学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

先の後悔よりも過去の後悔

「それにしても、お前のキャラ、正直キモイな」


「キモ……って、お前ひどいな。俺達って親友だよな? よく正直に言えたものだよ」


 陸上部に所属をして、大会で入賞を目指して朝練に向った優菜と別れた太陽と信也は、校舎に入り自分達のクラスに向かう最中、唐突に信也が太陽を中傷する。


「だってよ。中学のお前は、人見知りっていうか、あまり人前でペラペラ喋るタイプじゃなかっただろ? なのに、中学の卒業してから、引き籠って、その後出て来たかと思えば、いきなりチャラくなってよ」


「お前……。人の傷を更に抉りやがって……。なんだ? さっき俺が、お前の意志を無視して合コンのメンバーに組み入れたのを根に持っているのか?」


 数分前の優菜との会話で、優菜の部活の休みの日に知り合いの何人かでカラオケに行こうと事前に約束をしたのだ。所謂合コンである。
 女友達は優菜が、男友達は太陽が担当するのだが。
 優菜がそこに居た信也を誘い、最初は信也は断ったのだが、太陽が強引に行かせると約束してしまったのだ。


「あれは、お前が俺の事情に深入りしたのが悪いんだろうが。あれは俺からの少なからずの報復だ」


「だからって行きたくもねえ場所に行かせることはねえだろうが。あぁ言ってしまうと、行かねえといけなくなるしな……。俺、音痴だからカラオケとか嫌なんだよな……。絶対笑われるぞ」


「まぁ、なんとかなるだろ」


 ケラケラと他人事のように笑う太陽を信也は肩を落としながら半眼で睨む。
 ついでに太陽は下手ではないがそれと云って上手いってわけでもない、普通レベルだ。


「ほんと、余裕そうにしやがって……。んで。お前、あの口ぶりだとよく合コンに行っているみたいだが。行ってるのか?」


 前から太陽が自分との付き合いが悪くなり別のグループの人と遊びに行っているとは耳にしたが。
 優菜と太陽の会話から、太陽は仲の良い男女で合コンしているのではと感じた。


 太陽は笑うのを止めて、信也の質問に頷き。


「まぁな。最近だとやたら誘われて、週1程度で行ってるかな?」


「しゅ……いち……。そうか。それは、盛んでなによりだな……」


 絶句&引き気味の信也だが、彼は中学の卒業式に高校生活を夢を募らせ、年齢=彼女いない歴の信也は合コンで彼女を作ろうと思ってたが、入学直後に現実を知って断念している。
 別に自分が誘われないからとか、本当は先刻の誘いは嬉しかったとか、今はどうでもいいとして、信也は太陽に質問する。


「それぐらい合コンに行くんだったら、さぞ、何人かの女性とやったんだろな?」


「ぶふぅうう!」


 信也の思いもよらない下ネタ質問に、太陽はギャクコメディーの一コマの様に盛大に吹き出す。
 そして、顔を真っ赤にして狼狽しながら返す。


「な、なに言ってやがるんだ、お前!? なんでそんな風になるんだよ!?」


「だってよ。週1で合コンするぐらいのチャラ男さんのお前なら、誰か女性を連れ帰ってパコパコしてるんじゃねえのか?」


 信也は太陽をおちょくる様に右手の親指と人差し指で輪っかを作り、左手の人差し指で輪っかを突く。


「その擬音に対して言いたいが一つ……してねえから、そんな事!」


 声を荒げる太陽とは対照的に怪訝そうに首を傾げる信也。


「なんでだ? 高校入学と同時のデビューを切っ掛けにチャラ男になったんだから、てっきりヤ○チンにでもなったんだと思ってたぜ」


「お前のそのチャラ男に対しての偏見をどうにかしろ! 俺はまだ、誰とも性行為をしていない、新品同然の童貞だ!」


 自身で言ってて虚しくなるが、確かに太陽は合コンで女性と良い雰囲気になる事はあるが、その際に結局尻込みしてしまい、破局することが多いのだ。


「ほほう? つまり、太陽君・ ・ ・は女性と交流しても、そんな雰囲気になってしまうと尻込みして、手が出せなくなるヘタレだということだね? 太陽君って存外臆病だから、事の際はなんか勃たなそうだもんね~」


「そうだよ! 悪いか!?」


 ………………………。


「「んん?」」


 第三者の声に太陽と信也は顔を見合わせる。


 太陽を馬鹿にした発言。
 その声の主に二人は聞き覚えがあった。


 太陽と信也の二人は後ろを振り向くと、そこには、名探偵が推理するかの様な顎に手を当てた女子生徒、明るい髪色と小柄の割にはそこそこ膨らむ胸が特徴で、人懐っこい笑顔をする、高見沢千絵が居た。


