黒い模倣地帯 -スクールカーストに支配された学園-

黒野正

第1話 序列

 
 廊下に貼りだされた二か月に一回ある序列変動の結果。
 僕こと国上昴はそれを見て落胆と同時に体の震えが止まらなかった。
 周りの人も一喜一憂する人が多い。
 地面にしゃがみ込み、僕は目から涙が溢れてくる。
 どうすればいいんだよ。僕は、手に持っている成績表をぐしゃりと握りしめた。

 ――また、虐められる。僕はそんなことを思いながら教室へと戻って行った。

 もういつからだろう。国が発表した、『序列システム』というもの。
 生徒の能力を順位化して明確にする。
 そうすることによって高い者は専用のカリキュラムを用意して、低い者はその逆。
 表面上は機能している思われている。実際に上の者がこの日本を背負う人材が多く出てきている。

 多くの時間と労力を序列の高い者に使える。
 多分、国の考えなんてこんなことなんだろう。

 こんなこと発表した直後から分かり切ったこと。
 当然に反対する意見も多かったが、同時に賛成の意見も多かった。

 そして、僕はこの序列システムの最下層。
 言い換えればスクールカーストの最底辺にいたのだ。

 教室の扉を開ける。
 待っていたのはいつもの光景。
 僕が入ると机に向かう途中にひそひそと静かな陰口が聞こえてくる。
 いつものことなので無視するが、僕は自分の机に落書きが書かれていた。

「よぉ! 40位!」

 痛い。力強く背中を叩かれる。
 トゲトゲ頭のチャラい人物。
 バレない程度に髪を染めているこいつは宮晴正司(みやはるしょうじ)。
 序列は18位。陸上部に所属しており、運動神経はこのクラスの中でもピカイチ。

 何も言うことが出来ず僕は黙り込んでいた。

「お前ってさ、また最下位なんだろ? そりゃ、そうだよな、お前みたいな根暗でつまらん奴こうなって当然だよな?」

 僕は宮晴に思いっきり蹴られる。激痛に僕は腹を抑え込む。
 そうだ。僕はこの二年F組四十人中四十位という悲惨な結果。

 序列は勉強、運動、性格、特技、などなど。
 様々な観点から評価されているらしい。
 でも、僕は勉強も運動も性格も暗い。人に誇れるものも何もない。

 だからこそ、このクラスの中でも浮いた存在である。

 苦しい。痛い。宮晴は僕を見下しながら好き放題言っている。

 助ける人なんて誰もいない。と、僕は思っていた。

「やめなよ! 国上君が痛がってるでしょ!」

 凛とした声がこの教室中に響き渡る。
 宮晴を無視して僕の前に差し出す手。
 ああ、やっぱり来てくれたんだね。
 僕は救われたような表情となり、お腹の痛みも和らいだような感覚となった。

 ――彼女こそがこのクラスの序列一位。早乙女美音(さおとめみおん)。

 長く伸ばしたきれいな黒髪。パッチリとした瞳。誰が見ても可愛くて魅力的な顔。
 そして、誰にでも優しく、成績優秀。運動でもテニス部で輝かしい成績を残している。
 人当たりもよく友達も多い。彼女を知る者はクラスだけでなく、この星ヶ丘学園全体だという噂もある。


「ち、早乙女……こんなクズ、助ける必要ねえんじゃないか?」

「駄目だよ、クラスみんなで仲良くしないと」

「美音の言う通りだよね」

 怒っている早乙女の隣に来る人物。榊原星奈(さかきばらせな)。
 ポニーテールの髪型が特徴的な強気な彼女。
 序列は四位。テニス部では早乙女とダブルスを組んでいるらしい。
 榊原と早乙女は仲が良く、いつも一緒にいる。
 そんな彼女も僕の虐めには否定的だ。

 ただ、それには理由がある。僕はそれに気が付いている。

「みんなもさ! 黙ってみてないで、何か言ったらどうなの! 序列だがなんだか知らないけど下らない」

「おいおい! いい学園生活を送るためには必要不可欠な要素だぜ?」

「でも、それだけじゃ全てじゃないよね! 私は一位でも序列なんか関係なしにみんなと楽しくしたいよ」

 早乙女と榊原は互いに先頭に立ちクラスに訴える。
 これにクラス全体は静まり返る。
 ……ありがとう。だけど、宮晴の言い分も分かる。
 いい学園生活を送るためには序列を上げないといけない。

 実際に、僕みたいな序列最下層の人たちは開けられる授業の内容も違う。

 だから必死に勉強して。体を鍛えて。努力してるのに。

「おーい、みんないるか? 今日は序列順に教室移動するからそれぞれ指定したところに行ってくれ」

 担任の言葉で僕は現実に戻される。

 結局、早乙女さんに助けられようと。運命は変わらない。

「国上君! がんばろうね!」

 無垢な彼女の笑顔に僕は癒される。手を振りながら離れて行く。
 だけど、僕は苦笑いを浮かべながら自分の教室へと向かって行った。

 ――――――

 ――――

 ――

 週に一回。序列ごとに教室を別れてそれぞれのところで授業を受ける日がある。
 僕はこの日が嫌いだ。教室には十人集められて、四十位から三十位までいる。
 使える教室、内容、全てにおいて僕らは最下層。
 肝心の先生もやる気がなく覇気がない。

