天才過ぎて世間から嫌われた男が、異世界にて無双するらしい。

暗喩

第208話 理想の世界。


ーーーーーー


ーー「行ってきます!! 」


  そんな明るい声と共に、俺は勢い良く自宅を飛び出した。

  今日は、夏休みが終わってから初の登校日である。

  俺がそんな風に遅刻ギリギリの時間で家を出ると、走る俺の背後からは、妹が俺を追いかける。

「待って! お兄ちゃん! 優花も急がないと遅刻しちゃう! 」

  そんな妹の声を聞くと、俺は走るペースを落とした。

  そんな中、ふと、遠くなる自宅の方に目をやると、母が俺に向けてにこやかに手を振っていた。

  俺の生活は今、充実している。

  学校に行けば、沢山の友達が俺に声をかける。

  放課後には、カラオケに行ったり、テストの前には、勉強会を開いたり......。

  そんな日々を繰り返すたびに、今、自分が青春の真ん中にいる事を自覚させられる。

  仲の良い友達と談笑をしたり、時には喧嘩をしたり、その時間が、俺にとっては大切な物となって行った。

  そして、今日も俺は、親友の悠馬と共に下校途中の土手を歩きながら、些細な会話をするのだ。

  今日学校であった事や、休日にサイクリングに行く為の計画など......。

  そんな中、ふと、悠馬は妙な事を口にした。

「信じてもらえないかもしれないんだけど、実は俺、最近変な夢を見るようになったんだよ。」

  それを聞いた俺は、悠馬に対してこう問いかける。

「そうなのか? それは、疲れが溜まっているからじゃないのか? 」

  そんな決めつけにも近い俺の回答に対して、悠馬は少し首を傾げた後で、納得した。

「確かに、そうだよな。それにしても、おかしいんだぜ。だって、俺が妙な力を使って、雄二と戦う夢なんだよ。しかも、何故か夢なのに痛みを感じたりもするんだ。何か、本当にそれがあったんじゃないのかなって思う時があるんだよ......。」

  俺は、悠馬が素っ頓狂な夢の話をすると、首を横に振った後で、ニヤッと笑いながらこう返答した。

「なかなか面白い夢だな。でも、俺達ずっと仲良いし、対立する事も無さそうだけどな......。それに、妙な力って......。」

  そんな風に俺が少しだけ馬鹿にしたような口調で彼をおちょくると、悠馬は自分の発言に恥じらいを感じたのか、少しだけ顔を赤くした後で、

「うるせえな! 別に、中二病とかじゃねえからな! 」

と、取り繕う様に言っていた。

  俺は、それを聞くと、余計に面白くなって更に彼を馬鹿にした。

  だが、悠馬の発言とは少し違うかもしれないが、俺は妙に胸が苦しくなった。


ーー最近、そんな時が良くある。


  それは、言葉では表現しづらいかもしれないが、いつも何か大切な物を探している様な錯覚に襲われる。

  何かの使命感から、叫びたくなる時がある。


ーー時折、何かの悲痛に叫び出したくなる時がある......。


  しかし、それは虚像であり、きっと、何かの勘違いであろう。

  俺は、そんな風に決め込んで首を振ると、悠馬に別れを告げると、自宅のドアを開けたのだった。

「ただいま。」

  俺がそう呟くと、大学生で先に帰宅していた兄の浩志が俺に笑顔で返事をする。

「おお、おかえり! 」

  兄の顔を見た俺は、ニコッと笑いながらもう一度『ただいま』と、呟いた。


ーーだが、何故だろうか。


  俺は最近、兄の姿を見ると、何故か泣きそうになってしまう事がある。

  それはまるで、久々に再会した時の感動が押し寄せる様に......。

  理由はわからない。


ーーでも、それは紛れもない事実なのである......。


  だからこそ俺は、込み上げるその感情を隠す為にも、足早に自室へと足を進めたのだ。

  最近の俺は、少しおかしい。

  まるで違う何かが乗り移ってきたかのように、感情的になってしまう。

  家族も、友人関係も、学業も、俺は全て上手くやっている。


ーーでも、これって、本当に現実なのだろうか......?


  俺は、そんな風にこの世界すらも疑い始めてしまった。


ーー俺は一体、何を考えているんだ......?