「千絵か、おはようさん」


「おはよう、高見沢」


「おはよう、太陽君に信也君。今日も千絵は元気であります!」


 片目を瞑って敬礼する千絵。
 千絵は太陽とは小学生の頃から、信也とは中学生の頃からの顔馴染みであり。
 太陽からすれば、光と同じく幼馴染に分類される程に交友する仲でもある。


 そんな千絵は太陽の方へとトタトタと小走りで近づき―――――


「ちぇすとぉおおお!」


「なぜにッ!?」


 突拍子もなく、太陽の腹部に膝蹴りをめり込ます。
 いきなりの事でガードが遅れた太陽は膝を付き、顔の高さが千絵以下となった時、千絵は花が咲いたような満面の笑みを浮かばせ。


「ふはぁ~。やっぱり太陽君を殴ると、勉強のストレスから解放されるよ~。太陽君ありがと。千絵のストレス解放道具になってくれて」


「誰も承諾をしてねえよ! 俺はお前のサンドバックかなにかか!?]


 千絵の発言に噛み付く太陽。
 だが、当の本人は全く意に介さないご様子で。


「えぇ~。太陽君って千絵専用のサンドバックじゃなかったっけ? 高校に入っていきなり金髪にして手あたり次第に女子を口説いているキザ男はサンドバックがお似合いだよね? てか、なって」


「最後の部分はもう疑問形じゃなくて確定になってるんだが……」


 蹴られてジンジンする痛みが治まり、太陽は立ち上がる。
 先程まで下に向けていた千絵の視線を上にあがり、嘆息の息を吐く。


「随分前から私言ってるんだけど、太陽君、その金髪をどうにかした方がいいよ? この学校で金髪は太陽君一人だけだし、変に目立っちゃうから」


「まぁ、俺達の学校は赤点さえ取らなければ、基本的に服装や髪色とかで注意することはないからな。まぁ、だからと云って、太陽の金髪は少し奇抜過ぎるが」


「お前ら……遠回しに似合ってないとでも言いたのか?」


「うん」(千絵)


「あぁ」(信也)


 二人の即答にガクシと太陽は肩を落とす。


「確かによ……自分で似合ってないのは自覚はあるが、ハッキリそこまで言わなくてもいいだろうが……」


 自身の金髪の前髪を弄りながら悲痛に零す太陽。


「似合ってないって自覚があるんだったら、なんで太陽君はその恰好を継続しているの? 正直、千絵は前の太陽君の方が良かったよ?」


 中学の頃の太陽は現在の金髪、耳にピアスと不良の様な恰好ではなく、黒髪で短髪と、良い意味で真面目、悪い意味で素朴で平凡な容姿であった。
 人は過去の方のインパクトや印象が良いと現在の物を批判する傾向がある。
 千絵もそうなのか、黒髪の頃の太陽の方が好意的だったらしく、戻ってほしいと遠回しに示唆している。
 だが、太陽は暗く陰た表情で首を横に振り。


「そのお褒めの言葉は素直に受け取っておく。けど、いいんだ。俺は、このままで……」


 太陽の目に映るのは目の前の千絵ではなかった。
 太陽の目に映るのは、過去、秋に入り肌寒くなりつつあった季節、ある人物と街を歩いていた際のゲームセンター前に座る不良達の光景。
 そしてその光景を目の当たりにして、太陽と共に歩いていた人物が太陽に言った言葉。


『私……ああ言った恰好の人苦手だな……。太陽はあんな風にはならないでよ? なったら、私、嫌だな……』


 その時の太陽「勿論、俺はあんな風にはならないぜ」、と返答をした。
 だが、その言葉を交わした半年後には、その者が嫌う恰好になっているとは、運命は可笑しな物だな、と太陽は鼻で笑う。
 一人過去に耽る太陽を見て、千絵は唇を結い、そして開く。


「それって、さ……。もしかして、光ちゃんの事となにか関係があったりするの……?」


 千絵の口から出た人物の名に、太陽の眉は顰める。
 太陽は表情に出易いのか、太陽の変化に長年の付き合いである千絵も直ぐに感づいた。
 それでも尚、千絵は捲くし立てる。


「千絵は、さ……。なんで二人が別れたのか、抽象的でしか知らないよ。けどさ。私達は幼馴染で、小さい頃からの付き合いじゃん。信也君とは中学からでも、私達は掛け替えのない友達だよ。だからさ……。確かに光ちゃんが悪いのは分かる。けど、それでも私は……皆仲良しの方が……いいな」