「ふぁ……じゃあ、後は各自自習だ、後は好き勝手にしとけ」

 この二年F組の最下層を担当している市松浩平先生はそう言ってこの場から去って行ってしまう。
 なんだよそれ。まだ三十分も残っているじゃないか。
 嘆いても何も起こらない。虚しさとこの教室の異様な空気が漂っているだけ。

「ぶひひひ、今期のアニメよかったよね?」

「ああ、きららちゃんが可愛すぎてほんと満足」

「……家に帰ったら小説書かないと、内容は『寝取られ妻のその後』」

「やっぱり、彼氏にするならイケメンで高身長でお金持ちで高学歴に限るわね」

 授業のことなど一切気にしてない。僕は唖然としながらこんな光景を見ていた。
 別にアニメを見ないわけではない。むしろ好き。
 小説だって読むし、僕だって彼女にするなら可愛くて胸の大きい子がいい。

 だけど、なんだろうこの気持ち。一緒にされたくない? 嫌悪感?

 はぁ、こういうところが駄目なんだろうな。

 結局、僕なんてこの人たちみたいに必死に夢中になれるものもないのに。何を言っているんだ。

「よぉ? 何落ち込んでいるんだよ? 昴よ」

 落ち込んでいる僕に話しかけてきたのは羽黒健一(はぐろけんいち)。
 序列は30位。つまりはこの中では一番高いということ。
 健一とは幼稚園の頃からの親友と言える存在。
 だからこそ、この序列システムが出来てからも一緒に頑張ってきた。
 ただ、最近は何か昔よりも冷たいような気がするけど。

 でも、一緒に遊んだりご飯を食べたりとやっぱり健一は僕の一番の友達。

 健一は短い黒髪を触りながらボロボロの机を見る。

「上位組はいいよな、きれいな机でまともな授業受けれているんだからな」

「うん……本当に羨ましいよ」

「それにやっぱりいいよな、早乙女美音! 彼女こそが一位って感じするぜ!」

 僕だってそれは思う。
 今日だって彼女がいなかったら僕はどうなっていたことか。
 あれ? そう言えばいつもなら健一は助けてくれた。
 だけど、今日は何もなかった。考え過ぎなのかな。
 健一だって自分の立場があるし、何よりあの状況で助けるのは危険過ぎる。

 当然の選択だけどなんだか寂しいな。

「でも、駄目だな、彼氏がいるからなあいつは……」

「う、うん、そりゃ一位だから仕方ないよ」

 健一の言う通りで早乙女美音には自慢の彼氏がいる。

 柴崎悠馬(しばさきゆうま)という序列二位。
 爽やかな容姿とサッカー部のエース。
 正直のところ男として敵うところがない。

 僕はいつも遠くからお似合いだなと思いながら見ているだけ。

 今日だってここに来る途中に二人で手を繋ぎあっている姿があった。

 羨ましさと同時にモヤモヤした気持ちがあった。

「でも、俺らじゃ遠くから見ているだけしか出来ないもんな、あーあーちくしょう」

 ……健一? 僕は自分の目を疑った。
 見たこともない表情。それに対して僕は背筋か凍る。
 悔しさと自分への怒りなのか? そんなものを感じる。
 昔から僕は人の気持ちを感じ取ったり、考えてしまう癖がある。

 もし、あの人の立場だったらどうするか。余計なことを考えてしまうのだ。

 そして、あっという間に授業の時間は終わる。

 健一はすっと立ち上がり、僕に背を向ける。

「昴……俺は絶対に上に這い上がって見せる! お互い頑張ろぜ」

「う、うん! 僕だってそのつもりだよ」

「……そうか、じゃあ、俺は先に行くからな、じゃあな」

 あれ? 一緒に行かないのかな? 不思議と逃げるように健一は僕から離れて行く。
 まあ、明日も会えるしいいか。
 ちょうど今日の全ての授業も終わり、僕は安堵の息を漏らす。

 僕も頑張らないと。支えてくれる両親のため。それと自分のため。
 序列を上げてはやくこんな日々から抜け出したい。

 ただ、この時。僕たちは何も知らなかった。

 そして、次の日。事態は急速に動き出す。
 朝のHRの時間に担任から知らされたこと。
 最初は気にも留めなかったが段々とその時間は長くなっていった。

 それは……。

「早乙女美音さんが学校に来なくなりました」

 一度も学校を休まなかった真面目な彼女が二週間も学校に来なくなった。

 これが全ての始まりだった。

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