たちの持ち曲を演奏し終えた矢先に、部長の越智が光に苦い顔で尋ねてくる。
光は怪訝そうに聞き返すと、越智はドラムスティックを光に指し。
「なんていうか、感情が籠ってないと言うか、上の空でギターを弾いていると言うか。前は弾けてた個所を何回もミスしているし。今日何かあったのかなーって思ってさ」
光に指していたスティックで自分の肩を叩く越智が光の演奏を指摘する。
指摘された光は眉を一瞬引くつかせると、浅く頭を下げて。
「すみません。別にそういう訳じゃないんですが。ミスは単なる練習不足なだけで、今度の練習には覚えて来ます」
「いやいや。別に渡口を責めてる訳じゃないよ? 高2で始めた初心者の割には上達速いし。どちらかと言うと単純なミスが多いのは、高見沢の方だけどな」
越智の視線が我関せずの千絵の方に向けられると、千絵は睨みつけられたカエルの様に少し飛び跳ねる。
が、特にそれを言及はせずに越智の目線は再び光に戻り。
「まあ、大体の理由は分かるんだけどさ」
越智の言葉に光と千絵は表情を強張らす。
もしかしてあの場面を見られた?と頭によぎる。
だが、グラウンドの隅とは言え校門を通る道に近い場所。周りにちらほらと生徒たちが居たから、見られていても不思議ではないが、知人にあの場面を見られるのは色々と面倒だった。
「……見てたんですか?」
光が弱そうな声音で越智に尋ねるが、越智は小首を傾げ。
「見たってなにが?」
彼女は知っていて聞き返しているのか、光は更に言葉を進める。
「グランドでの、私たちのやり取りをです……」
再び光が越智に聞くと、越智は首を横に振り。
「何を言っているのか分からないけど。私は学校が終わったら直ぐにここに来たからな。何かあったのか?」
どうやらこの人は本当に知らないようだ。
別に聞かれた、見られたからと言ってマズイって訳ではないが、何となく安堵の息を零す光は顔を横に振り。
「別になんでもありません。気にしないでください」
ふーん?と少し納得がいかない越智だが、これ以上の追及はせまいと話題を戻す。
「まあ、お前が気にしている事ってのは大体分かるよ。はるみね……だったか? 今日うちに転校して来た天才陸上選手。それがお前の後ろ髪を引いてるんだろ?」
革新を突く鋭い推測。
殆ど正解だ。
現在の光のモチベーションは限りなく低い。その原因の一つが越智の言う晴峰の件だった。
「……どうしてそう思うんですか?」
「いや、だってな。お前も入学当初は期待を寄せられてた陸上選手だっただろ? 怪我して引退したとはいえ、陸上に対して未練がない訳がない。怪我さえなければ、こんな廃部寸前だった軽音部に入る訳がないからな」
そんなわけない、光は即座に否定しようとしたが、実際怪我さえなければこの部に入っていなかったというのは事実故に言葉が出せなかった。
越智が言いたい事はこうだった。
光は元とは言え陸上部の期待の星で、全国大会にも出場が出来るかもしれない程の有力選手。
だが、1年前に怪我をして泣く泣く陸上部を引退。
その後に偶然とはいえ、後釜で光と同等の実力を持つ御影が入部した事で何か思うところがあるんじゃないか?
と言う事だった。
その気持ちが演奏に響いて単純なミスを連発させている。
音楽は演奏者の気持ち次第で音色が変る繊細な美術。
そして部長だからか部員をしっかり見ている様子で、光の変化に気づいていた。
「それで? 私の推測は違ったかな?」
「(概ね)合っています。……すみません」
「いやいやだから。別に私は渡口を責めている訳じゃないって。逆に気にするなって言う方が酷だろ? スポーツ選手なら、そんな凄い選手と競いたいって思うだろうからさ。いやー熱いよね、ライバル達と切磋琢磨に競い合って己を高めていくあの気持ちって」
当たり前だが、越智は光と御影の過去を知らない。
一度中学で競った事があるが、それを知らない越智は二人は面識がないと思っている。
別にそこを指摘するつもりはない光は、少し路線を変更させようと、
「越智さんって何かスポーツやってたんですか?」
どうやら越智はスポーツ選手が持つ闘争心を理解しており、だから越智も何かしらのスポーツ経験があるのではと尋ねるが、彼女はキョトンとした表情で。
「え? 別にないけど?」
ないんかい! と光は強くツッコもうとしたがグッと堪える。
「まあ、なんだ。正直言って、気にするなとは言わないけど。陸上《あっち》は陸上《あっち》、音楽《こっち》は音楽《こっち》で気持ちを切り替えて欲しいってのはあるかな」
再び光が逸らそうとした話題を戻され、光は越智からの苦言に憮然な表情で頭を下げ。
「……すみません」
責めている訳ではないが、再三謝罪する光に越智は同じ事は言わなかった。
越智は椅子から立ち上がると、光の方へと歩み寄り。
「正直、私や原田は、お前が入って来て感謝しているんだぞ? 勿論、高見沢と朝木もな。お前たちが入って来なかったら、春の間にこの部は廃部だったんだから」
鹿原高校で正式に部として認定される部員数は5名以上。
4名以下なら同好会だが、同好会の期限は2年間。それまでに部員を5名以上にしなければ廃部となる。
越智と原田は高1の春に軽音同好会を作ったが、中々部員集めに悪戦苦闘をして集めきれず。
今年の春に廃部を覚悟して終わりの時を待っていた時、最初は朝木が入部をして、続くように千絵と光が入部をして、この部は存続出来る事になった。
「ライブ、つまりは文化祭だけど、正式な部じゃないと演奏が出来ないってふざけた規則があって、私たちは2年間演奏が出来なかった。だけど、ようやく高校最後の年に演奏が出来るんだ。本当に嬉しかったんだぜ」
5人になって初めて出られるライブ。
3年の越智、原田にとっては最初で最後のライブ。
2人にとって精一杯の思い出を作りたいと思っているはず、だが。
「けど、私は別に無理強いはしないし、したくない相手と演奏もしたくない。お前がまだ陸上に未練があるんだったら、それが晴れるまで無理に何かに縋る必要はないぞ」
越智はポンと光の肩を叩き、
「まあ、せめて幽霊部員として名前だけは部に在籍してほしいが。なーに気にするな。私も越智も、今年まで何もしてこなかった訳じゃないし、最悪、二人でライブを完遂させてやるよ」
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