天才過ぎて世間から嫌われた男が、異世界にて無双するらしい。

暗喩

第245話 自然体で行こう。


ーーーーーー

  俺は、一人では決して口にする事の無いであろう、お洒落なパスタを目の前に、心の中で小さな反省をしていた。

  理由はたった一つだ。

  たしかにキュアリスは水族館を楽しんでいた。

  今まで見た事の無い魚達が、想像を超える程に大きな水槽の中で悠々と泳いでいて、イルミネーションによってライトアップされているその空間は、まさに幻想的と形容するに相応しい物であった。

  実際に俺も、まるで日本とはかけ離れて創られたその景色に圧倒されながら、館内を嬉々として鑑賞していたのは事実なのだが、ふと我に返った時、俺はある取り返しのつかない失敗をしてしまった事に気がついた。


ーー俺自身が、楽しみ過ぎてしまったのだ。


  目の前に悠々と泳ぐイルカや、エイ、イワシの魚群に魅了され、その毒牙は凄まじく、俺はまるで子供のように歓喜の声を上げながらはしゃぎ倒したのである。

「次はあそこへ行こう! その次は......」

  そんな風に、ニコニコしながら後を付いてくるキュアリスを気にも止めずに......。


ーーふと、俺と同じ様に館内ではしゃぐ二人の幼女の声が聞こえたが、多分、自分の精神年齢が彼女らと何ら変わらないと自覚した。


  そして、あっという間に時は過ぎ去って行き、気がつけば昼食の時間へと突入したのである。

「そろそろ、お腹が空いたかも......。一旦、お昼にしない? 」

  腹部を抑えながらはにかんだキュアリスの発言を聞いた時、俺は事の重大さに気がついたのである。


ーーエスコートする立場だろうが、俺は。何で一番楽しんじゃってんだよ......。


  俺はそう心で大きくため息をつくと、

「そ、そうだな! じゃあそろそろ昼を食べようか! 」

と、少し上ずった口調で取り繕う様にして水族館を後にして近辺にある海の見えるレストランへと足を進めたのである。


ーーーーーー

「それにしても、スイゾクカンって所は、本当にすごいんだね! 私、こんなに感動的な場所に来たのは初めてだったよ! まるで、海の中にいるみたいな気持ちにさせられて......」

  キュアリスは丁寧にパスタをフォークに巻き付けながら、そんな風に初めての水族館の感想を述べた。

  俺は、彼女の発言を聞くと、慌てて返事をした。

「そ、そう言って貰えて嬉しいよ! じ、実は俺も水族館は初めてだったんだ! 」

「だから、あんなにはしゃいでいたんだね......」

  フフッと笑いながらそう付け加えたキュアリスの言葉を聞くと、俺は再び自分の犯した失態に苛まれて俯いた。

「ごめんな。本当は、俺がキュアリスをエスコートしなきゃいけないのに、逆に気を使わせてしまって......」

  俺はフォークの先に巻きつけたパスタを口に運ぶキュアリスに対して、そう謝罪を口にした。

  すると彼女は、食事の手を止めた後で、俺に向けてこんな事を言ったのである。

「何で謝るの? 私は、すごく楽しかったよ。それに、雄二が心から楽しんでいる姿を見ているのも好きだし! だから、気にする必要なんてないよ! 」

  彼女は得意げな口調でそう発言した。

  俺は、そんな彼女の口から出た『好き』という言葉に対して、大げさに顔を上げると、ぼーっと彼女を見つめたのである。


ーーもしかして、キュアリスって俺の事が......。


  俺がありもしない幻想に一瞬だけ胸をときめかせると、彼女は自分の発言に気がついたのか、みるみる内に顔を真っ赤にして行って、

「ち、違うからね! さっきの『好き』は、雄二の意外な一面が見れたって意味だから! 」

と、分かりやすく慌てていた。

  
ーーまあ、そうだよな。まさか、こんなにも情けない俺の事が好きだなんて、まずあり得ないだろうし。それに、俺たちは世界を救う為に戦わなければならないんだ。そう考えたら、幾らデートとはいえ、これは暫しの休憩なのだ......。