   そう考えながら、俺が制服のままベットの中に潜り込んだのだった。

  だがそんな時、部屋のドアからは小さくノック音が聞こえた。

  俺は、その音に気がつくと、恐る恐る扉を開いたのだった。

  すると、そこにいたのは不安そうな顔でこちらを見つめる優花だった。

「お兄ちゃん、大丈夫......? 」

  それを聞いた俺は、優花に対して、激しく取り繕った素ぶりでこう言った。

「う、うん。特に問題は無い......。」

  優花は俺がそう取り繕うと、途端に神妙な表情になった後で、俺の部屋へとゆっくり足を踏み入れた。

  その後で、彼女は俺の目元に手を当てると、こんな事を呟いた。

「ごめんね、お兄ちゃん。何の因果かは分からないんだけど......。」

  そう言った彼女は俺の瞼から手を解くと、少しだけ湿り気のあるその指を制服のポケットから取り出した花柄のハンカチで拭いて見せたのだ。

  どうやら俺は、いつの間にか泣いていた様だった。


ーー涙を流す理由も無いはずなのに......。


  そんな風に俺が必死に目元を擦り付けると、優花は真っ直ぐな視線を俺に向けたまま、ゆっくりと話を始めた。

「実は最近、私の頭の中にもう一人の自分の人生の記憶が蘇る事があるの。」

  俺は、真剣な眼差しでそう切り出した優花の発言を聞くと、泣いている事も忘れて呆然と問いかけた。

「お前、一体何を言っているんだ......? 」

  俺がそう問うと、彼女は自分の発言に対して自信なさげな口調で更に続ける。

「私も分からないの。でも、もう一人の私の記憶では、浩志お兄ちゃんと雄二お兄ちゃんが突然いなくなって、いきなり戻って来た雄二お兄ちゃんに連れられて不思議な力が使える異世界を救おうとしているの。確かに、馬鹿げた話かもしれない。でもね、ふとした拍子に思い出す。それも、まるで自分が本当に経験した様に、鮮明に......。」

  俺は、そんな唐突に意味不明な発言をする優花に対して、訳が分からずにこう切り返した。

「きっと、何かの勘違いだろう。それに、その話が今、何の関係があると言うんだ。」

  俺がそう否定気味に言うと、優花は悲しそうな表情でこう呟く。

「なんか分からないんだけど、きっと、もしかしたら遠くの世界で、もう一人のお兄ちゃんが悲しんでいるんじゃないかなって思ったの......。だって、最近、お兄ちゃん、何か様子がおかしいし......。私にその記憶が現れ始めた時期とも合ってるし。これって、何かの因果かなとは思うんだけど、そんな私の記憶が途切れたのが、物凄い強い相手と戦う為に私や仲間を逃したところで終わってるんだもん......。それって......。」

  俺は、相変わらず謎の発言をする彼女に対して、声を荒げてこう抗った。

「馬鹿な妄想ばっかり言ってるんじゃねえよ!! 」

  優花は、そんな俺の怒鳴り声を聞くと、涙目になった。

  だって、普通に考えれば、信じられる訳が無いじゃないか。

  いきなり、知らない世界でもう一人の俺が戦っているなんて......。

  本来ならば、妹の頭がおかしくなったとしか思えない筈だ。


ーーしかし、何故だろう。


  優花が真面目な顔で意味の分からない話をする度に、どんどんと俺の心の奥底からは不思議な感情が湧き出すのだ。

  それは、喜びや哀しみ、怒りに悔しさ......。

  そして、何よりも何処に当てられているのかも分からない使命感が全身を支配したのだ......。

  俺はそれに気がつくと、その感情を遮る為に、ベットの上に座って一度俯いた。

  すると、そんな俺の動きを見たのか、優花は泣きそうな顔でこんな事を口にした。

「私は、お兄ちゃんにとって大切な仲間の名前も覚えているよ。桜に、葉月、それに、キュアリス......。それでね、あっちのお兄ちゃんは、きっとキュアリスって言う女の子の事が好きなんだと思うの。だって、お兄ちゃん、彼女の事になると、あからさまに照れたり、怒ったりするんだもん。あっちのお兄ちゃんの口癖はね、『この世界を救う』だったんだ。最初は私も、自分を疑っていた。でも、ここまで鮮明に、しかもしっかりとした意志を持った記憶がただの妄想とは思えないの。」


ーー優花はそれを言い終えると、

「突然、訳の分からない話をしちゃってごめんね。」

と言って、俺の部屋から出て行った。

  再び一人になった俺は、相変わらず混沌とする自分の気持ちを整理出来ずに、静かに考えた。

  何故、こんなに胸が騒つくのだろうか。

  どうして、こんなに辛いのだろうか。


ーーなんで、俺は今、泣いているのだろうか......?