 千絵は太陽と光が別れた理由を知っている。
 光が太陽にどんな言葉を言って別れたのか……。
 勿論、それを光本人から告げられた千絵は彼女を叱咤した。
 だが、千絵にとって光は掛け替えのない親友である。そして、太陽も……。


 千絵にとって何より恐ろしいのは、小さい頃から築いた、絆の完全な崩壊。


 千絵は最低な事をした光から離れず、今でも親友を続けている。
 だからこそ、現在も同じバンドを結成して、練習に励んでいる。


 もしかしたら、千絵の存在が無ければ、太陽と光の関係は本当に瓦解してたかもしれない。
 いや、もう手遅れかもしれないが、千絵はいつか二人の関係が修復してくれると信じている。


「このままだと太陽君と光ちゃんは離れ離れになるよ……? そうなったら太陽君、絶対に後悔するよ。復縁とは言わない。男女の恋愛がどれだけ複雑で難しいのか、今まで彼氏が出来た事がない千絵にだって予想出来るから……。けど、せめて! 昔みたいに皆で他愛もない会話が出来る程度には、仲直りしてほしいって」


「止めろ高見沢。俺も人の事言えないが、お前のそれは、相手の気持ちを汲み取れないただのありがた迷惑極まりない発言だぞ」


 今の千絵がどんな感情を抱いているのか定かではないが、千絵自身も無意識の内に感情を高ぶらせて早口で捲し立てるように太陽を説得する所を、少し前に千絵と同じ発言をした信也によって制止される。


 千絵も信也に止められて冷静になったのか、「ごめん……」と消え入りそうに呟き顔を伏せる。


 三人の間に沈黙の時が流れ、千絵の言葉をただ黙って聞いていた太陽が沈黙を破る。


「ほんと……俺の周りには人の過去の傷を抉るお節介野郎が多いことだな。んで? 千絵。まずお前に一つ聞きたいが、お前のそれは、あいつ・ ・ ・から頼まれてのことか?」


 あいつ、それは、現在の太陽が忌み嫌う元カノである渡口光を指す。
 千絵と光は大の仲良しで現在も同じ部活での関わりを持つ、この中で最も光とのラインを持つ。
 会話もするだろう、悩みの相談もしあうだろう。
 なら、先刻の説得は光からの差し金ではと、太陽は千絵を疑ってしまう。
 その為か、内から憤懣が頭に昇るのを我慢する様に、静かに憤る声音で千絵に問いていた。
 が、千絵は首を横に振り。


「ううん。違うよ……。私のは、ただのお節介なだけ……いや、昔の様に皆で仲良くしたいっていう、私のワガママかな……」


 太陽の傷つけたのではと自己嫌悪でか、いつも元気がある千絵の言葉に力がなかった。
 太陽もそれに引きずられてか、「……そうか」と千絵から目線を外す。
 再び流れる沈黙。
 だが、それは数秒も経たない内に太陽が言葉を発する。


「もし……あいつから俺との仲を取り持ってくれって頼まれてたのなら、俺はお前とも絶交覚悟で攻め立てただろう……。だが、幼馴染の俺はお前の性格を良く知っているんだから。先刻の発言はお前の意志なんだって分からないとな……」


 昔から、太陽と光はよく喧嘩をしていた。
 ちょっとした口論だが、二人は意地を張って仲直りをしようとしないことも多々あった。 
 だが、その時にはいつも、千絵が二人の仲を取り持って仲直りをさせていた。
 その事を思い出した太陽は、千絵を心の中で感謝をしながら、それでいて、千絵の優しさに胸を締め付けられながら心中を吐露する。


「昔の様な、小さな小競り合いならいざ知らず、お前も言った通り、男女間の恋愛は複雑で、一度拗れたら修復は困難なんだ。昔は仲良かったあいつだけど、今は……あいつの顔を見るだけでも辛いんだよ」


 太陽は当時の事を思い出して辛そうな表情を浮かばせる。
 相手の心が読めるわけではないが、どれだけ太陽の心に深い傷を負い、今でも太陽がその傷に苛まれているのか、信也と千絵は想像が出来ないでいる。
 目を強く瞑った太陽は目尻に涙が出そうになるのを必死に堪えて言葉を続けた。


「それによ。千絵は言ったな。このままだと後悔するって? 先の後悔は知らないが、少なくとも……俺はもう、昔の後悔で胸一杯だよ」


 え……と零して少し戸惑いを見せる千絵だが、その意味を聞く程の勇気が無く静聴する。


「昔の俺は、部活でも大会で輝いて、成績も良くて、剰え顔も良いあいつに劣等感を抱いていた。それは、昔にお前らにも何度か話したな?」


 信也と千絵は頷く。
 それは、中学の頃、太陽と光がまだ恋人の関係ではなく、友達以上で恋人未満なもどかしい関係の最中で、太陽は二人によく零していたことだった。


「正直、あの時の俺は、平凡で地味だった俺と幼馴染って間柄、あいつからすれ汚点ではないかと思っていた。学校の人気者のあいつと、教室の隅で仲の良い奴としか話さなかった生徒A程度の俺とでは、不釣り合い過ぎるからな……」


