天才過ぎて世間から嫌われた男が、異世界にて無双するらしい。

暗喩

第222話 幸せな夢の話。


ーーーーーー


ーー俺は今、幸福な時間を過ごしている。


  街の外れにある小さな家で、傍に少しだけ大人になったキュアリスの姿がある。

  キュアリスは、朝の忙しい時間帯に桜の為の弁当を作っている。

  桜も、幼い頃から想像できない位に女性らしくなり、成長を強く感じさせる。

  そんな彼女は、制服姿でそそっかしく今日受ける授業に必要な教科書を鞄に詰め込むと、笑顔で俺達にこう言った。

「最近、学校で新しい友達が出来たんだ!! その子と一緒に学校へ行く約束したから、もう出かけなきゃ!! 」

  それを聞いたキュアリスは、フフッと微笑むと、彼女の口の中に卵焼きを入れた。

  そんな不意打ちに対して、桜は口をモグモグさせている。

「良かったわね。学校が楽しそうで......。今度、お友達もうちに連れて来るといいわ。」

  キュアリスはそう優しい口調で呟くと、桜に向けて、大きなお重箱に入った作り立ての弁当を差し出した。

  桜は、口いっぱいに膨らませた卵焼きを飲み込むと、弁当を慌ただしく受け取った後で、

「うんっ! 桜、学校が楽しくて仕方がないよ! 勉強も楽しいし、お友達もたくさん増えたし! じゃあ、行ってきます! 」

と、笑顔で俺に言ってそそくさと家を後にした。

  そう言って勢い良く玄関のドアを開けた桜に対して、キュアリスは、手を振りながら、

「気をつけてね。」

と、笑顔で送り出した。

  そんな様子をリビングのソファから眺めていた俺は、小さく微笑んだ。

  今、昔の出来事からは想像できない程、平穏な時間がそこにはある。

  まるで、今まであった戦いが、夢であったかの様に......。

  そんな事を思いながらも、俺はコーヒーを啜った後で、こんな事を口にした。

「あいつ、大きくなったな......。学校が楽しそうなのは何よりだ。でも、桜もいつか、この家から居なくなってしまうのかな......。」

  俺がそう呟くと、朝食の後片付けをするキュアリスは、ニコッと笑いながら俺にこう返事をした。

「寂しいよね。私と雄二にとって、桜は娘みたいなものだから......。」

  俺は、そんなキュアリスの発言に対して、一つため息をつく。


「嫁には行かないで欲しいもんだよ......。」

  俺がそう言うと、キュアリスは、フフッと笑った後で、

「まだ桜は学生よ。全く、雄二は随分気が早いんだから......。」

と、少しだけ小馬鹿にする様に呟いた。

  優花は、相変わらず大人になっても中二病が治らず、冒険関連の創作物に触発されたのか、突然旅に出てしまった。

  桜は、元の世界で言う所の高校生となって、青春を謳歌している。

  森山葉月は、あの世界とこの世界を介する検閲官として、神の下で職務を全うしている。


ーー俺と、キュアリスは......。


  俺はそんな風に桜の未来の事を思って、少しだけセンチメンタルな気分にさせられると、キュアリスに向けてこう提案をした。

「今日は、二人で街を歩こうか。」

  それを聞いたキュアリスは微笑み、俺にこう返答をした。

「いつもの事じゃない......。」

  そう言うと、俺は手際よく出掛けるための支度を始めた。

  何だろう、こんなに些細で幸せな時間が訪れるなんて、夢にも思っていなかった。
 
  何気ない風景すら、愛おしく思える。


ーーこれが、俺の求めた理想の世界である。


  傍にはキュアリスがいて、桜も、優花も、森山葉月も、みんな幸せな日々を過ごしている。

  俺は、こんな時間をずっと求めていた。

  だからこそ、今という何にも変え難い時間を噛み締めている。

  そう考えると、俺は目を瞑り心の中である願い事をした。


ーー「ずっとずっと、こんな時間が続きますように......。」ーー


  俺がそんな風にくすぐったい願掛けをしていると、キュアリスは俺の頭を撫でた後で、ニヤッと笑いながらこう言った。

「何やっているの? 」

  そんな彼女の一言を聞くと、俺は途端に恥ずかしくなり、

「何でもねえよ......。」

と、純粋な視線を向ける彼女から目を逸らした。

  顔を赤らめた俺を見た彼女は、ニコッと笑顔を見せると、

「じゃあ、出掛けようか。今日は晴天だから、少し遠くまで......。」

と言って、柔らかい右手で俺の左手を掴んだ。

  俺は、そんな彼女の一言に小さく頷くと、ゆっくり立ち上がり、街の外れの小さな家を後にした。

  彼女の手を離さぬ様に......。


ーー俺は、これからもキュアリスと......。ーー


ーーそんな時だった。


ーー「早朝に大変、申し訳ありません。本日の帰還の儀の前に、一つご相談しなければならない事案が出来ました。なので、あなたとキュアリスさんは、これから支度を終えた段階で先に王宮にある軍部室の方へと向かって頂けますか......? 」


  突如として耳元で聞こえた森山葉月の言葉で、俺はベットから飛び起きた。

  俺は、マジックアイテムから聞こえるその言葉によって、先程までの日々が夢であった事をすぐに理解した。

「おはよう。眠っていたよ......。」

  そんな風に俺が寝起きで虚ろな意識の中、返答をすると、彼女はもう一度謝罪を述べた後で、こう言った。

「余り寝ていない中で起こしてしまって、ごめんなさい。今後の『ベリスタ王国』の人事の件で、相談があります。手続き上、円滑に進める為には、本日の早朝に協議を終えるのが一番だと思い、連絡させて頂きました。」

  それを聞いた俺は、一つあくびをした後で、はっきりと戻った意識で彼女にこう言った。

「了解した。お前には、何から何まで任せてしまっているからな......。俺なんかで力になれるならば、有難いよ。今からキュアリスを起こして支度を終えたらすぐに王宮へ向かう。」

  俺はそう答えると、対面のベットで桜と寄り添う様に眠っているキュアリスの方へと視線を向けると、先程見た夢を思い出した。


ーー久しぶりだな、あんなに良い夢を見られるなんて......。


  俺達が世界を救った時、あの夢の通りになってくれれば、どれだけ良いだろうか......。


ーーいや、きっと叶えて見せるよ。


ーー平和で、幸せなあの時間を現実にする為にも......。


  俺は、そう心に誓いを立てると、小さく微笑んだ後で、一度キュアリスの頭を撫でると、耳元でこう囁いて彼女を起こした。

「朝早くにごめんな。少し早めに、王宮へ向かう事になった。」

  半目で眠そうに目を擦る彼女に向けてそう言った......。

  そんな俺の一言に対して、キュアリスは一度伸びをした後で、小さく微笑んでこう返事をした。

「おはよう、雄二。分かった。これからすぐに支度を済ませるね。」

  そう言って、ゆっくりと立ち上がって準備に取り掛かる彼女を横目に、いびきを立てて眠る桜といつの間にか俺のベットに潜り込んでいた優花の方を見つめて、俺は思った事がある。

  お前達には、もう少しだけ辛い思いをさせるかもしれない。


ーーでも、きっといつかは......。


  そう思うと、俺は部屋の目立つ位置に先に行く旨を書いた置き手紙を残した後で、支度をしているキュアリスへ、

「下で待っているぞ。」

と伝えて静かにその場所から出て行ったのであった。

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