ー  それに、妹が口にした全く聞いた事のない名前を聞いて、俺は胸が締め付けられる程の思いにさせられた。


ーー桜、葉月、キュアリス......。


  俺は、キュアリスという女の子に恋をしていたと言っていた。

  キュアリスとは、一体、どんな人物なのだろうか......。

  多分きっと、強がりで、泣き虫で、寂しがりで、誰よりも優しくて......。

  小さくて華奢な体なのに、平和の為に強力な敵を相手にも臆する事なく真っ直ぐに戦う、そんな女の子だ。


ーーって、えっ......?


  俺はそう考えた時、全てを鮮明に思い出した。

  そう思うと同時に、俺の頭の中には、あの世界で出会った仲間の姿が鮮明に蘇った。

  桜は、まだ幼いながら、俺を『家族』として慕ってくれる大切な存在。

  森山葉月は、兄の遺志を継ぐ為に、俺に手助けしてくれる頼もしい仲間。

  『特殊異能部隊』のみんなは、俺の為に命を懸けてくれる優しい奴ら。


ーーそして、キュアリスは、初めてあの世界で知り合い、旅を続けた、俺の初恋の相手......。


  そんな風にあの世界での記憶が蘇ると、俺は居ても立っても居られなくなった。

  そして、すぐに立ち上がると、俺は部屋を出て家を飛び出した。

  廊下で待っていた優花は、そんな必死な俺を微笑みながら見ていた。

「頑張ってね、お兄ちゃん。」


ーーそんな言葉を残して......。


  それから俺は、ある場所へと走り続けた。

  どんなに汗をかこうが、息が上がろうが......。

  そして、辺りが真っ暗になった頃、俺は息を荒げながら坂の上にあるその場所に着くと、勢い良く土下座をした。


ーーこの世界とあの世界を繋ぐ、『霞神社』に向けて......。


「もう一度だけ、俺にチャンスをくれ!! 俺はあの時、イワイ・シュウスケによって殺されたんだ!! だが、あいつが言っていた『未来』を想像すると、俺は耐えられない!! だから、もう一度だけ......。」

