天才過ぎて世間から嫌われた男が、異世界にて無双するらしい。

暗喩

第241話 優花の苦労。


ーーーーーー

  俺とキュアリスは、まだ人気の薄い早朝の電車に乗ると、二駅先にある自宅マンションを目指していた。


ーーキュアリスは、その余りにも不思議とも取れる動力で動く鉄の塊に心が沸いている様で、シートに腰掛けるなり車窓の外を流れる街並みに魅了されていたのだ。


「どうすれば、こんなに大きな荷車を動かせるの?! 『異能』の作用といった感じではなさそうだから、余計に不思議だよ......」

  彼女がそう感動を口にすると、俺はこの世界では当たり前の存在として世間に溶け込む横揺れの中、改めて再確認する様にこの世界の事柄について説明した。

「この世界には、『魔法』や『異能』の類は一切存在しないんだよ。だから、人々は知恵を出し合って科学の力によって長い歴史をかけて一から作り上げたのだよ。この不思議なものだらけの文明を......。この電車と言われる電気を動力とする乗り物もその一つだ」

  そんな俺の漠然とした説明を聞いたキュアリスは、妙な納得をした。

「そうなんだ......。この世界には私達の世界にあって当然な物が無いんだね」

  東からの日差しを顔いっぱいに浴びる彼女は顎元に手を当てると、俺の方に顔を向けた後でそう呟く。


ーーその好奇心を孕んだ彼女の表情に俺が見惚れていると、キュアリスはその後で、こんな事を付け加えた。


「まあ、私から見たら、この世界は全て『異能』や『魔法』すらも超越した何かにも思える。それに、なによりも......」

  キュアリスはそう言うと、もう一度外の景色を眺めた後で、疎らに現れ始めた人々の表情を見た。

「『ベリスタ王国』では、常に戦争の恐怖に怯えて生きているのは、雄二もよく知っているかもしれないね。でも、窓の外に見える人々からそんな恐怖や不安は一切感じられない。それこそが、この場所との決定的な違いなのかもしれないって......」


ーー俺は、そんなキュアリスの考察を聞いた時、少しだけ複雑な気持ちにさせられた。


  この国の人間は、戦争という夢も希望も、何もかもを打ち砕く悲劇を知らない。

  転移する前の俺も例外ではなく、当たり前に明日が来るものと信じて生きていたのである。

  如何に平和を勝ち取る事が難しい事であるかは、その悲しみを経験した者でなければ、知り得ないのである。


ーーもしかしたら、キュアリスの真っ赤な瞳には、目の前に映り出す日本が『聖域』にも見えたのかもしれない。


  そう思うと故郷に恵まれていた事に気がついた。


ーーそんな時、車内で自宅最寄りの駅に到着する事をアナウンスした。


  俺はそれを聞くと、立ち上がった後でキュアリスに向けて小さく微笑み、こう案内をしたのである。

「とりあえずここで降りるぞ。まずは自宅で身支度だ」

  そう言うと、彼女の目の前に右手を差し出した。


ーーすると、キュアリスはその手を取り、にこやかな表情を見せた。


「わかった。初めての日本、初めての雄二とのデート、本当に楽しみだよ......」


ーー俺は、キュアリスのあどけない表情に対して、小さく頷いた。


  そして、転ばぬ様にゆっくりと電車を降りたのである。

  それと同時に無風だった筈の外には、強風が吹いたのだ。


ーーあれ......? どうしていきなり風が吹いたんだ......?


