学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

光の真意

 光の声に茫然としていた太陽は我に返り、光もその場を去ろうとする瞬間、太陽は閉ざしていた口を開き。

「てめぇ、光ィ! あの言い方はなんなんだよ!」

 太陽の怒声が響き、周りの帰宅途中と思しき生徒たちが太陽たちの方へと視線を集める。
 太陽に呼び止められた光は再び太陽の方へと体を振り返らせ。

「あれ? 私の事は苗字で呼ぶんじゃなかったの? 古坂君」

 感情を読み取れない冷徹な目をする光に、太陽はたじろぐも、太陽は腕を横に薙ぎ。

「うるせぇよ! そんな事はどうでもいいだろうが! お前、なんだよマジであの態度はよ! 知っているのか! あいつが、晴峰がどんな思いでこの街に来たのか!」

 激高する太陽に対して、感心を示さない冷えた態度の光はふーんと前付を付け。

「知るわけないじゃん。私、晴峰さんとまともに話したの今回が初めてだよ? なのに、初会話の彼女の心情が分かるって、私はエスパーかなにかかな?」

 当たり前だが、普通の人間は人の心を読み取れない。
 長い付き合いがあるのであれば、読み取れなくとも察する事は可能だが、光と御影の関係は浅い。
 中学の頃に一度だけ競技場で相見えただけで、光は彼女の心なんて察する事は出来ない。

 太陽も分かってる。そんなことは。
 だが、太陽は光の人の心を引き裂くような身勝手な発言に怒り心頭だった。

「あいつはな! お前との再戦が自分を奮い立たせる活力だったんだよ! 天才のあいつが、お前に勝ちたいって、今度はお前に負けないって、あの日から今日まで頑張って来たんだと思うぜ! お前言っただろあの時、『私も負けるつもりはない』って!?」

 光は直接に言い渡された訳ではないが、盗み聞きな形で聞いていた。
 その時の光の眼は、今の御影同様のライバルに闘志を燃やす滾った目をしていた。
 恐らく、あの時のあの表情、あの言葉に嘘偽りはないのだろうが、想いは年月を重ねるごとに薄れて行く。

 御影が今でも胸に掲げていた再戦。
 だが、当の本人は言われるまですっかり忘れていたかの様な失礼な態度。
 しかもそれを躊躇いもなく隠すつもりもなく言ってのける光の態度に、太陽は震えた拳を力一杯握りしめ。

「お前の怪我にとやかく言うつもりはねえ。オーバーワークだろうがなんだろうが、晴峰あいつの言う通り、一番辛いのはお前なんだからよ……」

 太陽は振り返ろうとした時の御影の一瞬の表情が見えた。
 毅然とした表情を貫き通そうとした御影だろうが、ほんの一瞬だけ気が緩んだのか、悲しそな表情をしていた。
 太陽はあの表情に見覚えがあった。

「……だがよ! お前にとって約束ってはどうでもいいものなのかよ! そんな簡単に反故出来るものなのかよ! 御影との約束といい―――――あの公園での約束といい! お前にとって、約束って大した物じゃないって切り捨てられるものなのかよ! その約束を大切にしている相手に対して、どうも思わねえのか!?」

 喉が擦り切れんばかりの怒声を張り上げ、太陽は息を切らして肩で呼吸をする。
 怒声がグラウンドの空気を払いのけ、遠くから聞こえる部活生の練習の声以外聞こえない閑散とする場。
 そんな状況で一番最初に動いたのが、予想外にも千絵だった。

 千絵はギュッと太陽の制服の袖を指で掴み、俯いたままに囁く。

「……ごめんね、太陽君……」

「……どうしてお前が謝るん―――――」

 怯えたかの様な小刻みに震える千絵の指。
 俯いて千絵の顔は見えないが、声音から千絵の悲嘆の感情が伝わる。

 太陽が千絵に最後まで言葉を言い切ろうとするが、千絵の行動がピストル合図だったかの様に、光が口を開いた。

「…………よかったの……」

 ん? と消え入りそうな程に小さく発せられた光の言葉に太陽が反応すると、千絵同様に顔を俯かしていた光が顔を上げる―――――その目に涙を蓄えながら。

「じゃあなんて言えばよかったの! あの時、晴峰さんから再戦を申し込まれた時、私はなんて言えばよかったの!」

「お、お前……」

 久々に見る光の荒ぶった表情。
 太陽は光と疎遠になっていたというのもあるが、光は滅多な事で声を荒げる事はない。
 光がこんな風に感情を爆発させたのを見るのは、中学2年の頃が最後だ。

 光の態度の一片に固まる太陽へと光は近づき、鋭い目が太陽を捉えて離さなかった。

「晴峰さんとの約束をどうでもいいなんて……忘れた事なんて一度もないよ!」

 光の、その御影との会話や先ほどまでの自分との会話の発言を覆す一言に太陽は驚く。
 光は確かに言った。

―――――御影との約束は忘れていた、と。

 だが、目尻に涙が溜まっているものの、太陽を突き刺す睨みつける様な眼をする光から嘘は見受けられなかった。

 そして、太陽が何かを言おうと口にするよりも先に光は捲し立てる様に言葉を放つ。

「私たち同い年で陸上を携わる者からすれば、晴峰さんは天上の人で、憧れで、目標でもあるんだ人! 私も、陸上をしていた頃は、こんな凄い選手と一度でいいから一緒に走りたい。出来る事ならこの人を超えたい。そう思って練習をしてた!」

 知っている。
 光が陸上を始めてから二人の恋が別れるまで、最も彼女を近くで見守って来たのが他でもない太陽だ。
 光が御影を目標に頑張って来た事は知らなかったが、彼女の練習で流した汗、辛くも己に鞭打ち取り組んだ姿を太陽は知っている。