  俺は、真っ暗な境内の中にある小さな本殿に涙でグチャグチャになりながらそう嘆願をした。


ーー俺が救わなければ、あの世界は......。

  
  だが、何度俺が叫んでも、その本殿から返答は無かった。


ーーどんなに喉が枯れる程、叫び続けても......。


  俺は、そんな事実を目の当たりにすると、何も出来ない悔しさから、そのまま地面にうずくまって泣きじゃくった。

  何であの時、俺は死んでしまったんだ。

  あれだけ世界を救うって決意したのに......。

  命に代えても守りたい大切な仲間達がいるのに......。

  そんな風に後悔が体をしがみついて離さない。

  俺は、俺なんかどうでもいいんだ。


ーーこんな、自分だけが幸せな世界なんていらない。


ーーだって、そんなの只のワガママじゃないか。


  これからだって、あの世界のみんなは苦しみ続けるんだ。悲しみ続けるんだ。


ーーそれだけは、絶対に嫌だ。


ーーだから......。


  そう思った瞬間、ふと、背後からは聞き覚えのある声が耳元を掠めた。

「お前なら、絶対にそう言うと思っていたよ。」

  その声を聞くと、俺は慌てて顔を上げた。

  すると、そこにいたのは兄である佐山浩志であった。

  俺は、その顔を見ると、急いで立ち上がった。


ーー呆然としたまま......。


  そんな俺の姿をチラッと見た浩志は、そのまま本殿の目の前まで歩いて行くと、真剣な眼差しでこう叫んだのだ。

「おい、『崩壊の神』!! 雄二のお願い、全部聞いていたんだろ?! ここまで焦らすなんて、余りにも性格が悪いんじゃない!? 」

  彼のそんな叫び声が境内全体に響き渡ると、突如本殿は真っ白な輝きを見せた。

  俺は、そんな状況に目を覆いながらもそちらの方を見つめる。

  すると、その場所には輝きを放ちながら笑顔を見せる『崩壊の神』が姿を現したのだった。

「性悪とは、随分な言い方をしますね、浩志は。私も、雄二さんの事を思って彼の理想に近い世界へと送ってあげましたのに......。」

  それを聞いた浩志は、怒りで震えながらこう反論をする。

「何を言っているんだ!! 元はと言えば、お前が雄二に全ての責任を背負わせたんだろ!? それでいて、こんなやり方をするなんて、どうかしているではないか!! 」

  激怒する浩志を見た『崩壊の神』は、鬱陶しそうな顔をしながらため息をつくと、

「全く......。あなたは相変わらず暑苦しい性格ですね......。」

などと、うんざりとした様子を見せた。
 
  その後で、ニヤッと笑いながら呆然と立つ俺の方に目をやると、彼女はこんな事を口にした。

「そうですね、確かにあなたは、イワイ・シュウスケによって今、殺されました。正直なところ、私はあなたに過大評価していたのかもしれません。」

  彼女がそう発言すると、俺は悔しさから俯いた。

  だが、そんな様子を見せる俺を見た『崩壊の神』は、こんな提案をした。

「しかしながら、あなた以上の逸材を私は今だに見つけ出す事は出来ません。それに、協力して頂いているのは事実ですので......。そこで、あなたには二つの選択肢をあげましょう。」

  彼女はそう言うと、その二つの選択肢をゆっくりと俺に伝えたのであった。

「このまま、あの世界の記憶を抹消してここで幸せに生きるか、再び生き返り、茨の道を歩み始めるか......。」

  それを聞いた俺は、もう一度みんなの姿を思い出した。

  俺は、あの世界に行ってここまで変われたんだ。

  大切なみんなのおかげで......。


ーーこの世界で幸せに暮らす?


  確かに、家庭も学校も全てが順風満帆だ。

  もしかしたら、こんな幸せは二度と掴めないかもしれない。

  でも、今まであった事が全部ない事になるなんて、赦せるだろうか?

  大好きなみんなを......。


ーーそんなの、許される訳がない。


  俺はそう思うと、真っ赤に腫らした目を勢い良く擦った後で、こう宣言したのだった。

「俺に、もう一度戦わせてくれ!! 」

  それを聞いた『崩壊の神』は、一瞬だけ驚いた表情を見せた後で、ニコッと笑った。

「あなた達兄弟は、いつも私を楽しませてくれますね。」

  彼女がそう言うと、俺の体はみるみるうちに真っ白に光輝きだした。

  その最中で、浩志は俺に向けてこんな事を呟いた。
 
「俺は、ずっとお前には幸せになって欲しいって思っていたよ。この世界に留まって欲しいと言う気持ちもあった。でも、違うんだろ......? 頑張ってくれ。あの世界を救う為にも......。」

  それを聞いた俺は、消えかけた体で彼にこう宣言した。

「俺は、兄貴の分もあの世界を救って見せる!! 」

  そう言ったのを最後に、俺の体は『霞神社』から綺麗さっぱりと消え去った。


ーーーーーー

  すっかりと雄二のいなくなった『霞神社』で、浩志は『崩壊の神』にこんな事を呟いた。

「これで、良かったんだよな......? 」

  そんな、呆然と話した浩志に対して、彼女はニコッと笑いながら返答する。

「今更、何を言っているんですか。結局のところ、この世界での雄二さんは、また幸せな日常を繰り返すのですよ。それに、もう一人のあなただって......。私自身も、少しだけ干渉し過ぎたとは思って反省はしてます。もし仮に、あの時、雄二さんがこの世界で生きる事を選択したとしても、あの世界で戦う雄二さんは消滅してしまうのですから......。」

  それを聞いた浩志は、ニコッと笑いながら彼女を小突きながらこう言った。

「何言ってんだよ。雄二がこの世界に残る選択をするなんて、全く思ってなかったくせに。それに、わざわざ優花や悠馬にあの世界での記憶を埋め込むなんて......。お前は本当に、神様失格だよ。」

  『崩壊の神』は、そんな浩志の発言に笑うと、

「まあ、どちらにせよ、これで彼の魂は救われましたね。私は、回りくどい性格なので......。」

と、呟いた。

  それに対して、浩志はこう返答する。

「本当に、お前は面倒臭いな......。」

  その言葉を最後に、二人は再び死後の世界へと戻って行った。


ーー雄二、世界を救ってくれ。きっとその時、お前も辿り着く筈だ。『世界の理』に......。

  浩志はそう思うと、彼の身をより一層、案じるのであった。

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