  俺がそんな風に淡い恋に打ち砕かれた様な切ない気持ちにさせられた。

「まあでも、私は嬉しいよ! こうして、二人で雄二の故郷で歩ける事が。これは、本当だよ。次はどんな所に連れて行って貰えるんだろうって......」

  キュアリスが落ち込む俺にそう言うと、俺は少しだけ元気を貰った気がした。

  それと同時に考えた。


ーー俺はこれから、キュアリスとどうなりたいのであろうと......。


  確かに、彼女の事が好きなのは事実である。

  なんなら結婚して、二人で幸せな時間を過ごしたいとすら思っている。


ーー昔、そんな夢を見た事があるし。


  でも、俺達には神からの使命があるのも事実だ。

  実際に、今、こうしている間にも、あちらの世界では悲しみが生まれ続けているのだから。

  常に死と隣り合わせの日々が、これから先待っているのだ。


ーーその為に与えてくれたのが、この余りにも幸せ過ぎる時。

  
  それはもしかしたら、もう二度と訪れる事がないかもしれない。

  いや、その確率の方がよほど高いのである。

  ならば、楽しまなければならない。


ーーそして俺は、彼女との今後の事を考える事はやめ、純粋にこの平和な時を楽しむ事に集中しようと決意したのである。


「ごめんな、キュアリス。俺は、少し重圧を感じていたのかもしれない。お前にとって初めての日本で、良いところを見せたいと思っていたんだ。まあ、結果的に自分が盛り上がっちゃってたのは皮肉だけど......。これからは、妙に着飾ったりするのはやめるよ。今という大切な時間を、お前と過ごしたいと思う。だから、もう少しだけデートに付き合ってくれるか......? 」

  それを聞いたキュアリスは、レストランのすぐ先に流れる海をチラッと眺めた後で、真っ直ぐに俺を見つめてこう返答をした。

「ありがとう、雄二。実は、私も少し緊張していたのは事実なんだ。だって、男の人とデートするなんて、生まれて初めてだったからさ......。あっちの世界に戻ったら、また多くの悲劇と向き合わなければいけないんだもんね。だから、私は今という時間を精一杯楽しむよ! 」

  彼女の純粋な発言に対して、俺はキュアリスの本音を今日初めて聞く事が出来た気がした。


ーーずっと笑っていた彼女も、実は緊張していたのだ。


  それに、元の世界に戻った後の悲劇についても、ハッキリと理解していたのである。

  表面上ではずっと笑顔なキュアリスも、本当は凄く弱い事を俺は知っていた筈だった。


ーーでも、いざ二人になると、俺は自分の事ばかり考えてしまう。


ーー相手の事を考えている気になって......。


  そんな自分に反省すると、俺は今という大切なひと時の為にも、笑顔でこう提案をした。

「食事が終わったら、港町の方へ移動する! そこには、ちょっとした遊園地という施設があるんだ! きっとキュアリスも気に入ってくれる! だから、楽しみにしていてくれよ! 」

  俺がそう発言すると、彼女はニコッと笑顔で、

「ありがとう......。じゃあ、最後に約束しよう。これからは、二人とも自然体でいようね。楽しむ時は、楽しむ! 」

と言った後で、テーブルの対面にいる俺に向けて、小指を伸ばしたのである。

  俺は、そんな彼女の小さくて細い指に小指を重ねると、

「ああ、約束だ」

と、笑顔で返答をした。

  それと同時に、今この時、本当の意味でのデートが始まった気がした。

  多分、俺はこの瞬間を永遠に忘れる事はないだろう。

  もう二度と振り返れない使命を課せられた俺にとっては。


ーーもしかしたら、彼女も同じ気持ちなのかもしれない......。

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