「そんな人にだよ……。私は中学の頃に、全国大会って言う大舞台で、初めて戦って、初めて勝った! 嬉しかった! あの時の興奮を昨日の様に覚えてるよ!」

 それはスポーツを取り組む者が誰もが欲し、そして夢叶えられずに儚く消えてゆく。
 勝負には勝者と敗者がいて、喜ぶ勝者の他に苦汁を舐める敗者もいる。
 勝者の喜びを得られる者は一握りで、殆ど者が敗者だが、光は努力の甲斐あって、勝利の喜びを感じる事が出来た。
 だが先にも言ったが、勝利を喜ぶ勝者とは別に、敗北を得た敗者御影もいる。

「あの時本当に陸上をしていて良かったって思った。努力が実を結んで、頑張ってきて本当に良かったって思った。そして、それ以上に――――――晴峰さんにもう一度勝負したいって思われた事が本当に嬉しかった!」

 直接言われた訳ではない。
 だが、間接的とは言え、光は自分が憧れ目標にしている人物から再戦したいと言われた事が嬉しかったようだ。
 アマチュアの選手なら一度でもプロと一緒に競えられる事は最上の喜びかもしれない。
 光はそれと同じ感情を御影に向けて抱いていたのだろう。
 
「……太陽に言われなくても、晴峰さんがどうしてこの学校に転校して来たのか、大体の理由は予想出来るよ。……どうして……。どうしてここに転校きたのかな……。晴峰さんには悪いと思ってたけど、約束……あのままウヤムヤになってくれたらよかったのに……」

 ここまでで太陽は光に対して一言も口を出す事が出来なかった。
 昔からそうだ。
 こうやって叫びたてる光には、太陽はいつも黙って聞いている事しか出来なかった。
 それが、彼女に怨情を抱いていようとも……。

「本当に馬鹿だよ……私は」

 顔を俯かして涙の雫を落す光はゆっくりと顔を上げた。
 そして頑丈に塗り固められた壁画の様な作られた笑顔を浮かばし。

「こんな事になるんだったら、求めなければ良かった……。もう手に入らない、いや……私が得る資格がない物を求めて、無茶した結果、更に嫌われる相手を作ったんだから……」

「……お前。何が言いたいんだ……?」
 
 太陽はやっと言葉を口に出来た。
 だが、絞り出して吐き出した声量は弱かった。

 太陽の問に光は一拍の間を空けて答えた。
 否、それは答えたと言うべき言葉かは分からない。
 何故なら――――――

「……太陽には、関係ないよ」

 その言葉を最後に会話を切り、光は踵を返して歩き出す。
 だが、数歩歩いた所で光は立ち止まり、太陽の顔を見ずに話しだす。

「ほんと私って、約束に振り回される人生なんだね……」

 意味深に口にした光の言葉。
 その言葉の意味を問いただす前に光は颯爽と再び歩き出す。
 数秒思考を止めて茫然と立つ太陽だが、そんな太陽の背中をポンと叩く感触。
 それは太陽と光の会話を横で無言で見守り聞いていた、もう一人の幼馴染の千絵の手だった。

「……ごめんね、太陽君。けど、光ちゃんを責めないであげて。光ちゃん。いつも笑顔で気丈に周りに振る舞うけど、本当は凄く傷つきやすい、弱い子だから……」

 光の一方的な激昂への擁護を口にする千絵。
 千絵の焦る態度が見え、恐らくこれ以上二人の溝を広める訳にはいかないへのお節介かもしれない。
 だが、そんな千絵の心遣いを遮る様に、太陽は一人遠のく光の背中を指で差し。

「……いいのか? あいつ、もう先に行ってるぞ。部活の練習なんだろ? 先輩待たせるといけないから、さっさと追いかけてやれ」

 太陽が言うと、千絵は本来の目的を思い出したかの様なハッと表情に出す。
 だが、このまま行っていいのか、それとも光の擁護を続行すればいいのか視線を光と太陽を行ったり来たりさせてると。

「大丈夫だ。分かってる。お前の言いたい事は。だから、さっさと行ってやれ」

 しどろもどろする千絵を落ち着かせようと、力強く彼女の髪をワシャワシャと掻く太陽。
 千絵は乱れた自身の髪を軽く撫でると、

「……分かった。その言葉信じるよ。じゃあ、また明日ね、太陽君」

 千絵は太陽の大丈夫という言葉を信じ、即興で作った笑顔で太陽に手を振る。
 太陽が手を振り返すと、千絵は急いで光を追いかけた。
 
 先日の近所であった太陽と光の修羅場とは違う、二人の喧嘩とも取れるやり取り。
 それを不思議とどこか、太陽は懐かしく思えた。
 
 太陽と光は昔から口の言い合い、最悪の場合は男女であろうと殴り合いの喧嘩もした事がある。
 それをいつも止めてくれたのが、涙目の千絵で、二人の仲が裂けないように互いの擁護をしていた。
 子供であろうと高校生であろうと、二人の間にはいつも千絵がいた。

 しかし、そんな千絵の口にした言葉が、太陽の胸にしこりを作っていた。

『光ちゃん。いつも笑顔で気丈に周りに振る舞うけど、本当は凄く傷つきやすい、弱い子だから……』

「……知ってるよ」

 千絵が口にして、彼女がいなくなってからの時間差を持って、太陽は誰も聞いてない虚空を見上げて答えた。
 
 そう。太陽は知っている。
 幼馴染だから、ずっと一緒にいたから知っている。
 だが、それを一蹴するかの様に失笑を零し、

「だがよ。そんな傷つきやすい弱い奴が……あんな風に人を振る訳ねえだろうが、馬鹿」

 

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