 中学の頃から人気者だが、光はよく太陽たちと行動を共にしていた。
 太陽、信也、千絵は光と比べるとスクールカーストで下とは言わないが中間あたりのモブでしかない。
 だからか、この三人と行動を一緒にする光に怪訝する者も多くいた。


「俺はあいつの事が好きだったよ。だが、あいつの人気を落としたくないからと告白に踏み込めなかった俺を、お前達が背中を押してくれて、晴れてあいつと俺は恋人になれた……。あの時程嬉しかった日はないよ。そして……最後の時程泣いた日は無かったよ……」


 太陽が何を言いたのか、千絵と信也は少しだけ分かった。
 太陽が後悔していること……それは、己の努力の足りなさが原因だと……。


「やっぱり、俺とあいつとでは釣り合わなかっただけなんだな……。あいつに振られたのは、あいつの心を引き留められなかった俺の不甲斐なさが起こしたこと……。勿論、全部が全部俺が不甲斐ないからってわけではないぜ。あいつは人としてやってはいけないことをしたんだ。生涯、俺はあいつのことを許せることはないだろうな……」


 昔の自分はもうどこにもいない。
 あの時、卒業式の日に光に振られた日から、中学までの古坂太陽という男性は死んだ。
 昔の自分を忘却の彼方に捨てたいが為に、光が嫌っていたチャラチャラした男性の容姿に変え、性格も家で悶えてしまう程に無理なキャラ作りをしてしまう。


 太陽は好き好んでこんな風になったのではない。
 太陽は守っているのだ。自分の心を。


 薄々自分が不甲斐無いから光の心が自分から離れていったのだと思い自分を責めていた。
 だが、そう考えるとあまりにも辛く、胸に穴が空いた様な虚脱感に見舞われ、生きる気力も失いかけた。
 いつも隣に居てくれて、登校の時にはおはようを、家に帰る際はまたねを言い合える幼馴染が、もう別の人に心が向かっているのだと思うと、太陽が形容しがたい苦しみが迫る。


 だからこそ、自分の心を守る為に太陽は光が悪いのだと自分に暗示をかけ、前に進もうと決心をした。
 今の太陽の姿、性格がそれを表している。


 どんなに周りから笑われたって、周りからどれだけ批判されたって、前に進めるのなら太陽は喜んでピエロを演じるつもりでいる。


「千絵、いや、信也も……。お前達の気遣いは嬉しいが。それ以上にお前達の優しさが俺を惨めにさせる。だからさ……あまり昔の事を掘り返さないでくれ。俺を……お前達さえも嫌いにさせないでくれ。あいつとの関係は終わったが、だからといってお前達との関係も終わらせるつもりはねえからよ」


 そう言って太陽は二人に背を向けて歩き出す。


 太陽の背中が遠のくのを、息をするのさえも忘れてしまう程に茫然としていた二人。
 鉛の様に重く、沈痛した空気で、二人は互いの顔を見合わせる。
 そして思う所があったのだろうか、信也が千絵に話しを切り出す。


「……なあ、高見沢……。中学の俺達は、傍から見れば両想いだと分かる二人のキューピットになるために、あいつらの後押しをしたが……こんな結果になるってことは、あの時の俺達の行動って正解だったんかな……」


 傍からと言っても、小学生の頃からの千絵と中学の頃からの親友である信也限定であるが。
 幼馴染でおしどり夫婦みたいだが、一向に一歩踏み出さなかった二人を後押しして恋人の関係を築かせたのは他でもない信也と千絵だった。


 あの時の二人は差し出がましくも、二人の幸せの為に奮闘したのだが、この様な結末になってしまったのは自分達ではないのかと自責の念に駆られる。


 信也の言葉に、千絵は肩に下げる鞄の紐を握りしめ、悲しみ混じる目をした乾いた笑みを浮かばせ。


「そんなの……分かるわけがないよ。光ちゃんが選んだ結果で、太陽君が大きく変わった。時間は戻らないし、変えられない……。けど、いつ終わるんだろうね……私の初恋・ ・ ・ ・は……」


 最後の部分は千絵自身は無意識に小さく零しのだろうが、信也の耳にハッキリ届いた。
 だが、信也は唇を噛み、千絵の放った一言を聞かなかったフリをする。
 

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