  俺はそんな風にあまりにも一瞬で止む不自然な突風に少し首をかしげて立ち止まると、再びキュアリスを連れて自宅へと足を進めたのであった。


ーーーーーー

「ここで良いのだな! ならば、無事到着なのだ!! 」

  陽気な口調で風の『異能』をそっと止めて地面へ降り立った王女の言葉に、優花はヒヤヒヤしながら周囲を見渡した。


ーーふぅ......。近所に人がいなくて良かったよ......。


  優花はそう思うと、ホッと胸を撫で下ろした。

  その後で、優花は作り笑顔満載で足早に自宅の一軒家へと四人を招いた。

「うん、早かった! ありがとね! 王女様! じゃあ、ここが私のお家だから、早く中へ入って! 」

  早く自宅へ押し込みたい優花がそう案内をすると、王女はニコニコとしながら頷く。


ーーだが、そんな時、桜は上空を見上げてこんな事を王女に行ったのである。


「ちょっと待って! あの棒みたいな虫、見たことない! なにあれ! 」

  それを聞いた優花は、一度上を見上げた。


ーー桜の指差す虫は、トンボだった。


  優花にとっては特段、珍しくもなんともないその存在に、王女はあからさまにワクワクした様子で羨望の眼差しを向けていた。

「たしかに、珍しいのだ! あれ、欲しいな! 桜、捕まえるか! 」

  そんな風に沸き立つ二人に対して、優花は嫌な予感をすぐに察した後で、桜と王女の手を取って無理やり家へ押し込もうとした。


ーーだが、王女は優花の手を振り切って、

「少しくらい良いではないか! 」

と抗った後で、空を舞うトンボに向けて右手をかざした。

  その後で、サッカーボール程の大きさをした鉄格子の籠を作り上げると、それを目的に向けて放ったのである。

  そんな王女の様子を見た優花は、再び人目を気にした様子で肝を冷やしていた。


ーーそして、トンボが綺麗に籠に収まると、風の作用で手元へ戻して桜と共にそれを覗き込んでいた。


「すごいぞ! 羽根が四本ある! それに、目が丸いぞ! おい、優花! これ、なんて虫だ?! シャープな体だな! 」

  優花は、顔を真っ青にして、

「それは、トンボだよ......。満足したなら、早く家に入って......」

と、苦笑いを浮かべながら先程よりも強い力で二人を引き連れた。

  そんな風に慌てた様子を見せる優花を眺めたリュイは、微笑を浮かべた。


「優花殿、あなたはやっぱり、隊長殿に性格がそっくりですね......」

  それを聞いた優花は、安穏と微笑むリュイに対して、顔を真っ赤にして怒りながらこう叱りつけた。

「そんな事より、この二人を家に入れるのを手伝ってよ! 」

  だが、そう怒りを露わにしている優花を横目に、リュイはこんな事を呟いた。

「ところで、ミルトはどこだ......? 」
  
  それを聞いた優花は、玄関の鍵を開けてドアを開く手を止めた後で、もう一度軒先に出て行った。


ーーすると、自宅前にある電柱のてっぺんに登ってしゃがみ込み、優花に向けて手を振るミルトが目に飛び込んで来たのだ。


「おーい! ここからだと、すごく眺めがいいよー! 」

  それを見たキャロリール王女と桜は、目を輝かせてミルトの姿を見つめた。

「羨ましいぞ! あたしも登りたいぞ! 」

「いいなあ! ミルト! 桜も登るよ! 」

  二人はそんな事を言いながらミルトの元へと一目散に走り出した。


ーーそれを見た優花は、一瞬、呆然とした。


ーーなんで、言う事を聞いてくれないの......?


  そう思うと、ワーワーキャーキャーと沸き立つ三人を睨みつけた後で、息を思い切り吸い込み、こう叫んだのである。

「三人とも、いい加減にしなさい!! 子供じゃあるまいし!! 」


ーーそんな、初めて優花が見せた怒りに対して、三人は歓声をピタリと止めた。


  その後で、ゆっくり振り返ると、鬼の様な形相を浮かべて腕を組む優花の姿が目に飛び込んできたのである。


ーー禍々しいまでに真っ青な水のオーラを纏って......。


「早く入りなさい......」

  優花が低いトーンでそう指図をすると、三人は遊ぶ手を止めてゆっくりと家の中へと入って行ったのである。


ーーそれを見たリュイは、感心する様な表情でこんな事を呟いた。


「あの王女殿下を従えるとは......。優花殿、あなたは物凄い力を秘めている......」

  優花はリュイの発言に、苦笑いをした。

「いや、そんな能力、絶対にいらないから......」

  その会話を最後に、五人はこの世界に相応しい衣服へ着替える為、準備を開始したのである。


ーー軒先の物陰で呆然とする少年に気がつく事もなく......。


  その少年は、先ほどのやり取りを見終えると、こんな事を呟いた。

「やはり、物語だけの話ではなく、不思議な能力を使う人間は存在したのですね......」

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